心のどこかで

蔵間 遊美

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もうどうしよう

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「うわぁぁ~もうどうしよぉぉぉ~」

 罰としての境内の掃除はもう終わったが、割り当てられている洗濯を相も変わらず律儀に、しかもまたさらに手際良く干しながらクライスターは悶々としていた。ヤスミやアキタケの行動に警戒しつつも、カイルの一挙一動が気になってしまう。あいつらの思うつぼになってたまるかー!と思いつつも、気になってしまうものは仕方がない。
「あんなやつ! あんなやつ~~!」
 一つ気になり出すともう止まらない。元々魔族は綺麗なものが好きなのだ。カイルがかなりの美形だというのもあるが、それだけではない。あの満ち満ちた気に引き込まれないモノはいないだろう。だが彼の人の魅力はその性質故に、引きずり込まれたくなくて毛嫌いするひねくれた人間と、あっさり引き込まれて熱心な信者と化す人間の二手になるのだというのもよく判る。
 だけど魔族である自分が引き込むならいざ知らず、引き込まれてしまったと言う事実に腹が立つ。実は魔族は傷付いても、傷付けられても強く輝きを放つ魂に魅入られてしまう習性があるのだ。なんせ、そんな人間にはめったにお目にかかれない。それ故その魂の輝きは例えれば、人間界の至高の宝石のようなものなのだ。
「…何悶えたはりますのん」
「うわぁっっ!」
 思いっきり眉をしかめたフミアキに声を掛けられるまで、クライスターはフミアキの存在に気付かなかった。
「なななななんだよっ?!」
 なぜここの家の関係者は、魔族の背後をとりまくるんだと思いつつも怒鳴り返す。
「それはこっちのセリフですやん。なにを洗濯もんのシーツ握りしめて雄叫びあげたはりますねんな。めっさ怪しいですよ?」
「…かんけーない」
 だが、クラシスターはふとフミアキに何気なく質問をする。
「なぁ。お前ってさ…」
「なんですのん?」
「こんな胡散臭い商売するように見えないんだけど。なんでこの世界に足突っ込んでんだ? カイルに無理矢理弟子にされたのかよ」
 すると、フミアキは顔を強張らせた。その反応をクライスターが不思議に思う。
「…まぁ、えぇですやろ。カイさんはあなたを手放しはる気ないようですし」
 なんでかヤスミちゃんやアキタケさんも気に入ったはるみたいやしと呟いた後、フミアキは大きく深呼吸をして目を瞑った。
「…まだ、少し普通に話せませんのやけど。…もう、4年も経ってますねんな」
 そしてゆっくりと目を開けると、クライスターを見つめる。
「うちは普通の家庭でした。父は職人気質の技術屋で、母はご近所とのお喋りに夢中になるのが好きで、妹は成績は普通やけどかけっこが学校で一番で…。ボクといえば、のほほんなりに勉強に部活に忙しい…ホンマにどこにでもある普通の家庭やったんです」
 そして、クライスターから視線を外して、遠くを見つめるように目を眇めた。
「ある日のことです。その日も何も…何も変わらん日やったんです。父が遅めに帰ってきて…皆で居間に集まってその日にあったことを話してました。本当に…本当に突然でしたんや。ソレが襲ってきたんは」
 クライスターは目を見張る。
「悪魔やったんか何やったんかはわかりしません。ただ『オマエハジャマダ。シネ。ミナコロス』そう抑揚なく喋り、父を襲いましたんや」
 フミアキは少し震えている。
「父は正面からの一撃を受けました。血しぶきをあげて倒れ込む父を見て、ボクは何が起こったのか何が起ころうとしてるんかわからへんまま呆然としてました。せやけど、父はギリギリ死には至りしませんでしたんや」
 そして、フミアキは大きく息を吐き出す。
「父はそんな怪我を負っていることすら感じさせずに家族に怒鳴りました。『ボォっとすんな! フミアキはアンとお母さんを連れて車までいけ!』家族全員はっと正気付いて逃げようとしましてん。せやけどそんなことヤツが許すわけありまへん。ボク等の進路を断とうとして妹の足を掴みよったんです」
 クライスターはただ話に聞き入るしかなかった。
「そんな時です。父が『俺の大事な家族に何をするんやっ!』そう言うてヤツに飛びかかっていきましてん。普通ならそんなこと出来しません。せやけど父はボク等を守るために火事場のクソ力か、はたまた素質があったからかはようわかりしまへんけどヤツを押さえ込んだんです」
 人間が追いつめられた時の強さを改めて思い知る。
「ただただボクは恐ろしゅうて無我夢中で車まで母と妹を連れて逃げましたんや。せやけど父を置いていくわけにいきしません。母と妹を車に乗せ、そこにあった棒切れを持って家に戻りました。父はもうボロボロでした。慌てて駆け寄ろうとすると『逃げろ!』そう言わはるんです。『そんなん出来るわけあらへん!』そう言うと『お母さんやアンを安全なとこへ連れていってからや! ええか! お前が守らな誰が守るねん!』そう言われてしまってボクは車までかけ戻りました。そして見よう見まねで覚えていた運転で逃げ出したんです。その途中、ヤツの気を感知したカイさんに出会うたんです。それがカイさんとの出会いでしたんや。そして…ヤツはカイさんに消滅させられましたんや」
 フミアキは俯いている。
「せやけど父は助からへんかったんです。カイさんはこんな状態で押さえ込めとったんが不思議やと。次の日カイさんが消滅させたことによって放った相手が呪詛返しにあった状態になって死んでました。…そのお人は父の同僚でしてん。ボクは父が何してたんかはよう知りしません。やけどそんなに憎めるものかと。友人やったん違たんかと。一時期人間不信に陥りかけましたんや。悪魔に対しては言わずもがなですな」
 そして、クライスターを見つめる。
「せやけどカイさんに言われましてん『お前の親父さんを信じてへんのか』って『信じてるに決まってますやんか!』そう言うたら『ほな人間を好きになれ』そう言わはるんです『お前はちょっと変わった能力があるだけの人間や。人間を好きになれ』やて。ビックリしましたわ。どこの青春ドラマのセリフや思いしませんか? 『ほな悪魔を憎めばえぇんですか?』そう聞いたら『悪魔も憎むな』て無茶言わはりますねん」
 そう言うと、初めてそこで微笑んだ。
「なら何を憎んだらエェですのん? 思わずそう聞いたら『その心を厭え』そう言わはりましてん」
 クライスターはその言葉を聞いてとても不思議だった。
「おかしいですやろ? 何を綺麗事言うたはるんや思いましたわ。せやけど『その心がお前の父親を殺したんや。そしてその心を厭わない限りお前の家族の悲劇は消えやせん』そう言われた時ゾッとしましたんや。その通りやって」
 そしてもう一度クライスターを見つめる。
「ボクは悪魔好きやないです。せやけど憎みもしません。それはボクの父に対する侮辱やと思うからですねん。ボクは憎めば父を殺した人間と一緒になりますねんもん。人間かて嫌いやないです。好きになるよう努力してますねん」
 にっこりと笑うその姿はいつもののほほんとしたフミアキの姿だった。
「せやけどねぇ。カイさんの非常識さにはほんまほとほと参ってますねんわ。たま~にあの言葉に感動して弟子入りしてしもた自分を後悔してまいますのや」
 ふぅ~っとため息を吐くとヤレヤレとでもいったように頭を振る。
 その時だった。

「ほほう? どういう後悔だ?」

 その声にフミアキは硬直した後、暫くしてから恐る恐る後ろを向いた。
「仮にも師匠に向かって何を言うてるんかな~? この不出来な弟子はぁ?」
 なんといつの間にか顔を引きつらせたカイルが後ろに居たのだ。フミアキはゴクリと生唾を飲み込む。妙な緊張感がその場を支配したが、それを蹴破ったのはフミアキだった。
「…ほなさいなら~!」
 フミアキはそう言うなり、さっとその身を翻して、あっという間に母屋へと逃げ出したのだ。
「あっ! こら! 待たんかい!」
「待て! カイル!」
 フミアキの後を追おうとしたカイルを寸でのところでクライスターは引き止める。走り出そうとしていたカイルは体制が崩れ、思わずといった感じで驚きの声を上げている。
「おわ! なんやなんや?」
「お前…あいつに『人間やから人間を好きになれ』って言ったんだってな?」
 するとカイルは少し目を見張って驚く。
「フミのやつそこらへんの話ししよったんかいな?」
「お前…!」
 クライスターはカイルに疑問をぶつけようとして、背後に潜む気配に気付き、手に持ったままだった洗濯物のシーツを翻しながら勢いよくクライスターが振り向くと、カイルも気付いたのか慌てた様子で叫ぶ。
「クライスター!」
 その声と同時にクライスターの目には白い装束に胸に金色で太陽の刺繍が施され、白い布を頭に巻いた人間達が映る。
 それぞれ手に手に弓矢を構え、その矢はすべてクライスターに向けられていた。
 そこまでの状況を瞬時に確認し、クライスターは、手に持っていたシーツを頭の上まで勢い良くざっと放り投げる。そしてそれと同時に侵入者たちの手から、無数の矢が解き放たれる。
「クライスター!」
 無数の矢が突き刺さる音とともにカイルの叫び声があがる。
「やったぞ!」
 襲撃者たちのときの声が上がったその時だった。
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