心のどこかで

蔵間 遊美

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なんなんだよ

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「…もう、ここは本当になんなんだよ」

 クライスターは布団に突っ伏して呻く。
 チュンチュンと雀が鳴くのんびりとした空気の中目を覚ましたクライスターは、昨日の一連の出来事を思い出してゲッソリとする。
「…あーもう、とんでもねぇのにかかわっちまったなぁ」
 思わずため息を深ぁ~く吐いてから、ふと人の気配を感じ部屋の入り口に目をやるとそこには一人の少女がひっそりと立っていた。
 年の頃は十代前半。肩口で切りそろえた黒髪は艶やかで、ぬけるような白い肌、少しつり気味ではあるが二重の大きな瞳は黒目がちで、小さめの形良い唇は紅をはいているわけでもないのに朱い。白いシャツと紺色のプリーツスカートと言うシンプルないで立ちが反対に彼女を益々際立たせている。日本人形のようなという形容がピタリとあてはまるような美少女ぶりだ。
 だが彼女はクライスターをただ、ただ、見つめるだけだ。
「…この家の人間って本当に、本っ当に! なんなんだろう…?」
 ちょっと遠い目をしてしまうクライスターだった。するとようやく少女が口を開く。
「ご飯がもうすぐ出来るよってに。はよう来よし」
 涼やかな声でそう短く用件を告げると、スッとその場を離れる。
「…あぁ~もう! 変な家っ!」
 クライスターは、更にがっくりときてしまう。そしてハタと気付く。
「…どこに行ったらいいんだ?」
 呆然としてしまうしかないクライスターだった。

 結局、匂いを辿ってなんとかたどり着いたクライスターだったが、予想どおりと言うかカイルと先ほどの少女が、純日本風の居間に向かい合って座っているのを見て、自分の考えが外れていないであろうことを確信する。
「うっす」
 こちらに気が付いたカイルがにっと笑い、手を挙げて挨拶する。昨日の晩に見たようなランニングにジーンズというラフな格好だ。
「遅いですわ」
 先ほどの少女はクライスターの方を見ず、又、全く表情を動かすこともなく、短く言葉を発する。
「…ここの場所がどこかもわからんヤツを、さっさと置いていって何を言ってやがる」
 クライスターは、呆れ果てた感のあるため息を吐きつつ反論した。
「…そう言われればそうでしたわ」
 無表情のまま少女は手をポンと叩く。クライスターは確信を持って少女に話しかけた。
「…お前。『やすみ』だな」
「えぇそうです。よう、うちがヤスミやと判らはりましたなぁ」
「…お前ら兄弟、そっくり」
「…そうですやろか?」
 ヤスミは少しコクンと首を傾げる。そうするとその容姿のためとても様になった。
「よく言えばマイペース。ハッキリ言えば、自分のしたいことしかしねぇってとこがな」
 そう言われて初めて、ヤスミは少し目線を動かしクライスターを見る。
「ヤスミ。お前はコイツどない思う?」
 その様子を楽しそうに見ながらカイルが、ヤスミに問いかけると、ヤスミは微かに頷きながら口を開いた。
「…先刻このお人が無防備なうちに、視させてもらいましたけど、アキ兄さんの危惧は大丈夫や思います。うちも気に入りましたわ」
「やってよ。兄貴」
 そう言われてクライスターは兄弟の長がその場に居ないのに気付き、カイルが声をかけた方を向いて、アキタケの姿を見つけそのままビシィッと硬直する。
「ふむ。さよか。ほなカイルの好きなようにすればえぇ」
 アキタケは、クライスターが固まっているのを知らずにその作業を行っていた。
「アキタケ…なにしているんだ?」
 クライスターの硬い声音に反応して、アキタケは怪訝な顔をして振り向く。
「…見て分からんか?」
「…料理しているようにしか見えない…」
「ふむ。魔族には違う作業に見えるんかと思たが、どこでもそう見えるんやな」
 Tシャツとジーンズに白の割烹着を身に付け、さらに頭には三角巾を巻いている。…はっきり言って似合わない。クライスターは視覚の暴力だと呆然とする。そんな様子のクライスターにまったくおかまいなく、アキタケは味噌汁の味見をして、眉を顰めると、ム…ちょっと足りひんかと呟いて味噌を少量とってお玉にのせていた。
「…親はいないのか?」
「おかんは十年ぐらい前に死んでしもたし、おとんも数年前に死んでもうてるけど、どっちにしろ誰かがメシ作らなならんやんけ」
 クライスターの疑問にカイルが横から口を出す。
「…お前ら兄弟だから感じないかもしれないが…アキタケが料理しているってのはめちゃくちゃ違和感あるんだけど…割烹着姿が異様な空間を演出してるぞ?」
 クライスターは呆然とした口調で呟くと、それを聞いた兄弟全員が手をポンと叩く。
「あぁ、それで中西がうちで飯食う時に率先して手伝うんやな。せやけど、エプロンなんぞ洒落たもんはウチにはないんでな」
 ふむ、参ったなと言いつつアキタケはお玉に載せた味噌を箸で溶かしている。
「あぁ、ほんでフミのやつよぅ『ビジュアル的にアカン、耐えられへん』とかブツブツ呟いてるんやな。そんなに変か?」
 カイルは首をひねって唸っていた。
「あぁ、ほんで中西さんはうちによう『ヤスミちゃんも不憫やわ』って言わはるんですなぁ。せやけどまぁ、服装変えたかてお料理の味が変わるわけあらしませんしなぁ」
 ヤスミはズズーッとお茶をすすりながら、たいして感心したわけでもないように言う。
 クライスターは各々の反応に目眩を感じてしまい、机にがっくりと伏せて力なく呟く。
「…気付けよお前ら…マイペースにもほどがあるじゃねぇか…」
 クライスターのその言葉に、アキタケは料理を作る手を止めずに淡々と返した。
「せやけどなぁ、カイルの奴はようモノ焦すわ、爆発させるわやし、ヤスミは美味しいものが好きなくせに、自分が作るもんが破滅的に不味うても『食えへんことないし』ゆうて平気で食卓のぼらしよんのや。一番まともに出来るんが俺やからしゃーないやろ」
 アキタケは再度味見をして味噌汁の味に納得できたのか、味噌汁を人数分のお椀に注ぎつつ、クライスターに説明する。
「誰か雇えよ」
「アホ言いな。うちみたいな特殊な稼業んとこに誰が来るかいな。おまけに僻地やわ長い階段登らんならんしな」
 クライスターの投げやりな提案をあっさりと一蹴し、注ぎ終わった人数分の味噌汁椀などをお盆に載せてアキタケが台所から出てくる。
「お前が和食が食えるか知らんが、俺のレパートリーは和食しかないんでな。悪いが合わせてもらうで」
 そう言ってアキタケはクライスターの前にもご飯を並べた。白いご飯に、わかめの味噌汁、大根の漬け物に、小松菜としめじと薄揚げのおひたし、春野菜の煮物である。クライスターは目の前に並べられた食事を、奇妙なものを見るように見つめた。
「っていうか、魔族にメシ作るってのもおかしいと思わないのか?」
 ところが次のアキタケの言葉にクライスターはひっくり返りそうになる。
「この結界の中では生気エネルギーの代わりにメシで代用出来るようになってんのや。消滅しとうなかったら食え」
「なんだとっ?!」
 クライスターは素っ頓狂な声を出した。
「悪いが説明を求めんといてくれ。俺らかてどういう仕組みなんかはわからへんのや」
 アキタケはそう言うと箸を手に取る。それが合図のように、残りの二人も箸をとり、手を合わせた。
「ほな頂きます」
「いただきやーす」
「頂きます」
 そして、兄弟それぞれのペースでさっさと食べはじめる。
「待、待て! どういうことなんだ?!」
 納得がいかないクライスターは慌ててアキタケに問いかけた。だが、その声に3人が食事をやめることはない。
「せやから判らへん言うとるやろ?」
「ま、ま、おいおいな?」
「焦りは禁物言いますで?」
 反対にそう三人に言われ、諦めてご飯を食べはじめるしかないクライスターだった。

「…俺、どうなるんだろ…」
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