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「北取さんの家、お母さんが亡くなったらしいわよ」
日曜日の昼下がり、噂好きな主婦3人組が話をしていた。太陽が照りつける中、3人の主婦は皆日傘をしている。
「そうそう、北取さん、おばあさんも病気でって聞いたの」
あることないこと好き勝手話す3人組の会話は、今日は全て本当のことである。
「お父さんが酒に溺れてるって噂も聞いたわ」
いつか状況は良くなるかもしれない、助けを求める必要もない、何より人に迷惑をかけるのは嫌いだ。
「酒」
その2文字だけで俺は冷蔵庫に向かわなければならない。
「おせぇよ!使えないガキだな」
少しでも遅れると殴るわ蹴るわ酷い有様だ。おかげで俺の腹はあざだらけ。
冷蔵庫から発泡酒の缶を取り出し父の元へ持っていく。
「…っせぇよ、チンタラしてんじゃねぇ!早く失せろ!」
何も言わずに俺は父の部屋を出る、去り際、父の部屋のモニターから女性の喘ぎ声が聞こえた気がするが、聞こえないフリをしておこう。
「ぅぐっえ、ゴッ、げっぇ」
あ、これみぞに入ってる。こんなのどうってことない。この前なんかジャーマンスープレックスだ。
「死ね!クソガキが!」
罵倒にももう慣れてしまった。感じることは何もない。慣れって怖いんだな。
俺だって年頃の思春期男子だ、1人で致してるところを見られたときには死ぬかと思った。
腹を蹴る力はいつもより強く、包丁やハサミ、ましてはハンマーが飛んできた。
「っ、はぁはぁ…んんっぅ…あっ」
その瞬間、俺の部屋の扉が開いた。あとはもう察して欲しい。
「北取君、顔色が悪いように見えますが、大丈夫ですか?」
担任の寺打先生に声をかけられたこともあった。虐待されているなんて言えるはずもない。
「勉強とかしてて、寝不足なんですよ」
はぁ、今日もまた朝が来てしまった。幸い、朝は父が出かけているので、束の間の休息だ。
ピーンポーン
普段鳴ることのないインターホンがなりかなり驚いてしまった。
ガラガラ…
「…はい」
青い服に帽子、胸には光る黄色のバッヂ、見た瞬間にわかった。
「け、警察がうちに何の用で…」
何かしただろうか、未成年で酒を買っていることがバレたのかもしれない、それともタバコか?
「いやね、昨夜通報があって、ほら、後ろの彼から」
後ろの彼?高身長で色白、切れ目のイケメン。
あ、同じクラスの、えと…永窪圭也だ。
「昨日、お前の家の前を通ったとき、大きな声が聞こえたから窓の方を見たんだ。そしたらカーテンの隙間から…」
昨日?あぁ…酒出すのが遅れたからか。
「俺は、別にそんなこと」
別に俺を助けただけじゃどうもならねぇよ、見返りを渡すこともできない。
「俺はまだ窓を見たとしか言ってないが」
永窪は俺を壁に押さえつけて服を脱がしてきた。警察の前なのになんでこんなことできんだよ。
「ちょ、やめっ!」
俺の力では永窪に勝つことはできず、あざだらけの腹が露わになってしまった。
「君、ちょっと署で話を聞いてもいいかな」
隠すに隠しきれないところまで来てしまったので、俺が抵抗することはなかった。幸い、うちの学校では土曜日の部活がない。
「ふぅん、3ヶ月前から…君、高2だよね、大丈夫なのかい?」
大丈夫です、なんて答えたいがそんなはずはない、家では勉強する暇なんてないし、まぁ学校での勉強は完璧にこなしているつもりだ。
そんなこんなで取り調べは結構長く続いた。
「刑部、北取賢助の身柄を確保しました」
最近の警察って行動早いんだな、なんて感心しつつ、俺は今後どうしようか考えていた。
「そうそう、君のこれからの生活なんだけど」
あ、ちょうど。
「引き取り先が見つかってね」
え?!もう?早くない?てか誰だよ!
「永窪圭也くん、彼のお宅だね」
永窪の家?!いやいや、俺あいつと中良かったりしたか?
「通報した後、彼が親御さんにも伝えたらしくてね、君身寄りいないんだって?主婦の間で噂になってるらしくてね」
母を事故で亡くしてから優しかった父は酒に狂い、祖母は癌で亡くなってしまった。身寄りがいないのは確かだ、主婦間ネットワーク、恐ろしい。
「先程親御さんが私の部下と話をしてね、申請も通りそうなんだけど、君はどうだい?」
永窪の家、これから何が起こるかわからないが、露頭に迷って死にでもしたら最悪だ。
「お、俺は構いません」
あの後書類を書かされたりして、永窪と共に永窪家に向かうことになった。道中永窪に家のことを聞かれた、嘘をつくこともないのでそのまま正直に話すことにした。
「母親が事故に遭って死んだときから親父が酒に狂い出して、もう大変なんだよこれが」
永窪は仲良くもない俺の話を親身になって聴いてくれた。大変だったな、これからは大丈夫、とか言ってくれてさ。それと。
「えと…思春期なのに、その、えと…そういうのできないのは、辛い、な…」
なんて、恥ずかしいなら言わなきゃいいのに、可愛いとこあるんだな。
「お前はどうなんだよ、家族とか」
自分の話ばっかしてるのは癪だったもんで永窪のことも聴いてやることにした。
「俺か?母さんの料理は度肝抜かれるほど美味くて、父さんは海外出張してるからいないんだけど、妹はイケメン好きで、一のこと気にいると思うよ」
幸せな家庭、というのだろうか、いや別に母親が死ぬまでは俺の家も至って普通だったな。
「そりゃ楽しみだ」
俺は久しぶりに笑い呟いた。
日曜日の昼下がり、噂好きな主婦3人組が話をしていた。太陽が照りつける中、3人の主婦は皆日傘をしている。
「そうそう、北取さん、おばあさんも病気でって聞いたの」
あることないこと好き勝手話す3人組の会話は、今日は全て本当のことである。
「お父さんが酒に溺れてるって噂も聞いたわ」
いつか状況は良くなるかもしれない、助けを求める必要もない、何より人に迷惑をかけるのは嫌いだ。
「酒」
その2文字だけで俺は冷蔵庫に向かわなければならない。
「おせぇよ!使えないガキだな」
少しでも遅れると殴るわ蹴るわ酷い有様だ。おかげで俺の腹はあざだらけ。
冷蔵庫から発泡酒の缶を取り出し父の元へ持っていく。
「…っせぇよ、チンタラしてんじゃねぇ!早く失せろ!」
何も言わずに俺は父の部屋を出る、去り際、父の部屋のモニターから女性の喘ぎ声が聞こえた気がするが、聞こえないフリをしておこう。
「ぅぐっえ、ゴッ、げっぇ」
あ、これみぞに入ってる。こんなのどうってことない。この前なんかジャーマンスープレックスだ。
「死ね!クソガキが!」
罵倒にももう慣れてしまった。感じることは何もない。慣れって怖いんだな。
俺だって年頃の思春期男子だ、1人で致してるところを見られたときには死ぬかと思った。
腹を蹴る力はいつもより強く、包丁やハサミ、ましてはハンマーが飛んできた。
「っ、はぁはぁ…んんっぅ…あっ」
その瞬間、俺の部屋の扉が開いた。あとはもう察して欲しい。
「北取君、顔色が悪いように見えますが、大丈夫ですか?」
担任の寺打先生に声をかけられたこともあった。虐待されているなんて言えるはずもない。
「勉強とかしてて、寝不足なんですよ」
はぁ、今日もまた朝が来てしまった。幸い、朝は父が出かけているので、束の間の休息だ。
ピーンポーン
普段鳴ることのないインターホンがなりかなり驚いてしまった。
ガラガラ…
「…はい」
青い服に帽子、胸には光る黄色のバッヂ、見た瞬間にわかった。
「け、警察がうちに何の用で…」
何かしただろうか、未成年で酒を買っていることがバレたのかもしれない、それともタバコか?
「いやね、昨夜通報があって、ほら、後ろの彼から」
後ろの彼?高身長で色白、切れ目のイケメン。
あ、同じクラスの、えと…永窪圭也だ。
「昨日、お前の家の前を通ったとき、大きな声が聞こえたから窓の方を見たんだ。そしたらカーテンの隙間から…」
昨日?あぁ…酒出すのが遅れたからか。
「俺は、別にそんなこと」
別に俺を助けただけじゃどうもならねぇよ、見返りを渡すこともできない。
「俺はまだ窓を見たとしか言ってないが」
永窪は俺を壁に押さえつけて服を脱がしてきた。警察の前なのになんでこんなことできんだよ。
「ちょ、やめっ!」
俺の力では永窪に勝つことはできず、あざだらけの腹が露わになってしまった。
「君、ちょっと署で話を聞いてもいいかな」
隠すに隠しきれないところまで来てしまったので、俺が抵抗することはなかった。幸い、うちの学校では土曜日の部活がない。
「ふぅん、3ヶ月前から…君、高2だよね、大丈夫なのかい?」
大丈夫です、なんて答えたいがそんなはずはない、家では勉強する暇なんてないし、まぁ学校での勉強は完璧にこなしているつもりだ。
そんなこんなで取り調べは結構長く続いた。
「刑部、北取賢助の身柄を確保しました」
最近の警察って行動早いんだな、なんて感心しつつ、俺は今後どうしようか考えていた。
「そうそう、君のこれからの生活なんだけど」
あ、ちょうど。
「引き取り先が見つかってね」
え?!もう?早くない?てか誰だよ!
「永窪圭也くん、彼のお宅だね」
永窪の家?!いやいや、俺あいつと中良かったりしたか?
「通報した後、彼が親御さんにも伝えたらしくてね、君身寄りいないんだって?主婦の間で噂になってるらしくてね」
母を事故で亡くしてから優しかった父は酒に狂い、祖母は癌で亡くなってしまった。身寄りがいないのは確かだ、主婦間ネットワーク、恐ろしい。
「先程親御さんが私の部下と話をしてね、申請も通りそうなんだけど、君はどうだい?」
永窪の家、これから何が起こるかわからないが、露頭に迷って死にでもしたら最悪だ。
「お、俺は構いません」
あの後書類を書かされたりして、永窪と共に永窪家に向かうことになった。道中永窪に家のことを聞かれた、嘘をつくこともないのでそのまま正直に話すことにした。
「母親が事故に遭って死んだときから親父が酒に狂い出して、もう大変なんだよこれが」
永窪は仲良くもない俺の話を親身になって聴いてくれた。大変だったな、これからは大丈夫、とか言ってくれてさ。それと。
「えと…思春期なのに、その、えと…そういうのできないのは、辛い、な…」
なんて、恥ずかしいなら言わなきゃいいのに、可愛いとこあるんだな。
「お前はどうなんだよ、家族とか」
自分の話ばっかしてるのは癪だったもんで永窪のことも聴いてやることにした。
「俺か?母さんの料理は度肝抜かれるほど美味くて、父さんは海外出張してるからいないんだけど、妹はイケメン好きで、一のこと気にいると思うよ」
幸せな家庭、というのだろうか、いや別に母親が死ぬまでは俺の家も至って普通だったな。
「そりゃ楽しみだ」
俺は久しぶりに笑い呟いた。
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