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4話

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 芸能事務所フィルプロダクションビルの出入口に立ちながら、将生は充実感を噛みしめていた。

 あの斎藤レオと会える。それだけで、日々の仕事が楽しみで仕方ない。

 事務所に出入りするたびに、警備中の将生へにこやかに挨拶を返してくれるのだ。

 初日こそ話しかけられたが、誰かと間違えたのだろう。それ以来は、挨拶だけのやり取りが続いている。

 ひそかに応援している身としては、こんなに嬉しいことはない。

 しかし、ひとつ気がかりがあった。

 ――このあいだは、調子悪そうに見えたけど……もう大丈夫だろうか。

 先日、挨拶の時にレオと目が合った時、一瞬泣きそうな顔をしたように見えたのだ。

 将生の勘違いかもしれないが、人前でレオがあんな風に表情を崩したのは初めて見た。何かあったのだろうかと、心配していたのだ。

 その日以降は普段通りの表情に戻っていたが、あの不安げな表情がやけに記憶に残っている。

 ――まあ、俺がいくら考えたところで、何かできる立場じゃないけどな……。

 そんなことを考えている内に、交代の時間になった。同僚と代わり、将生は施設の巡回に向かう。

 ビルの周囲を見回っていると、裏手で小さなダンボール箱を見つけた。

「……っ、うわ……!」

 不審に思って中を覗いた瞬間、将生はぎょっと顔をこわばらせた。

 中には大量の破れた写真と、使用済みのコンドームがいくつも入っていた。写真は全て斎藤レオを写したもので、ブロマイドの他にも、雑誌に掲載された記事まで放り込まれている。

「これ……」

 ふと、皺くちゃになった記事が目についた。レオがドラマで共演したアイドルと繁華街で並んで歩くところを隠し撮りした写真と共に、熱愛発覚!? と煽る様な見出しがついている。

 記事は赤いマーカーでゆるさない、ゆるさない、とあちこちに書き殴られており、レオとアイドルの顔をぐしゃぐしゃに塗りつぶしてあった。

 レオへの異常な執着が見て取れる。あまりの気持ち悪さに、ぞわりと鳥肌が立つ。同時に、推しへの理不尽な悪意を目の当たりにして、怒りが湧いた。

「……事務所に、報告しないと……」

 怒りに声を震わせ、将生は静かに呟いた。




 
「……すごい。写真以外、全部でたらめですね……」

 レオは事務所で手にした週刊誌の記事を読み、呆れたように言った。

 内容は、先日撮影したドラマで共演したアイドル、大橋まどかとの熱愛報道だ。周辺にはその手のホテルが建ち並ぶ一角があったらしく、二人はそちらの方角へ消えていったと書かれている。

 しかし、記事に載っている写真は共演者との打ち上げ後、大橋をたまたまタクシーのいる大通りまで送った時のものだ。少し後ろにはスタッフや他の共演者もいたはずだが、あえて外したのだろう。写真には入っていない。

 熱愛など、事実無根も甚だしい。

 だが、こんなゴシップ誌でも騒いで叩ければ誰でもいいという人間には格好のエサになる。人気商売のこちらとしては、いい迷惑だ。

 妙な写真を撮られた自分の迂闊さにも嫌気が差し、顔をしかめる。

「打ち上げの写真と一緒に、あの記事は事実無根だって発表したから大丈夫ですよ」

 柴田の言葉に「ありがとうございます」と礼を言い、レオは声を潜めた。

「これ……横山さんが関係しているんでしょうか」

「いやぁ、どうかな……確かに、彼については色々と噂は聞くけど……何とも言えないなぁ……」

 先日のトイレでの一件、ゲイのくだりは省いて柴田に報告していた。驚かれたが、レオの様子がおかしかったこともあってか、心配しなくていいと柴田はレオを気遣ってくれた。

 横山の誘いを断ってからしばらく経ったが、あれから接触されていない。

 諦めてくれたのかと思い始めていた矢先、熱愛スクープが週刊誌に掲載されたのだ。

 偶然だとは思うが、あの場に週刊誌の記者が都合よく居合わせたのも、出来すぎているような気がする。

「記事の方は、大橋まどかの事務所からも声明文を出してるから、心配いらないよ。じきに収束すると思うから、下手に反応しないほうがいい。……ただ……この週刊誌に触発された一部のファンには、気を付けてね」  

「どういうことですか?」

 柴田は顔を曇らせた。

「……不審な荷物が、この事務所ビルの敷地内に置かれていたんだよ」

 詳しくは教えてもらえなかったが、中身はレオに対する執着をうかがわせるものだったという。今回の熱愛報道に対して、怒っているらしい。

「一応、警察には相談してある。ただ、防犯カメラの死角だったみたいで、誰が置いたものかは分かってないんだ」

「そう、だったんですか……」

 直接敷地内に置かれていたというのが気になるが、妙な贈り物や手紙が届くのは初めてではない。レオが所属しているプロダクションの住所も、調べれば分かる情報だ。その気になれば、誰でも犯行可能だろう。

「まぁ、これまでにも似たような贈り物はありましたし……職業柄、仕方ないですね」

「そうは言っても、用心するに越したことはないからね。しばらくは送り迎えするから。どうしても難しい時は、タクシー使って。プライベートでも、なるべく一人にならないようにね」 

「わかりました」

 内心またかと思いながら、レオは頷いた。

 不審者から狙われるのも、勘違いしたファンに付きまとわれるのも、大差はない。

 ファンの期待に応えるのが仕事だが、あまりに身勝手な期待をされても困る。ましてや、それを裏切ったと言って、逆恨みされてはたまらない。

 こういう時、SNSでのアカウント管理を事務所に任せていて心底良かったと思う。出演情報などの事務的な連絡をするだけのアカウントだが、いくら覚悟しているとはいえ、身に覚えのない事に対しての誹謗中傷を目にしたくはない。

 ――ひとまず、週刊誌の炎上が収まるまでの辛抱だな……。

 レオは気持ちを切り替え、スケジュールの確認をしようと柴田に声をかけた。
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