触手を拾った話

犬束だいず

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触手を拾った話

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 初めての期末試験を終え、解放感に浸っていた帰り道。下堀里子しもほりさとこは道端で奇妙な生物を見つけた。
「なにこれ……触手……?」
 なまこのようにも見えるが、それにしては頭とお尻が細長い。
 灼熱のアスファルトにやられたのか、肉色の肌が半分干からびている。どうやら弱っているらしい。
「……にゅー……」
 ぴくぴくと震え、助けを求めるように触手の先端をこちらに伸ばしてくる。その姿があまりに不憫で、里子は触手を抱き上げた。
 試験を終えた解放感で、いつもより大胆になっている今の里子に、怖いものは無い。
 手遅れではないかと心配しながら自宅の庭で水をかけると、触手はみるみる元気になった。
 これなら一安心だと近くの川へ連れていったが、何度逃がしても里子の後を追ってくる。
「ついてきちゃだめだって。また干からびるでしょ」
 だが、触手はやっぱりついてくる。
 どこから声を出しているのか知らないが、にゅーにゅーと鳴きながら必死になって後を追いすがる姿が、次第に愛おしく思えてきた。
 結局、里子は触手を飼うことにした。
 連れ帰った触手は、使われてなかった陶器の水鉢に入れて、庭に隠した。
 玄関先から庭にかけては、祖父が集めた大小さまざまな水鉢が置かれており、その中にはそれぞれ水草やメダカが住んでいる。祖父も全てを把握しきれていないのだから、ひとつくらい増えても気付かれないだろう。
「いい? 私以外の人が来たら、水草に隠れなさいよ」
「にゅっ」
 了解の返事をした触手は、任せろとばかりに素早く水草の下に隠れた。 
 ニュルちゃんと名付けた触手は、思った以上に賢く、里子によく懐いた。
 雑食で、エサの心配がいらなかったことも、里子にとってはありがたい事だった。
 生肉や生魚はもちろん、お菓子や納豆、野菜の切れ端に至るまで何でも食べた。時々自分で虫を取って食べたりもしていた。
 しかし、一番の好物は練乳のようだった。かき氷アイスをあげた時、味をしめたらしい。
「ニュルちゃん。お手、おかわり」
 そう言って里子が手を出せば、ちゅるんとしたなめらかボディの先端を手のひらにちょこん、ちょこんと乗せてくる。
「ホントにおりこうさんね……それじゃあ……ちんちん!」
 思いつきで言ってみれば、ニュルちゃんは大層リアルなイチモツに擬態して見せた。
 玉も、屹立した竿も、里子は実物を見たことは無いが、多分こんな感じなんだろうなというリアルさがある。
「おお……ご立派ぁ……」
 予想外のすばらしい出来栄えに里子がパチパチと拍手をすれば、ニュルちゃんは誇らしげに竿の先端をぷるぷると震わせ、「にゅっ!」と短く鳴いた。
「すごいぞニュルちゃん……これは必殺技にしよう」
「にゅっ!」
 ごほうびに練乳をかけてやると、見た目も相まって非常にけしからん事になってしまったが、ニュルちゃんは喜んでいるので問題ない。
 さきっぽから一生懸命練乳を吸い込む姿がかわいくて、つい、いつもより余計に練乳濡れにしてしまった。
 ニュルちゃんは、触手の数を自由に増やすことが出来た。
 イカでもタコでもヒトデでも、色々なものまねが上手だったが、そのなかでもピカイチの出来栄えがちんちんだった。 
 家族に見つからないよう、ふたりでこっそり楽しく遊んでいた、そんなある日――ニュルちゃんがいなくなった。 
「ニュルちゃん? ニュルちゃーん?」
 周囲の他の水鉢や、近くの川を探したが見つからない。
 トンビかカラスに襲われた可能性も考えたが、里子の宿題を手伝えるほど賢くなったニュルちゃんが、むざむざ鳥にやられるとも思えない。
 むしろ賢くなりすぎた結果、里子に飼われるのがあほらしくなって、うちへ帰ったのかもしれない。
 しょんぼりしながら家へ帰ると、ちょうど夕飯が出来たところだった。
 母と祖母が食卓にタコ焼きを並べている。
「あれ……ばあちゃん、これ……」   
「ああ、変わったタコをもらってねぇ。多分、浜中さんか、海野さんが庭に置いてったんだと思うんだけど……なにも、水鉢に入れなくてもねぇ。一声かけてくれればえかったのに」 
「変わったタコ……⁉ あぁ……っ!」
 里子は慌ててタコ焼きを割り開き、中身を見て悲鳴を上げた。
「ああ、そんな……!! にゅ、ニュルちゃん、ニュルちゃんが……!」
 そこには、変わり果てたニュルちゃんがいた。
 タコ焼きを抱きしめておいおいと泣き出した里子に、祖母が申し訳なさそうに眉を下げる。
「おや……ごめんねぇ、里子。あのタコ、あんたのペットだったのかい」
「あら、里子。ペットを飼うなら、お母さんに相談しなくちゃだめじゃないの。おかずと間違えちゃうでしょう」
 祖母はタコを締めることに関しては、町内一の腕前だ。いかに賢いニュルちゃんと言えども、祖母に秘孔を突かれてはひとたまりもなかったのだろう。
 大雑把な母は、変わったタコだなくらいにしか思わなかったに違いない。
 後悔が押し寄せてくるが、タコ焼きの具になったニュルちゃんは、ほかほかと湯気を出すばかりで、にゅーとも言わずに沈黙している。
「ごめんね、ごめんね、ニュルちゃん……私が目を離したばっかりに……これからは、ずっと一緒にいるからね……」 
 せめてもの供養だと、里子は家族分のタコ焼きを、泣きながら全て一人で平らげた。
 たとえニュルちゃんの一片でも、里子以外の誰かが口にするのは嫌であった。
 弟には「ひとり占めするなんてずるい」とうらめしそうな顔で言われたが、こればっかりは分けてやるわけにはいかないのだ。
 ひどくしょっぱいタコ焼だった。
 はち切れそうな腹を抱えて自室に戻った里子は、気絶するように布団へ倒れ込んだ。
 ――その晩、里子は夢を見た。
 ニュルちゃんを探し回っていると、里子のパンツの中から見つかるのだ。
『ニュルちゃん、そんなところにいたの!』
『にゅー!』
 よかったよかったと手を取り合って喜んでいるところで――目が覚めた。
「……なんだ、夢か」
 朝日が差し込む部屋で里子はぽつりとつぶやき、すんと鼻を鳴らした。
「はぁ……パンツの中でもいいから、ホントに帰ってきてくれたらいいのに……――ん?」
 起き上がった時、もぞりと股間に違和感があった。
「まさか……」
 布団を跳ねのけ、がばっとパンツのなかを覗き込むと――里子の股間で、渾身の「ちんちん」を披露するニュルちゃんの姿があった。
「にゅ、ニュルちゃん……⁉」
 震える指でそれに触れば、触った感触と、触られた感触の両方がある。
 里子の問いに答えるように股間から「にゅー!」と元気な返事が返って来た。
「あぁ、ニュルちゃん……!!」 
 理屈は分からん。分からんが、とにかくニュルちゃんが生えてきた。
 ニュルちゃんが復活したのなら、この奇跡に文句はない。
「い、生きとったんか……! 生きとったんか、ニュルちゃん……! よかった……よかったでええええ……!」
 喜びのあまり里子が股間を突き出して雄叫びを上げていると、バンっと部屋の扉が開いた。
「姉ちゃん、うるさい! ……っえ? え⁉ 姉ちゃん……兄ちゃんだったの⁉」
「違う! これはニュルちゃんのちんちんだ!」
 でっけぇ~と目を丸くする弟に、よく見ろと股間のニュルちゃんを持ち上げれば、ぽるんともげるように皮膚から離れた。
 にゅーにゅーと鳴きながら、上機嫌でカーペットの上を踊るニュルちゃんに、弟の視線は釘付けだ。
「すっげぇ……姉ちゃんのちんちん、取れても勝手に動いてる……」
「喜びの舞かな、ニュルちゃん。よし、私も踊ろう」
 里子とニュルちゃんは、床を飛び跳ね、頭を振って、全身で喜びを表現した。
 そのうち見ていた弟も加わって、三人で踊り狂った。
 騒ぎを聞きつけ、他の家族も集まってきた。ちんちん状態で踊るニュルちゃんを見た両親と祖父母が、
「お……俺のより、ご立派ぁ……」
「あら、ほんとにご立派ねぇ……やだ、泣かないでよ。あなたも負けてないわ」
「……ワシの方が、立派じゃもん……」
「ええ、ええ、そうですねぇ」
 と口々に呟いていたが、里子には聞こえていなかった。



 おしまい
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