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上海の世界大会の歓喜と新たな門出

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2039年、朝鮮半島に誕生した北朝鮮と大韓民国の合同国家の高麗連邦では統一という美名のもとで旧大韓民国地域の体制の北朝鮮化が急速に進んでいた。
共栄教会はその流れに積極的に協力する一方、アジア全域に影響力を広げ続ける。
五十代後半とされる救世真皇イ・リキョンはアジアを統一する教義の中心人物とまで讃えられ、そのカリスマ性は円熟を極め、信者たちにますますあがめられるようになっていた。

そんな中、高麗連邦の共栄教会本部は中国・上海で世界大会の開催を決定する。
イ・リキョンも登壇する教団史上最大の規模のイベントだ。
これができたのは、習近平の跡を継いで中国を統治するようになった李強政権が先代と打って変わって文化や思想等さまざまな面での規制や取り締まりを緩和し、海外から見て中国国内が明るくオープンになっていたのが大きい。
もっとも、共栄教会を利用して各国での影響力を拡大しようという習近平の目論見を李強政権は引き継いではいたが。


この大会の開催のため、日本支部も多くの信者の派遣を決定。
1500人もの枠が用意されたがその何十倍もの信者が参加を希望する。
選考は主に教会への寄進額や勧誘に成功した信者数など、教会への具体的な貢献度を重要視して行われて招待状が配られたが、その中には36歳の遠藤淳の姿があった。
入信してから十年以上の遠藤はコンビニ店員を続けながら収入の5分の1を教会に寄進し、勧誘には一人も成功していないが熱心に活動を続けており、その姿勢を評価した所属教区からの推薦である。
共栄教会に救われたという感謝の気持ちを胸に信仰心の篤い遠藤は、この大会に参加できることに対して大いに感激した。

「外国で世界中の信者と会えて、イ・リキョン様にお目通りできるなんて、本当に夢のようだ…」

胸を高鳴らせながら、遠藤は飛行機で初めての海外である上海へと向かった。

会場となるコンベンションセンターに到着すると、目の前に広がる壮大な光景に言葉を失う。
日本、中国、高麗連邦、台湾、モンゴル、ベトナムなど、アジア各国から集まった数万の信者たちがそれぞれの言葉で共に祈りを捧げていたのだ。

「これが神の下に一つになるということか…」

遠藤は自分が壮大な理想郷の一部であることを実感し、胸が熱くなった。


そんな中、厳粛な雰囲気の会場の照明が不意に落とされる。
続いてスポットライトが当たった壇上に救世真皇イ・リキョンが現れると、場内は一瞬の静寂に包まれた後、熱狂的な歓声が沸き起こった。
すでに六十近くなり、長髪に白いものが混じり始めてはいたが、それが却って神々しさをただよわせる。
イはその存在感は信者たちにとって人智を越えた神聖さを持っていた。

「神の下に我々は一つである!そこには国境も民族の違いもない!!」

その低く響く声がホール全体にこだますると信者たちは涙を浮かべ、声を合わせて応えた。

「憎悪と分断を乗り越え、理想郷を築くために、ここに集った全ての者がその礎となるのだ!」

イの言葉が続くたびに、信者たちは熱狂し、会場全体が感動の渦に包まれる。
まず高麗人信者が反応し、続いてその他の国の信者がスマートフォンに標準装備されるようになって久しい翻訳機能によってその意味を知り、時間差で応えた。

「アジアから世界へ。我々が示すべきは新たな道、希望の未来だ!」

遠藤は、その言葉一つ一つに胸を打たれ、涙を流しながらその姿を見つめていた。

「救世真皇様のおかげで俺も新しい未来の一員になれる…」


大会後には交流会が開かれる。
各国の信者たちはスマートフォンの翻訳機能を使って国や言語を越えて親しく語り合い、同じ信仰を持つ兄弟姉妹としての絆を固め合う。

しかし遠藤はその活気に少し圧倒されていた。
スマートフォンには翻訳機能があるので日本語しか話せない遠藤でも外国人と話はできるのだが、もともと人見知りな所があるし、ましてや相手は外国人なのだ。
いっしょにいた日本人教徒たちは他国の人間に話しかけられたり話しかけられたりして離れてゆき、一人取り残される。

そんな彼に、片言の日本語で話しかけてきた一人の女性がいた。

「日本の方ですね?私は韓国…いや、高麗から来ました」

彼女はユン・ミョンヒと名乗る、高麗連邦出身の信者だ。
黒髪をすっきりと束ねたミョンヒは穏やかで親しみやすい雰囲気を漂わせていたが、その目には強い意志が感じられる。

「ああ、こりゃどうも、ユンさん。どうして日本語が話せるんですか?」
「日本文化が好きなんです。昔から本やドラマを見て勉強していました」

外国で日本語で話しかけられたのもあるが、彼女の柔らかな笑顔に遠藤は緊張を忘れ、自然と会話に引き込まれていった。

「高麗では色々大変だったんじゃないですか?」

遠藤が尋ねると、ミョンヒの笑顔が一瞬曇った。
遠藤もニュースで高麗連邦となってから朝鮮半島でゴタゴタが続いていることは知っている。

「ええ、まあ…。でも、教会が支えてくれたおかげで、こうして新しい道を歩むことができています」

その言葉に遠藤は深く共感した。

「僕も教会に救われました。だから、今こうしてこの素晴らしい理想郷の一員になれています」

話してゆくうちに二人の間には国境や文化を越えた、同じ信仰を持つ者同士の絆が深まっていく。
すでに同じ親、イ・リキョンという父親を持つ兄弟姉妹というような気すらする。
そして次第に遠藤の目はミョンヒに釘付けになってゆくのを自分でも感じた。
彼女の話し方や考え方に触れるたび、心が惹かれていくのを感じるのだ。

「ミョンヒさんともっと話したい。もっと彼女のことを知りたい…」

帰国後も連絡を取り続けたいと思った遠藤は、勇気を出してLINEの連絡先を交換。
ミョンヒもまた遠藤の素朴で誠実な態度に心を開いたらしく、別れ際には「また会いましょう」と笑顔で言葉を交わした。


上海大会後、遠藤とミョンヒはLINEでのやり取りを重ねるようになる。
互いの日常や教会での活動を共有し合う中で、遠藤は彼女を兄弟姉妹とは別のそれ以上のもののような気がしてきた。

やがて、ミョンヒが東京を訪れる計画を伝えてきたとき、遠藤は決意を固める。

「彼女が来たらプロポーズしよう」

教会への寄付で家計は苦しかったが、遠藤はこれまで節約を重ねて貯めてきた金でシンプルな指輪を用意。
ユンが東京を訪れると、遠藤は二、三回待ち合わせして東京を案内しながら彼女に付き添う。
そして三日目に、彼はついに言葉を口にする。

「ミョンヒさん、僕と一緒に人生を歩んでください」

ミョンヒは驚いたが、目に涙を浮かべながら静かに頷いた。

「はい。私もあなたと未来を築きたいです」


あっさり婚約した遠藤とミョンヒは教会の支援を受け、日本で結婚式を挙げることになる。
結婚式は恒例の教会主催の集団結婚式であり、それも遠藤がプロポーズしてから一か月後。
滑り込みで申請したのだ。
式場では例のごとくリモートで他のカップルと共に高麗連邦のイ・リキョンから祝福を受けた。

スクリーンののイは、愛に満ちた言葉で彼らを称える。

「愛はすべての壁を越える。我々の信仰のもとに結ばれる全ての者に私の、そして神の祝福があるであろう」

その言葉に会場全体が感動し、歓声が沸き起こった。
遠藤はミョンヒと共に涙を流しながらその祝福を胸に刻みつける。

「この方のためならば、俺は何だってする、どこへだって行く!ミョンヒとともに…」


だが、この集団結婚式がイ・リキョンが日本人信者に温かい目を向けた最後となる。
それを知らない遠藤は教会への感謝と希望を胸に新たな生活を歩み始めた――。
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