狙われた楽園~20〷年日本国滅亡への序章~

44年の童貞地獄

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在日中国人青年の鬱屈

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2030年代、日本に暮らす外国人、その中でも中国人の数はますます増加。
池袋駅北口のエリアはかねてよりその中心地であったが、かつての雑多な雰囲気から完全な中国人街へと変貌を遂げるようになる。
中国語の看板ばかりが立ち並び、店員も客も中国人ばかりで中国語が飛び交う街となり、もはや中国の一地方都市の一角のようになっていた。

彼らの中には持ち前のサバイバル力とリスクを恐れない果敢なチャレンジ精神、商才を安全で自由な日本国で発揮して財を成す者が続出。
日本人がますます貧しくなる一方で、国内においては中国人と言えば金を持っているというイメージすらできつつあった。

だが、日本社会で成功する者もいれば失敗する者もいる。

池袋の中国系の不動産会社で働く楊爍(ヤン・シュオ)はその「失敗組」の一人だった。
楊が河南省の地方都市から憧れの日本に渡ったのは高校を卒業した7年前。
まず日本語学校に入学してそれから順調に日本の大学に入学した彼は自信に満ちていた。
「日本で成功し、裕福な暮らしを手に入れる」――それが彼の夢、いや、約束された未来ですらあった。
しかし、日本社会での現実は彼を徹底的に打ちのめす。

楊は一応日本で中国系の会社とはいえ職を得てはいたが、その日々は鬱屈したものだった。
日本語が十分に話せず、契約内容を巡って日本人の取引先から文句を言われることが多かったのだ。

「だからさ、これじゃ話にならないって言ってるんだよ」
「す、すみません…すぐ確認します」
「何確認するか分かってる?保証会社は収納代行か、振込みなのか確認してから請求書送ってくれよ。もうお客さん初回保証金振り込んじゃったって言ってるんだよ。日本語分かってるの?ホント?」

楊は必死に対応しようとするが、日本語の細かいニュアンスを理解できず、やり取りの半分も頭に入ってこない。

さらに、会社内でも状況は厳しかった。

「楊、お前『富久クロス4105号』の退居清算やってないだろ!」

敷金の返還がされていないという苦情の電話をもらった上司の張(チャン)は怒り心頭で怒鳴る。

「これじゃあ信用を失うだろが!もっと真剣にやれ!」

楊はただ頭を下げるしかなかった。
中国人同士であっても、能力が低いと見られれば冷たい態度を取られる。
仕事を終えて狭いアパートに帰ると、孤独感が襲いかかってきた。

「日本に来た意味があったのか…」

夢に見た成功の道は遠く、現実は苛立ちと絶望で埋め尽くされている。

それに楊には仕事だけではなく、さらに切実な問題があった。
ビザの更新期限が迫っていたのだ。
会社の雇用継続が条件となるが、上司がサポートする気配がまるでない。
最近では楊を切り捨てるための理由を探しているようにも感じられた。

「更新できなかったらどうなる…?日本から追い出されるじゃないか」

中国に戻る選択肢は考えられなかった。
自分が中国にいた時よりさらに厳しくなった競争社会の中で再出発する自信はない。
かといって、日本でこのまま生き延びる術も見つからない。
楊は完全に追い詰められていた。


困り果てた楊は、日本語学校時代の同級生で同郷の陳明(チェン・ミン)に連絡を取る。
陳は日本で安定した生活を送っているようで、楊にとって頼れる存在だった。

「楊、久しぶりだな。元気か?」

陳の声は明るかったが、楊は沈んだ顔で話を切り出した。

「ビザが更新できないかもしれない。このままだと日本を追い出される…どうしたらいい?」

陳は少し考え込んだ後、口を開いた。

「実はな、俺も前に似たような状況だった。でも、相談に乗ってくれた人たちがいて助けられたんだ」
「相談って、どこに?」
「池袋にある団体だよ。とにかく行ってみろ。俺も一緒に行くから」


休日に陳に連れられ、楊が訪れたのは池袋の雑居ビルにある施設だった。
ビザの問題を相談するためにやってきたが、そこが共栄教会という宗教団体だと気づいたのは、受付で対応した女性の言葉を聞いたときだった。

「ようこそ、共栄教会へ。まずは、ビザの問題についてお話を聞かせてください。」

宗教団体と知って楊は少し戸惑ったが、同じ中国人の受付の女性は穏やかで親切。
話をしていくうちに、緊張が少しずつほぐれていった。

「ビザの更新には専門的な手続きが必要ですね。弁護士を紹介しますし、会社へのサポートも私たちで動きます。」

女性の言葉に、楊は驚きを隠せなかった。
これまで日本ではぞっと自分をまともに扱ってくれる場所がなかったのに、ここでは親身になってくれる人がいる。

「本当に…助かります。」


教会員たちは楊のために迅速に動く。
ビザ更新のために必要な書類を整え、会社への交渉も進めてくれたのだ。
さらには、転職先の紹介や一時金の支給まで申し出てきた。

「楊さん、あなたが日本で安心して生活できるように、私たちは全力でサポートしますよ」

その言葉に、楊は久しぶりに希望を感じた。

「俺の話をこんなに真剣に聞いてくれるなんて…」

さらに、教会員たちは楊の日本社会や中国人社会への不満も丁寧に聞き取ってくれた。
楊は自分が日本で不遇なのは日本社会や日本人のせいだと逆恨みしているところがあったのだ。

「日本人は外国人を受け入れるふりをして、結局差別してる。」
「その通りです。でも、あなたのせいではありません。この日本社会の構造が腐敗しているのです」


色々な支援を受けに何度か教会を訪れるうちに、楊は「救世真皇」とかいう名前の教祖イ・リキョンの説教映像を見る機会が増えた。
彼のために書類をそろえるなどの間、教会員が見るように言ったからだ。

「この世界があなたを見捨てたのは、構造の問題だ。だが、私たちは違う。ここであなたは守られる」

中国語字幕を見ていると言っていることは毎回似たようなことだったが、繰り返し聞くうちに楊の胸に徐々に深く響くようになる。
教会が示す世界観は、自分の鬱屈した感情と見事に一致していたからだ。
自分が恵まれないのは自分の責任ではなく、周りの環境が、社会が悪いからだという彼の考えが正しいことが確認できたからでもある。
ここが自分の居場所かもしれない――楊は次第にその思いを強くしていった。


ビザが無事に更新され、新しい仕事も不動産とは関係がない飲食店の店員だったが見つかった。
だが、楊にとってそれ以上に重要だったのは、教会への感謝と信頼である。

「ここが俺の居場所だ」

楊は共栄教会の一員として、新しい人生を歩み始めた。
かつての憧れと絶望を超え、教会が示す未来に希望を見出していたのだ。
そして、彼が選んだこの道がどのような結末を迎えるのかは、まだ誰にも分からない。
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