狙われた楽園~20〷年日本国滅亡への序章~

44年の童貞地獄

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集団結婚式

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2030年代、日本社会はさらなる暗黒期に突入。
経済の低迷は続き、物価高と賃金停滞の悪循環により生活に行き詰まる人々が増え続けていた。

そんな中、政府の無策と腐敗への不満が渦巻く中、共栄教会はその存在感を増していった。

共栄教会はもう存在を隠さなくなっており、かつて「聖約者」と呼ばれていたイ・リキョンは新たに「救世真皇(きゅうせいしんこう)」を名乗り、自らを「太平天国の指導者、洪秀全の正統な後継者」とも位置付け、教義として「神の選民による新たな世界の構築」を掲げ、信者たちにさらなる結束と忠誠を求めるものへと変化していたのだ。


2031年のある日、東京都港区にある共栄教会麻布本部の大広間は厳かな空気に包まれていた。
この日は信者たちにとって最も重要な行事の一つである「集団結婚式」が行われる日である。
この式典は日本だけでなく世界各国の支部で同時に開催され、リモートで救世真皇イ・リキョンから祝福を受ける形式が取られていた。

華やかに装飾された本部の大広間には、新婚夫婦となる信者たちが揃っている。
男性は白いタキシード、女性は純白のウェディングドレスを身にまとい、緊張と興奮が入り混じった表情で式の開始を待つ。
その中には、高木泰助と坂尾真奈美、岡崎正英と新藤香菜の姿もあった。

30歳を超えた高木泰助は教会活動に熱心に取り組む信仰深い信者となっており、活動を通じて那須の研修所で一緒だった坂尾真奈美と交際するようになり、共通の価値観や未来への希望を語り合ううちにゴールインとなったようだ。
年齢が一歳しか離れていない真奈美は時には高木をからかうこともあったが、内心では彼の真面目さと献身的な姿勢に惹かれていたのである。

一方、岡崎正英は教会の信頼を集める司教となっていた。
40代後半の岡崎は信者歴が浅いながらもこれまでの人生経験から教団の思想を深く理解し、その活動を支える中心的な存在となっていたのだ。
新藤香菜も40代前半の信者で、かつては真奈美の暮らしていた女子寮の寮長を務めるなど信者歴は長ったが、挫折を重ねてきた岡崎の他人を思いやる人柄に惹かれ、次第に彼との距離を縮めてここにいた。


やがて共栄教会日本支部のトップである池田和康が現れて壇上に上がり、深々と一礼すると、会場中の視線を集める。
彼は真摯な表情で落ち着いた声で語りかける。

「兄弟姉妹の皆様、本日はこの神聖なる結婚式にご参列いただき、心より感謝申し上げます。これより、我々の信仰の頂点であり、真の導き手である救世真皇様が皆さまに祝福の言葉をお届けくださいます。

救世真皇様は、神の啓示を受け、この混迷する世界に光をもたらすために降り立たれたお方。今日ここで結ばれるご夫婦は、ただの愛の結びつきではありません。それは神が選び、神が計画された、新たな未来の礎となる特別な結婚です。

さあ、我らが救世真皇様の御言葉を、心を尽くしてお迎えください。」


池田の言葉が終わると、会場全体が静寂に包まれる。
そして、スクリーンがゆっくりと光り始め、救世真皇イ・リキョンの荘厳な姿が現れた。
信者たちはその姿に圧倒され、全員が無意識に息を飲む。
場内は完全な沈黙に包まれ、イ・リキョンの声が響き渡る瞬間を待つ神聖な緊張感が漂った。

彼は純白の衣装をまとい、威厳ある表情で新郎新婦たちに語りかける。

「我が子たちよ、この瞬間を私が、神が見守っている。お前たちは偶然に結ばれたのではない。すべては神の計画だ。この地上で共に生き、共に闘うために神はお前たちを選び、ここに導いたのだ。

愛とは単なる感情ではない。それは神聖なる責務であり、選ばれし者たちの契約である。お前たちの結びつきは単に二人だけのものではない。それは私たち全体を強くし、未来を形作る礎となる。お前たちは神の息子や娘であり、この腐りきった世界に新しい秩序を築く兵士だ。愛し合い、支え合い、そして、神のために尽くせ!

私はここに宣言する。この結婚は神の祝福であり、神の国の一部となる約束である!さあ、共に歩め!!私たちと共に新しい未来を築く旅へ進むのだ!!」

イの言葉が響き渡ると、会場全体に感動が広がった。新婚夫婦たちは胸に込み上げるものを抑えきれず、涙を流しながらお互いの手を握りしめた。

高木泰助は熱いものが頬を伝うのを感じていた。

「中三の頃から26歳まで引きこもりだったオレが、こんなに尊い場にいるなんて…信じられない!」

部屋の中で十年以上もむなしく過ごすだけの日々だった過去を思い出し、泰助は真奈美の手を強く握った。
真奈美もまた感極まっていた。
かつては些細なことで泣いてばかりだった自分が、この場に立ち、伴侶を得ているという事実に胸を震わせている。

岡崎正英と新藤香菜も静かに涙を拭いながら立っている。
岡崎は四十手前で共栄教会に入信するまでの挫折を繰り返してきた人生を思い浮かべ、香菜は結婚を半ば諦めていた中ではぐくまれた岡崎との絆を思い返していた。

「正英さん、私、本当にこの日が来るなんて…」香菜が震える声で呟くと、岡崎はゆっくりと頷いた。

「俺もだ。40代後半まで独りだった俺が、こんな日を迎えられるとは思わなかった。これは神様の導きだ。」

岡崎の言葉には深い感謝が滲んでいた。
彼は40代後半になるまで教団の中で地道に働き続けてきたが、内心では孤独を感じていたのである。
それが今、香菜という伴侶を得て新たな人生を歩む覚悟を固めていた。


一方、会場の片隅では西宮繭が同期や先輩たちの結婚を祝福しながらも、複雑な思いを抱えていた。
彼女もまた女子寮での厳しい日々を耐え抜いてきた一人だが、いまだに独り身だったのだ。

「私は神様に選ばれなかったのかな…」

そう思う一方で、繭は自分の役割を果たすことが信者としての務めだと信じ込もうとしている。
彼女は涙を拭き、笑顔で祝福の拍手を送った。

式が進行するにつれ、新婚夫婦たちは教団への忠誠心をさらに深めてゆく。

「この教団がなければ、俺はこの幸せを手にすることはできなかった」

泰助はそう呟きながら真奈美を見つめ、彼女も同じ思いを抱いていることを感じた。

岡崎と香菜もまた、教団への感謝と忠誠を胸に刻んでいる。

「救世真皇様が私たちを結びつけてくれた。この恩に報いるため、私たちは教団のために全力を尽くしましょう!」
香菜の言葉に岡崎も深く頷いた。


式が終わり、夫婦たちは新たな生活の場へと旅立ってゆく。
泰助と真奈美は共栄教会が栃木県の那須に新たに購入した土地に作った「共栄村」で農業生活を始めることを選び、岡崎と香菜は麻布本部近くで教会の活動を支える生活に入ることとなった。

その姿を見送る繭は、心の中で新たな決意をしていた。

「私はまだ独りだけど、この教団で生きていく。私も、いつか選ばれる日が来るかもしれない」

救世真皇の言葉は信者たちに深い感動と共に、教団への絶対的な信頼を植え付けていた。
その祝福の言葉は新婚夫婦だけでなく、全ての信者に「選ばれし者」としての誇りと使命感を与えるものだったのだ。

共栄教会への結束はさらに強まる。
信者たちは自分たちが新しい秩序を築く一員であると信じ、教団のために献身する覚悟を固めてゆくようになっていたのだ。

しかしその裏には救世真皇ことイ・リキョンの巧妙で計算された策略があったのだが、熱狂の中でそれに気づく者はほとんどいなかった。


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