狙われた楽園~20〷年日本国滅亡への序章~

44年の童貞地獄

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弱体化する日本、強大化する教会

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2026年から2028年にかけて、日本経済は急速に弱体化した。
円安が進行し、輸入品の価格が高騰。
エネルギーや食品など生活必需品の物価が跳ね上がる一方で、競争力をすっかり失った日本企業の賃上げは追いつかず、実質賃金は低下を続けた。
つい数年前までは人手不足ですらあったのが非正規雇用が増加し、失業率も上昇。
少子高齢化の影響で社会保障費が膨れ上がる中、政府は増税や福祉削減で対応するも、国民の不満は爆発寸前に。
都市部では生活困窮者が増え、地方は限界集落化が進行。
社会全体が疲弊する中、共栄教会は巧妙に接触し、困窮する人々の心に付け込みながら勢力を拡大していった。


東京都豊島区の築40年の1Kアパートに住む28歳の土手みらのは、3歳の息子涯也がいやを育てるシングルマザー。
夫とは離婚し、養育費も途絶えた。
アルバイトで月収12万円ほどを稼ぐが、物価高のせいで生活はギリギリどころではない。
家賃や保育料を払い、食費をなんとか捻出しても、電気代を滞納する月も増えていた。

「ママ、おなかすいた…」

涯也の小さな声に、みらのは痛む心を抱えてインスタントラーメンを作るしかなかった。

にっちもさっちもいかない毎日を送っていた彼女はある日、何年か前に電車への放火殺人犯が入信していたことで話題となった「共栄教会」が炊き出しを行っているという情報をスマホで知る。
無料で温かい食事がもらえるだけでなく、生活支援もしてくれるという。
恥を忍んで涯也を連れ、炊き出しが行われる共栄教会の豊島支部の敷地の前にできた列に並ぶと、女性教会員が優しい笑顔で声をかけてきた。

「お疲れさまです。まずは温かい食事を召し上がってください。そして、その後少しお話を聞いていただけたら、さらに具体的な支援をさせていただきます」

手渡されたのは湯気の立つ味噌汁とごはん、サラダ付きの唐揚げ定食だった。
涯也のぶんもあり、母子は久々にまともな食事で腹を満たす。
食事を終えると、先ほどの教会員に誘導されるまま敷地内の離れの集会所へ向かった。


同じ会場に来ていた25歳の遠藤淳も生活苦にあえいでいた人間の一人である。
コンビニで深夜シフトを掛け持ちする生活を送っている彼は高校卒業後、地元の工場で働いていたが、不況の影響で非正規雇用に転落。
現在の月収は15万円にも満たず、家賃を払い、食事を最低限に抑えるとほとんど手元に残らない。

そんな彼だから食事の後で支援がもらえると聞いて教会員に声をかけられるや、支援欲しさにみらのと同じ集会所へと導かれていった。

集会所では、まず映像が流された。画面にはカリスマ的なリーダーであるイ・リキョンが映し出され、穏やかで優しいが威厳に満ちた声で人々に語りかける。

「あなたが苦しんでいるのは、あなたのせいではありません。この社会が、あなたを見捨てているからです」

映像は希望を与える言葉から始まり、次第に日本政府への批判を混ぜ込んでいく。

「この国の腐敗した政府が、あなたの未来を奪っています。私たちは、あなたを守るためにここにいるのです」

ナニこれ?何かの勧誘じゃない?ヤバくね?
みらのも遠藤も、集会所にいる少なからぬ人間がそう思う。

だが話を聞き終えると、教会員が小さな封筒を一人一人に手渡してきた。
中にはきっちり現金2万円が入っており、「またお困りの時は来てください」と微笑まれる。
万札には縁がないことが多いみらのも遠藤も、久々に心が軽くなるのを感じた。


だが二万円なんてはした金だ。
もらった金はすぐに底をつき、生活は元の困窮状態に戻る。

二人は再び同じタイミングで教会の炊き出しを訪れた。
一回行ってしまえばもう恥を忍ぶことはない。
今度も食事がふるまわれた後で前と同じような話を聞く。
胡散臭い話をまた聞かされるわけだが、これさえ終えればまた援助を受けられるだろう。
だが、その援助を受けるにはこの話を真面目に聞く義務があったようだ。

「あなたが苦しんでいるのは、あなたのせいではありません…」という前と同じイ・リキョンの説法の映像が数分流れた時だった。
突然スクリーンが消えるや電気がつき、この前と同じ笑顔で集会所へ誘導してくれた女性教会員・新藤香菜が目を吊り上げた顔をして金切り声で叫んだ。

「ちょっとソコ!何してるんだ!!」

さっきまで気さくに接していた真奈美の顔はすっかり豹変し、スマホをいじっていたシングルマザーを指さして鋭い視線を向けた。
彼女が慌ててスマホを隠そうとするや否や、別の屈強な教会員が猛然と近寄り、胸倉をつかんで怒鳴りつけた。

「聖約者様のお話を聞かねえなら出てけ、オラ!」

母親は必死に弁解しようとしたが、その声は泣き出した幼い娘の声にかき消された。
男たちは母親の髪をつかみ泣きじゃくる女児をひっつかんで乱暴に引っ立て、集会所の扉を開け放つと、そのまま外へたたき出す。

「二度と来るな!!ゴミ!!」

扉がバタンと閉まると、先ほどの怒号が嘘のように場内は静まり返り、再びスクリーンが点灯した。
香菜たちは何事もなかったかのように振る舞い、微笑みを浮かべながら言った。

「さあ、続きを聞きましょう。これはあなたたちの未来のためです」

その豹変ぶりに、みらのや遠藤を含めた会場全体の者が恐怖と緊張で息を呑んで凍り付く。
誰もが真面目に聞かなければああなると思った。

そうはいってもこうして聖約者様のお話を拝聴した後には前回同様現金2万円を手に入れることはできた。

教会の恐ろしい面を目の当たりにはしたが、真面目にしていれば食事にも金にもありつける。
それがあまりにも簡単に手に入るし回数制限などはないので、彼らはついつい頻繁に来るようになり、そのうち何人かと顔見知りになるほどになった。

そして何度も通ううちに、教会の教義を繰り返し聞かされ、空で暗記できるようにさえなっていた。
そして、二人は次第に教会の思想が刷り込まれ、その考えに染まってゆく。

「この国があたたを見捨てても、私たちはあなたを見捨てません」
「この国の腐敗が、あなたを追い詰めているのです」

みらのは集会後、教会員と話すたびに安心感を覚えるようになり、「この人たちだけが私を助けてくれる」という確信さえ持つようになった。
遠藤もまた「俺を理解してくれるのはこの人たちだけだ」と思い始め、最初の頃は仕事の合間を縫ってだったのが、仕事に行かずに集まりに参加するようにすらなる。

やがて二人とも教会の支援を受けるためではなく、その教えを学ぶために通うようになってゆく。
つまり、共栄教会の思惑通りとなったのだ。

「救い」を提供する一方で、「敵」を明確に示すのは結束を強めるのに効果的ですらあった。
共栄教会は、愛と支援を掲げながら、人々の不安と不満を巧みに利用すると同時に日本政府や社会への憎悪を育て、彼らを支配下に置いていったのである。

困窮する人々が次々と染まり、教団の勢力は日本で広がり続けた。
彼らの中で、共栄教会の教えは救いそのものとなり、そしてその矛先は次第に日本社会そのものへと向けられていくことになる。
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