狙われた楽園~20〷年日本国滅亡への序章~

44年の童貞地獄

文字の大きさ
上 下
35 / 48

被害者を見舞う教祖

しおりを挟む
イ・リキョンが重傷を負った被害者が入院する病院に姿を現したのは、静かな午後。
彼の長いコートの裾が床にかすれる音だけが廊下に響き、その背後には日本支部長の池田和康ら幹部が少し離れて控えていた。
病室のドアを開けると、そこには第三度の火傷を負い、顔面を包帯と特殊な被覆材で覆われた女性がベッドに横たわる。
包帯の下から覗く目は腫れ、かろうじて動く唇からは痛みを堪えたような呼吸音が漏れていた。

彼女はイ・リキョンが入室する気配を感じると、かすかに首を動かそうとしたが、体は思うように動かない。
彼は迷うことなくベッドサイドに近づき、その目を彼女に向けた。
目をそむけたくなるような姿の女性だったが、イ・リキョンは目をそらさない。
視線は冷徹でありながらも深い哀悼の念を含んでいた。

「痛みが、どれほどのものか、お察しします」と彼は低い声で語りかける。
通訳を通じて伝えられるその言葉には、単なる同情を超えた重みがあった。

「あなたがこのような苦しみを負うことになった責任の一端は、私たちの教団にあります。どうか、あなたの治療と回復のために全力を尽くさせてください」

女性の目から涙が流れるのをイは静かに見守った。
彼はその場で膝をつき、ゆっくりと頭を垂れ、「治療費、慰謝料、リハビリ、すべてを私たちが担います。終生にわたり、あなたが元の生活を取り戻せるまで支援することを約束します。どうか、少しでも心を安らげてください」

その場にいた医師や看護師たちは息を飲んでいた。
彼の言葉には、単なる弁明や謝罪以上の真摯さがあり、その態度は偽りのない誠意を感じさせたのだ。
イは事件で重傷を負った被害者すべての病室を周り、同じように接した。


その夜、共栄教会の日本支部本部ではイ・リキョンが初めて日本の信者たちの前に姿を現す。
信者たちは彼の登場を一目見ようと会場に集まり、その数は収容人数を超えて外まで溢れていた。
信者ばかりではない。
一般の野次馬たちも何かと日本を騒がせている人物を一目見ようと本部前に集まる。
特に女性信者たちは、彼が現れる瞬間を待ちわび、ざわめきは熱狂の渦となっていた。

やがて、壇上に彼が姿を現すと、その場は一瞬静まり返る。
彼の長身に整ったスーツ、そして鋭い眼差しに、誰もが圧倒されていた。
だが次の瞬間、場内は歓声と涙に包まれ、多くの女性信者が「聖約者様!」と叫び、感激のあまり泣き崩れる者も出始める。

二宮繭は胸に手を当て、震える声で「こんなに尊い方が私たちの目の前に…」と呟き、坂尾真奈美はその場で祈るように涙を流す。
「ずっとお慕いしていました…やっと、やっとお会いできました…」と、目を腫らして号泣する彼女たち。
その熱狂ぶりは尋常ではなく、彼を神聖視する思いがそのまま溢れ出ていた。

イ・リキョンは、そんな彼女たちに向けてわずかに頷き、穏やかに微笑みを浮かべた。
そして、手を上げるだけで熱狂的な場内は静まり返った。
「皆さん、私がここに来たのは、あなた方を導き、支えるためです。信仰の力を忘れず、共に歩みましょう」と、力強く語るその姿に、信者たちはさらに感涙し、会場全体が揺れるような拍手に包まれた。

彼の存在そのものが、信者たちにとって希望であり、救いだったのだ。
そして、教団の結束はその夜さらに高まった。

イ・リキョンの登壇は短く、ほんの十数分で会場を後にすることになる。
そしてその背後では冷徹な決断を下していた。
ハイヤーに乗り込む際、池田和康に冷たい目を向けて低く響く声で命じる。

「責任者には責任を取らせろ。教団の名誉を守るためにな」

その言葉に池田は怯むことなく、頭を垂れて「ハイ、聖約者様。すでに手を打っております」と答えた。


同じころ、月明かりに照らされた山梨県の山中は静寂に包まれ、その静けさを破るのはスコップで土を掘る音と、金属の鈍い響きだけだった。
共栄教会の秩序維持のための「処刑」が、冷徹に進行していたのだ。
新しい司教となった岡崎正英がこれから処刑される者を見下ろし、冷ややかな視線を落としている。

本来の司教であり、藤倉を管理する立場だった桝充利と金善均の二人は全裸のまま地面に横たわっていた。
顔は殴られて倍に腫れ上がり、血と泥にまみれている。
暴行の痕跡は全身に刻まれ、骨は何本も折れているようで、体を動かすたびに苦痛の声を漏らしていた。
そのすぐ隣には深く掘られた穴が口を開けている。
彼らがこれから辿る運命を、無言で告げていた。

「てめえら立て」と、日本本部が派遣した実行部隊のリーダーで元力士の男が冷たく命じる。
だが、金も桝も動ける状態ではない。
体は震え、力を失った手足は泥に沈んだままわずかに痙攣しているだけだ。

「立てないのか?」部隊員の一人がスチール製の鈍器を手に、無言で近づく。
次の瞬間、振り下ろされた鈍器が鈍い音を響かせる。
ゴンッ、ゴンッと連続して叩きつけられる音に続き、金と桝は苦痛のうめき声を上げた。
その声もやがてかすれ、地面に倒れ込む彼らの体はまるで人形のようにぐったりと動かなくなった。

岡崎はその様子を見ても眉一つ動かさず、部隊員たちに向けて軽く手を振った。

「もういいです。始めてください」

部隊員たちは無造作に金と桝の体を掴み、掘り上げたばかりの穴の中に投げ込む。
二人は薄れゆく意識の中で、泥の匂いと体にまとわりつく冷たさに震えていた。
金は最後の力を振り絞り、かすれた声で叫んだ。「助けてください…お願いです…!岡崎さん…」

その声を聞いた岡崎は、ふと笑みを浮かべた。
そして、穴の縁に立つと、手を合わせて祈るポーズを取り、おどけたように語り出す。
「おまえらいつもつるんでたから一緒に埋めてやるんだ。せいぜい感謝しろよな」その言葉には、一片の慈悲もない。

桝も弱々しく声を上げた。

「これまで俺たち教会のために…働いたじゃないか…それに、ああなるなんて思わなかったんだよ…」

だが、その声は土を投げ込む音にかき消される。
スコップが繰り返し土を放り込み、彼らの体を少しずつ覆ってゆく。
生き埋めにされる現実を悟った二人は、最後の叫び声を上げようとしたが、その声すら土と泥に飲み込まれていった。

岡崎は、埋められていく穴の前で手を合わせるふりを続けながら、ニヤリと笑った。

「無能が消えることで組織は浄化された」

処刑が終わると、満足そうにしている岡崎に実行部隊隊長の大男が近づいた。
月明かりに照らされたその巨体は、冷酷さと威圧感に満ちている。
彼は岡崎に低い声で囁くように言った。

「岡崎司教、これが何を意味するか、わかっているな。もしお前がこいつらのように下手を打ったら――その時は、次はお前の番だ」

その言葉に、岡崎の笑みが消える。
冷や汗が背中を伝い、震える手をどうにか隠そうとポケットに突っ込む。
「もちろんです。二度とこのようなことが起きないよう、全力を尽くします」声がかすれたのを自覚しながら、彼は頭を垂れた。
本部から派遣された者には司教といえども逆らえないのだ。
何より事件後にあんなにおっかなかった桝や金をあっという間に制圧して拘束する実行部隊の腕っぷしにもびびってもいた。

実行部隊の隊長はそれ以上何も言わず、重い足音を響かせながら自分たちのバンに乗り込み、その場を後にした。
岡崎は振り返ることなく、真っ暗な森の中で自分が唯一の生存者であるかのような孤独感を抱えたまま、一人だけで乗って来たワンボックスカーに乗り込んでエンジンをかける。
ワンボックスカーが去ると森の闇は、再び静寂を取り戻していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

シーフードミックス

黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。 以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。 ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。 内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...