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イ・リキョンの決断
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ソウルの江南(カンナム)地区にそびえる共栄教会本部ビル。
竣工して間もない12階建ての最上階にある会議室は重厚な造りと荘厳な雰囲気に包まれていた。
壁には厳かに輝く装飾が施され、シャンデリアの鈍い光が漆黒のテーブルを静かに照らしている。
会議室の窓からはソウルの都市景観が広がっているが、そのガラス越しに見える夜景も今晩は重厚なカーテンに遮られ外界から完全に切り離された空間を作り出していた。
この日はアジア各国から集まった教会の代表たちが一堂に会し、「聖約者」イ・リキョンの前で教会の活動進捗について報告を行う重要な会議。
荘厳な空気の中、重々しい沈黙が会議室を支配している。
報告を行うたびに緊張の色を帯びた各国の代表たちが怯えたような視線をイの方に送り、その顔色を窺っていた。
ベトナム支部長のホアン・ヴァン・チュオンの報告が終わった後、日本支部長の池田和康が日本代表として立ち上がり、日本における教会の活動状況について自信たっぷりに報告を始めた。
「日本では信者の数が急速に増加し、主要都市に教会施設を新たに開設しました。この半年間での勢力拡大は大きな成功といえます」と、池田は満面の笑みを浮かべ、自らの手柄を誇らしげに語る。
池田は2011年に共栄教会に入信した古参信者であり、韓国語も習得していたので自らの言葉で語ることができた。
彼はイリキョンが賞賛の言葉をかけてくれることを期待していたが、イ・リキョンは表情ひとつ変えず、冷ややかな眼差しで池田を見つめるのみだった。
そのそっけない反応に池田は内心動揺しながらも必死に言葉を継いだ。
その時会議室の扉が静かに開き、イの側近が彼に耳打ちする。
わずかな言葉を聞いたイの顔が凍りついたように見え、ピリリと張り詰めた空気が会場に走った。
イは側近のささやきに耳を傾けた後、ゆっくりと顔を上げて池田の方に鋭い視線を向ける。
そして池田を睨みながら語り出した。
「本日朝に日本(イルボン)の東京で地下鉄の車両に火炎瓶が投げられて多数の死傷者が出たことは、わが国や他の国でも報道されているようだから皆の中にも存じている者が多いことであろう。だが、困ったことになった」
そして、各国の支部長で韓国人でない者や韓国語が分からない者のためにつけられた通訳が訳し終えた後、イ・リキョンが語ったことは池田の想像を絶する報告だった。
「どうやら犯人は教会の信者であるようだという報告が日本から来た」
イ・リキョンはその一言を反芻し、表情が次第に険しくなってゆく。
各国の代表たちは驚愕して一斉に池田の方を振り向くや、一瞬で状況の重みを悟り、顔が青ざめる。
「池田」イリキョンは低い声で言い放ち、氷のような目で池田を睨みつけた。
「これはどういうことだ? 我々の信者がこのような犯罪に関与しているとなれば、教会にとって致命的な打撃となるのはわかっているな?」
周囲の代表たちもその場の空気に飲まれ、冷ややかな非難の声が次々に上がった。
「日本の信者が起こしたのか?」台湾の代表・金基鎬(キム・ギホ)が声を荒げて問いかける。
「我々が築いてきた信用が、この一件で失われる可能性があるんだぞ!いったい信者に何を吹き込んだ!?」
「こういう事態は看過できない」別の代表、ベトナム支部長のホアン・バン・チュオンも厳しい口調で続ける。
「イメージが崩れれば、アジア各国での活動にも影響が出かねないじゃないか!」
「池田さん、どういう指導をしているのですか!?」本国の韓国の幹部信者も問い詰めるように言った。
池田は戸惑い、震える手でハンカチを握りしめて何とか口を開こうとするが、緊張と混乱で言葉が出てこない。
日本国内での信者の数は多すぎてとてもじゃないが管理しきれない。
ましてや、ニュースでその事件は知っていたが、そんな報告など自分は会議に出ていたから初耳である。
信者の行動が日本国内での活動に影響を及ぼすかもしれない――各国代表に責められながら、その恐怖が彼の顔に浮かんでいた。
その様子をじっと見つめていたイ・リキョンは突然不敵な笑みを浮かべ、冷静さを取り戻したかのようにゆっくりと立ち上がるや、「皆、落ち着け」とイは厳かな声で会場を制し、ざわつく空気を静める。
そして静まり返った会場の一同を見渡して語り始めた。
「確かに、もし我々の信者が関与しているのならば、問題は深刻だ。だが、考えようによっては、これは我々にとって新たなチャンスでもある」
代表たちは驚きと疑念の混じった目でイ・リキョンを見つめた。
信者が引き起こした犯罪が、どうして「チャンス」になりうるのか。
「人々が不安や恐怖に揺れる今こそ、我々の教えの必要性を示す絶好の機会だ。彼らが求めるのは安定と救済であり、我々がその解決策を提供できるのだ」イは周囲を見渡し、熱を帯びた声で言い切った。
「事件の影響力を利用し、日本での勢力をさらに強化することができる。これは神が我々に与えた試練であり、同時に贈り物でもある」
イの言葉に各国の代表たちは息を呑んだ。
冷静かつ大胆な発言が、会場に重い緊迫感を残した。イはさらに続ける。
「私は直ちに日本に向かい、この状況を確認する。現地での指導を強化し、信者の結束をより高めるための指示を出すつもりだ」
イ・リキョンは冷静な口調でそう宣言し、うろたえて顔面蒼白の池田に対してさらに厳しい視線を送りつつ「この信者を早急に自首させろ」と続けた。
この命令に、池田はただ頷くしかない。
彼の心中は複雑で、これから自分が直面する試練の大きさを痛感していた。
会議室には再び重い沈黙が戻り、イ・リキョンの決断が今後の教会の運命を左右することを出席者全員が感じ取っていた。
竣工して間もない12階建ての最上階にある会議室は重厚な造りと荘厳な雰囲気に包まれていた。
壁には厳かに輝く装飾が施され、シャンデリアの鈍い光が漆黒のテーブルを静かに照らしている。
会議室の窓からはソウルの都市景観が広がっているが、そのガラス越しに見える夜景も今晩は重厚なカーテンに遮られ外界から完全に切り離された空間を作り出していた。
この日はアジア各国から集まった教会の代表たちが一堂に会し、「聖約者」イ・リキョンの前で教会の活動進捗について報告を行う重要な会議。
荘厳な空気の中、重々しい沈黙が会議室を支配している。
報告を行うたびに緊張の色を帯びた各国の代表たちが怯えたような視線をイの方に送り、その顔色を窺っていた。
ベトナム支部長のホアン・ヴァン・チュオンの報告が終わった後、日本支部長の池田和康が日本代表として立ち上がり、日本における教会の活動状況について自信たっぷりに報告を始めた。
「日本では信者の数が急速に増加し、主要都市に教会施設を新たに開設しました。この半年間での勢力拡大は大きな成功といえます」と、池田は満面の笑みを浮かべ、自らの手柄を誇らしげに語る。
池田は2011年に共栄教会に入信した古参信者であり、韓国語も習得していたので自らの言葉で語ることができた。
彼はイリキョンが賞賛の言葉をかけてくれることを期待していたが、イ・リキョンは表情ひとつ変えず、冷ややかな眼差しで池田を見つめるのみだった。
そのそっけない反応に池田は内心動揺しながらも必死に言葉を継いだ。
その時会議室の扉が静かに開き、イの側近が彼に耳打ちする。
わずかな言葉を聞いたイの顔が凍りついたように見え、ピリリと張り詰めた空気が会場に走った。
イは側近のささやきに耳を傾けた後、ゆっくりと顔を上げて池田の方に鋭い視線を向ける。
そして池田を睨みながら語り出した。
「本日朝に日本(イルボン)の東京で地下鉄の車両に火炎瓶が投げられて多数の死傷者が出たことは、わが国や他の国でも報道されているようだから皆の中にも存じている者が多いことであろう。だが、困ったことになった」
そして、各国の支部長で韓国人でない者や韓国語が分からない者のためにつけられた通訳が訳し終えた後、イ・リキョンが語ったことは池田の想像を絶する報告だった。
「どうやら犯人は教会の信者であるようだという報告が日本から来た」
イ・リキョンはその一言を反芻し、表情が次第に険しくなってゆく。
各国の代表たちは驚愕して一斉に池田の方を振り向くや、一瞬で状況の重みを悟り、顔が青ざめる。
「池田」イリキョンは低い声で言い放ち、氷のような目で池田を睨みつけた。
「これはどういうことだ? 我々の信者がこのような犯罪に関与しているとなれば、教会にとって致命的な打撃となるのはわかっているな?」
周囲の代表たちもその場の空気に飲まれ、冷ややかな非難の声が次々に上がった。
「日本の信者が起こしたのか?」台湾の代表・金基鎬(キム・ギホ)が声を荒げて問いかける。
「我々が築いてきた信用が、この一件で失われる可能性があるんだぞ!いったい信者に何を吹き込んだ!?」
「こういう事態は看過できない」別の代表、ベトナム支部長のホアン・バン・チュオンも厳しい口調で続ける。
「イメージが崩れれば、アジア各国での活動にも影響が出かねないじゃないか!」
「池田さん、どういう指導をしているのですか!?」本国の韓国の幹部信者も問い詰めるように言った。
池田は戸惑い、震える手でハンカチを握りしめて何とか口を開こうとするが、緊張と混乱で言葉が出てこない。
日本国内での信者の数は多すぎてとてもじゃないが管理しきれない。
ましてや、ニュースでその事件は知っていたが、そんな報告など自分は会議に出ていたから初耳である。
信者の行動が日本国内での活動に影響を及ぼすかもしれない――各国代表に責められながら、その恐怖が彼の顔に浮かんでいた。
その様子をじっと見つめていたイ・リキョンは突然不敵な笑みを浮かべ、冷静さを取り戻したかのようにゆっくりと立ち上がるや、「皆、落ち着け」とイは厳かな声で会場を制し、ざわつく空気を静める。
そして静まり返った会場の一同を見渡して語り始めた。
「確かに、もし我々の信者が関与しているのならば、問題は深刻だ。だが、考えようによっては、これは我々にとって新たなチャンスでもある」
代表たちは驚きと疑念の混じった目でイ・リキョンを見つめた。
信者が引き起こした犯罪が、どうして「チャンス」になりうるのか。
「人々が不安や恐怖に揺れる今こそ、我々の教えの必要性を示す絶好の機会だ。彼らが求めるのは安定と救済であり、我々がその解決策を提供できるのだ」イは周囲を見渡し、熱を帯びた声で言い切った。
「事件の影響力を利用し、日本での勢力をさらに強化することができる。これは神が我々に与えた試練であり、同時に贈り物でもある」
イの言葉に各国の代表たちは息を呑んだ。
冷静かつ大胆な発言が、会場に重い緊迫感を残した。イはさらに続ける。
「私は直ちに日本に向かい、この状況を確認する。現地での指導を強化し、信者の結束をより高めるための指示を出すつもりだ」
イ・リキョンは冷静な口調でそう宣言し、うろたえて顔面蒼白の池田に対してさらに厳しい視線を送りつつ「この信者を早急に自首させろ」と続けた。
この命令に、池田はただ頷くしかない。
彼の心中は複雑で、これから自分が直面する試練の大きさを痛感していた。
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