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逃亡者
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「やってやった!やってやった!」
線路伝いに下北沢方面に逃走してから防音壁をよじ登り、小田急の変電所の敷地内に降りた藤倉は異常な興奮状態にあった。後ろの方からは黒煙が上がり、救急車や消防車のサイレンがあちこちから響いてくる。
フェンスをよじ登って、有刺鉄線に衣類を引っ掛けながらも地面に着地した彼は一目散にさらに逃走。
もう誰も追いかけてはこないようだが、近くにいるとまずいとは思っていた。
こんなに走ったのは久しぶりである。
息は荒くなり、額から汗が滴るが走り続けた。
だが藤倉は現場から離れれば離れるほど異常な高揚感が徐々に消えてゆき、反比例して押し寄せる恐怖に心を揺さぶられ始める。
「ざまあみろ!やってやったんだ!復讐してやったんだ」心の中で何度も繰り返し、自分を奮い立たせようとしても
それは払しょくできない。
代々木上原駅近くのモスク・東京ジャーミーの脇を抜けて井の頭通りに出ると、歩道には火災の方向を見つめる人だかり。
車道は自分が投げこんだ火炎瓶によって黒煙を上げる千代田線の車両がある駅に向かって消防車や救急車がサイレンを響かせて向かっている。
そのサイレン音が耳に響くや、何かとんでもないことを引き起こしてしまったという実感がじわじわと迫ってきた。興奮が冷めやらぬうちに彼は再び走り出すが、その心の奥ではさっきより大きな不安が渦巻き始める。
「俺は何をやってしまったんだ……」自問自答が頭の中で回り始めた。
興奮が次第に冷めていく中で、罪悪感が胸を締め付けてくる。
走る足が重く感じ、周囲の景色がぼやけて見える。
火だるまになった女たちを見た時は心底ざまあみろと思っていたが、走り続けて思考が進むほどに、彼の心は冷たく凍りついていく。
歩道を進みながら、藤倉は野次馬の視線が恐ろしいほどに気になる。
彼を見ている気がして、視線を逸らしながら心臓がドキドキした。
「もう、何も考えずに逃げろ」と自分に言い聞かせるが、頭の中は混乱している。
「本当に、あんなことをするべきだったのか?」
次第に興奮の残滓は薄れ、冷静さが戻ってくる。
心の中後悔のようなものが渦巻き始める。
確かに俺に舌打ちした女に腹が立ってそいつの乗った車両に火炎瓶を投げてやったが、大部分の女は自分に文句を言ったわけじゃないし、自分をはめたわけでもないし、自分を振ったわけでもない。
それにあいつらにだって家族が…。
いやいや!そんなん知ったこっちゃねえ!
あいつら女はどいつもこいつも俺を見たらみんな見下すか、嫌な顔をするんだ。
女ってのはそういうもんだ、今まで何百人にそんな目で見られて嫌な思いをしてきたんだ。
それで十分だろうがよ!
罰を与えてやったんだよ、罰を!
そう葛藤しながらも額からは冷や汗が流れ、息は次第に乱れ始めた。
「走っても、逃げた先に何があるのか?」不安が胸の奥を締め付ける。
藤倉は足元の石に躓いて、思わず立ち止まった。
ホームの車両から黒煙を上げる駅からは遠くなり、サイレンも遠くなる。
逆に周囲の静けさが、まるで彼を責め立てるかのようであった。
「藤倉のやろー、ラインしても電話しても何も言ってこねえ」
早稲田の「絆ネットワーク」の事務所で副代表の金善均がスマホの画面を見ながら額に青筋を立てていた。
今日の夜は代表の桝充利の命令で人材会社社長の自宅に放火することになっていたのである。
その打ち合わせに呼び出そうとしたのに朝から連絡が全く取れやしない。
もうすぐ夕方になろうというのに。
面倒かけさせやがって。
たっぷり分からせてやらなきゃならねえな。
「こりゃ、やべーな」
一方のその代表である桝充利は呑気にソファに寝そべってテレビニュースを見ていた。
ニュースの画面には、ようやく鎮火された電車の車両が映し出され、焼け焦げた外部が露わに映し出されている。
今朝からそのニュースだらけだ。
車内のシートは黒く焼け爛れ、窓ガラスは粉々になり、鉄骨が露出。
消防士たちは消火作業の余韻に包まれたまま、呆然とその惨状を見つめている。
車内には焼死体が折り重なるようで、これまでに13人の死亡が確認され、これからも死者が増える恐れがあると、惨状を報じるリポーターの声がテレビのスピーカー越しに乾いた静けさの中に響いていた。
そしてそれがあくまで他人事であったのはこの時までとなる。
次の瞬間、桝がソファからずり落ちそうになる映像が流れてきた。
「え?お?おいおい、これって…」
警察からの発表で火炎瓶を投げつけて逃げた男の姿が監視カメラに写っており、それが公開されたのだが、その逃げる男は藤倉にしか見えなかったのだ。
同時に、金のスマホに着信があった。
岡崎からの着信である。
「何だよ岡崎、藤倉と連絡ついたのかよ、ああ、あ?あ!?ナニ!!?」
横柄に応じた金だったが、岡崎からの報告を聞くや同じく驚きの声を上げた。
「とにかくそこにいるように伝えろ!逃がすんじゃねえぞ」と言い、電話を切る。
画面をぽかんと見ている桝に近寄り、今岡崎から伝えられた内容を知らせる。
それは桝が画面を指さしながら金に向かって何か言うのと同時だった。
「なあ、金。これに映ってんのって…」
「充利、やべーことになった」
「あ?何だ?」
金は冷静になろうと自分を落ち着かせながら桝に語った。
「今寮の岡崎が知らせてきたんだけどよ、代々木上原で火炎瓶投げたの藤倉だ。今晩使うために用意したやつを使ったみてーだ。野郎、寮に逃げ込んできたってよ…」
線路伝いに下北沢方面に逃走してから防音壁をよじ登り、小田急の変電所の敷地内に降りた藤倉は異常な興奮状態にあった。後ろの方からは黒煙が上がり、救急車や消防車のサイレンがあちこちから響いてくる。
フェンスをよじ登って、有刺鉄線に衣類を引っ掛けながらも地面に着地した彼は一目散にさらに逃走。
もう誰も追いかけてはこないようだが、近くにいるとまずいとは思っていた。
こんなに走ったのは久しぶりである。
息は荒くなり、額から汗が滴るが走り続けた。
だが藤倉は現場から離れれば離れるほど異常な高揚感が徐々に消えてゆき、反比例して押し寄せる恐怖に心を揺さぶられ始める。
「ざまあみろ!やってやったんだ!復讐してやったんだ」心の中で何度も繰り返し、自分を奮い立たせようとしても
それは払しょくできない。
代々木上原駅近くのモスク・東京ジャーミーの脇を抜けて井の頭通りに出ると、歩道には火災の方向を見つめる人だかり。
車道は自分が投げこんだ火炎瓶によって黒煙を上げる千代田線の車両がある駅に向かって消防車や救急車がサイレンを響かせて向かっている。
そのサイレン音が耳に響くや、何かとんでもないことを引き起こしてしまったという実感がじわじわと迫ってきた。興奮が冷めやらぬうちに彼は再び走り出すが、その心の奥ではさっきより大きな不安が渦巻き始める。
「俺は何をやってしまったんだ……」自問自答が頭の中で回り始めた。
興奮が次第に冷めていく中で、罪悪感が胸を締め付けてくる。
走る足が重く感じ、周囲の景色がぼやけて見える。
火だるまになった女たちを見た時は心底ざまあみろと思っていたが、走り続けて思考が進むほどに、彼の心は冷たく凍りついていく。
歩道を進みながら、藤倉は野次馬の視線が恐ろしいほどに気になる。
彼を見ている気がして、視線を逸らしながら心臓がドキドキした。
「もう、何も考えずに逃げろ」と自分に言い聞かせるが、頭の中は混乱している。
「本当に、あんなことをするべきだったのか?」
次第に興奮の残滓は薄れ、冷静さが戻ってくる。
心の中後悔のようなものが渦巻き始める。
確かに俺に舌打ちした女に腹が立ってそいつの乗った車両に火炎瓶を投げてやったが、大部分の女は自分に文句を言ったわけじゃないし、自分をはめたわけでもないし、自分を振ったわけでもない。
それにあいつらにだって家族が…。
いやいや!そんなん知ったこっちゃねえ!
あいつら女はどいつもこいつも俺を見たらみんな見下すか、嫌な顔をするんだ。
女ってのはそういうもんだ、今まで何百人にそんな目で見られて嫌な思いをしてきたんだ。
それで十分だろうがよ!
罰を与えてやったんだよ、罰を!
そう葛藤しながらも額からは冷や汗が流れ、息は次第に乱れ始めた。
「走っても、逃げた先に何があるのか?」不安が胸の奥を締め付ける。
藤倉は足元の石に躓いて、思わず立ち止まった。
ホームの車両から黒煙を上げる駅からは遠くなり、サイレンも遠くなる。
逆に周囲の静けさが、まるで彼を責め立てるかのようであった。
「藤倉のやろー、ラインしても電話しても何も言ってこねえ」
早稲田の「絆ネットワーク」の事務所で副代表の金善均がスマホの画面を見ながら額に青筋を立てていた。
今日の夜は代表の桝充利の命令で人材会社社長の自宅に放火することになっていたのである。
その打ち合わせに呼び出そうとしたのに朝から連絡が全く取れやしない。
もうすぐ夕方になろうというのに。
面倒かけさせやがって。
たっぷり分からせてやらなきゃならねえな。
「こりゃ、やべーな」
一方のその代表である桝充利は呑気にソファに寝そべってテレビニュースを見ていた。
ニュースの画面には、ようやく鎮火された電車の車両が映し出され、焼け焦げた外部が露わに映し出されている。
今朝からそのニュースだらけだ。
車内のシートは黒く焼け爛れ、窓ガラスは粉々になり、鉄骨が露出。
消防士たちは消火作業の余韻に包まれたまま、呆然とその惨状を見つめている。
車内には焼死体が折り重なるようで、これまでに13人の死亡が確認され、これからも死者が増える恐れがあると、惨状を報じるリポーターの声がテレビのスピーカー越しに乾いた静けさの中に響いていた。
そしてそれがあくまで他人事であったのはこの時までとなる。
次の瞬間、桝がソファからずり落ちそうになる映像が流れてきた。
「え?お?おいおい、これって…」
警察からの発表で火炎瓶を投げつけて逃げた男の姿が監視カメラに写っており、それが公開されたのだが、その逃げる男は藤倉にしか見えなかったのだ。
同時に、金のスマホに着信があった。
岡崎からの着信である。
「何だよ岡崎、藤倉と連絡ついたのかよ、ああ、あ?あ!?ナニ!!?」
横柄に応じた金だったが、岡崎からの報告を聞くや同じく驚きの声を上げた。
「とにかくそこにいるように伝えろ!逃がすんじゃねえぞ」と言い、電話を切る。
画面をぽかんと見ている桝に近寄り、今岡崎から伝えられた内容を知らせる。
それは桝が画面を指さしながら金に向かって何か言うのと同時だった。
「なあ、金。これに映ってんのって…」
「充利、やべーことになった」
「あ?何だ?」
金は冷静になろうと自分を落ち着かせながら桝に語った。
「今寮の岡崎が知らせてきたんだけどよ、代々木上原で火炎瓶投げたの藤倉だ。今晩使うために用意したやつを使ったみてーだ。野郎、寮に逃げ込んできたってよ…」
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