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底なし沼
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東京・港区の高級ホテル、リッツ・カールトンのラウンジ。
窓の外には東京タワーが夜空に浮かび、煌びやかな都心の夜景が広がっている。
だが、その美しい夜景はラウンジに座る西川優也にとってただの装飾に過ぎなかった。
西川は目の前の男、水上智靖の表情を見ながらかすかに冷たい汗が背中を伝うのを感じている。
つい先ほどまで、選挙での大勝利から続く政治活動の成果を喜んでいたが、水上の冷徹な微笑がその喜びを一瞬でかき消していた。
「先生、捜査の件、本当に感謝しています。おかげさまで、こちらも安心して動けるようになりました」
水上はそう言いながらワイングラスを軽く掲げる。
その表情にはIBSLが共栄教会の下部組織であることを隠す気配は全くない。
西川は渇いた喉に無理やり笑顔を貼り付け、グラスを持ち上げた。
「ああ…まぁ、俺にとっても必要なことだったからな。公安がこちらに手を伸ばすのはさすがに面倒だろうしな」
彼の言葉にはある種の含みがあった。
西川は共栄教会に対する捜査を止めたことで、「これで貸し借りはない」としたかったのだ。
自分の政治的生存のために動いたのであって、決して教団のためではないという意味を込めたかったのである。
水上は一瞬目を細めた。
その目に浮かんだ冷たさは鋭く、西川はその微妙な変化を見逃さなかった。
「なるほど、先生もいろいろとお考えがあるようですね…」水上はグラスをゆっくりと置く。
「我々としては、今回の件について非常に感謝しています。ただ…」
「ただ?」
西川は警戒の色を濃くした。
水上の態度が何を意味しているのかを読み取ろうとする。
水上は穏やかな微笑を崩さずに続けた。
「ただ、貸し借りなしというのは、少し早いのではないでしょうか?」
西川の胸が一瞬、きゅっと締め付けられたような感覚が走る。
捜査を止めたことで、共栄教会への借りは返したはずだと考えていたが、水上はその考えを一瞬で見透かしていた。
「いや、俺だって手を尽くしてここまでやったんだぞ。共栄教会への捜査を止めたことで互いに借りは消えたはずだ。もうこれで俺たちの関係は清算できるだろう」
西川は強い口調で言い返したが、その声には明らかな焦りがにじんでいた。
彼は教団と距離を取ろうとする素振りを見せていたのだ。
選挙から一年が経ち、彼は党内で環境・福祉改革推進本部の本部長という重要なポストに就いている。
政治活動も順調で、次の目標を見据えた動きを模索していた。
だが、その背景には共栄教会の影が重くのしかかっている。
選挙での大勝利を支えたIBSLが、共栄教会と深く結びついていることを西川は知ってしまった。
これ以上教団の影響を受けることは危険だと感じ、距離を置こうとしていたのだ。
しかし、水上はそんな西川の思惑を見透かしていた。
「先生、清算という言葉はお好きではないんじゃないですか?選挙で勝利したおかげで、先生の派閥も勢いを取り戻しました。あの支援がなければ、今のポストも手に入らなかったことでしょう」
水上は、まるで西川の言葉を嘲笑するかのように、さらに追い打ちをかける。
「…だが、これ以上、俺を巻き込むつもりなら話は別だ。俺もこれまで通りというわけにはいかない」
西川は水上の態度に苛立ちを抑えられなかった。
共栄教会がIBSLを通じて彼を利用し続けることは、これ以上のリスクを伴う。
だが、水上はその不安に冷淡な微笑で応じたと思った刹那、表情を引き締めて西川を見つめた。
冷たい目がまるで凍りつくような鋭さで西川を貫いた。
「先生、それは困りますよ。私たちは、あなたがここまで来るために、さまざまな支援をしてきました。そして、そのことを…家族の皆さんもよくご存じでしょう?」
その瞬間、西川の顔から血の気が引く。
水上の言葉が意味するものが、頭の中で急速に広がった。
彼は焦って言い返す。
「家族…?おい、水上、それはどういう意味だ?」
水上はグラスを持つ手をゆっくりと回し、冷静な口調で続けた。
「私たちは、先生のご家族が毎日どのように過ごされているか、細かいところまで知っていますよ。例えば、奥様がよく通う高級レストラン。お嬢様が通う学校…それと、先日新たに引っ越されたパークコート麻布十番ザタワーのセキュリティシステム、なかなかのものですね。アルソックですよね」
西川の頭の中で、血が逆流するような感覚が走った。
自分の家族の生活がまるで手のひらの上にあるように監視されている。
西川は一気に冷や汗をかき、椅子の上で身動きが取れなくなった。
「何をしている…俺の家族に何かしたのか?」彼は声を震わせながら尋ねた。
水上は肩をすくめ、あくまで穏やかな口調で答えた。
「いいえ、今のところ何も。ただ、先生の協力が続けば、何も問題は起きません。ですが、もし先生が私たちとの関係を軽んじたり、終わらせようとしたりすれば…万が一、何かが起きる可能性も否定はできませんね。世の中、事故や事件は避けられませんから」
その言葉は、まるで冷たく湿った刃が西川の心臓に押し当てられるような感覚を彼にもたらした。
西川は息を呑み、視線を泳がせる。
彼がどれだけ冷静を装おうとしても、胸の鼓動が速まっていくのを止められなかった。
目の前の男が、単なるビジネスマンではなく、闇の組織に深く浸かり込んだ存在であることが、これほどまでに恐ろしい形で明らかになるとは思ってもいなかったのだ。
もう逃げられない…。
「…わかった。協力する。ただし、これ以上の無理を言うな」
西川は最後の抵抗を試みたが、その声にはすでに力がなかった。
水上は満足げに微笑みながら、「さすが先生です。私たちの信頼に応えてくださることを期待しています」と言い残し、ゆっくりと立ち上がった。
そして、去り際に彼は低い声で、まるで悪魔のささやきのように言葉を残した。
「先生、もしも今後、何か裏切りがあったとしたら…その結果がどうなるか、ぜひお楽しみに」
その一言が、西川の背筋を凍らせた。
水上が立ち去った後、西川は震える手で額の汗を拭う。
背中には冷たい汗がびっしりと張り付き、まるで悪夢から覚めたような気持ちだった。
彼はその場にしばらく座り込み、自分がどれだけ深い闇の中に足を踏み入れてしまったのかを改めて痛感する。
共栄教会への捜査を止めたことで、貸し借りは終わったと思っていた。
だが、彼の政治生命はすでに彼らの掌の中にあり、逃れる術は残されていなかったのである。
選挙での勝利から続くこれまでの一年間、彼の派閥は確かに勢いを取り戻し、党内での影響力も増していた。
しかし、そのすべてが教団の暗躍によって成り立っているという現実を彼は痛感させられたのだった。
「…くそ、水上め」
西川はうめくように呟いたが、その声には絶望が染み込んでいた。
窓の外には東京タワーが夜空に浮かび、煌びやかな都心の夜景が広がっている。
だが、その美しい夜景はラウンジに座る西川優也にとってただの装飾に過ぎなかった。
西川は目の前の男、水上智靖の表情を見ながらかすかに冷たい汗が背中を伝うのを感じている。
つい先ほどまで、選挙での大勝利から続く政治活動の成果を喜んでいたが、水上の冷徹な微笑がその喜びを一瞬でかき消していた。
「先生、捜査の件、本当に感謝しています。おかげさまで、こちらも安心して動けるようになりました」
水上はそう言いながらワイングラスを軽く掲げる。
その表情にはIBSLが共栄教会の下部組織であることを隠す気配は全くない。
西川は渇いた喉に無理やり笑顔を貼り付け、グラスを持ち上げた。
「ああ…まぁ、俺にとっても必要なことだったからな。公安がこちらに手を伸ばすのはさすがに面倒だろうしな」
彼の言葉にはある種の含みがあった。
西川は共栄教会に対する捜査を止めたことで、「これで貸し借りはない」としたかったのだ。
自分の政治的生存のために動いたのであって、決して教団のためではないという意味を込めたかったのである。
水上は一瞬目を細めた。
その目に浮かんだ冷たさは鋭く、西川はその微妙な変化を見逃さなかった。
「なるほど、先生もいろいろとお考えがあるようですね…」水上はグラスをゆっくりと置く。
「我々としては、今回の件について非常に感謝しています。ただ…」
「ただ?」
西川は警戒の色を濃くした。
水上の態度が何を意味しているのかを読み取ろうとする。
水上は穏やかな微笑を崩さずに続けた。
「ただ、貸し借りなしというのは、少し早いのではないでしょうか?」
西川の胸が一瞬、きゅっと締め付けられたような感覚が走る。
捜査を止めたことで、共栄教会への借りは返したはずだと考えていたが、水上はその考えを一瞬で見透かしていた。
「いや、俺だって手を尽くしてここまでやったんだぞ。共栄教会への捜査を止めたことで互いに借りは消えたはずだ。もうこれで俺たちの関係は清算できるだろう」
西川は強い口調で言い返したが、その声には明らかな焦りがにじんでいた。
彼は教団と距離を取ろうとする素振りを見せていたのだ。
選挙から一年が経ち、彼は党内で環境・福祉改革推進本部の本部長という重要なポストに就いている。
政治活動も順調で、次の目標を見据えた動きを模索していた。
だが、その背景には共栄教会の影が重くのしかかっている。
選挙での大勝利を支えたIBSLが、共栄教会と深く結びついていることを西川は知ってしまった。
これ以上教団の影響を受けることは危険だと感じ、距離を置こうとしていたのだ。
しかし、水上はそんな西川の思惑を見透かしていた。
「先生、清算という言葉はお好きではないんじゃないですか?選挙で勝利したおかげで、先生の派閥も勢いを取り戻しました。あの支援がなければ、今のポストも手に入らなかったことでしょう」
水上は、まるで西川の言葉を嘲笑するかのように、さらに追い打ちをかける。
「…だが、これ以上、俺を巻き込むつもりなら話は別だ。俺もこれまで通りというわけにはいかない」
西川は水上の態度に苛立ちを抑えられなかった。
共栄教会がIBSLを通じて彼を利用し続けることは、これ以上のリスクを伴う。
だが、水上はその不安に冷淡な微笑で応じたと思った刹那、表情を引き締めて西川を見つめた。
冷たい目がまるで凍りつくような鋭さで西川を貫いた。
「先生、それは困りますよ。私たちは、あなたがここまで来るために、さまざまな支援をしてきました。そして、そのことを…家族の皆さんもよくご存じでしょう?」
その瞬間、西川の顔から血の気が引く。
水上の言葉が意味するものが、頭の中で急速に広がった。
彼は焦って言い返す。
「家族…?おい、水上、それはどういう意味だ?」
水上はグラスを持つ手をゆっくりと回し、冷静な口調で続けた。
「私たちは、先生のご家族が毎日どのように過ごされているか、細かいところまで知っていますよ。例えば、奥様がよく通う高級レストラン。お嬢様が通う学校…それと、先日新たに引っ越されたパークコート麻布十番ザタワーのセキュリティシステム、なかなかのものですね。アルソックですよね」
西川の頭の中で、血が逆流するような感覚が走った。
自分の家族の生活がまるで手のひらの上にあるように監視されている。
西川は一気に冷や汗をかき、椅子の上で身動きが取れなくなった。
「何をしている…俺の家族に何かしたのか?」彼は声を震わせながら尋ねた。
水上は肩をすくめ、あくまで穏やかな口調で答えた。
「いいえ、今のところ何も。ただ、先生の協力が続けば、何も問題は起きません。ですが、もし先生が私たちとの関係を軽んじたり、終わらせようとしたりすれば…万が一、何かが起きる可能性も否定はできませんね。世の中、事故や事件は避けられませんから」
その言葉は、まるで冷たく湿った刃が西川の心臓に押し当てられるような感覚を彼にもたらした。
西川は息を呑み、視線を泳がせる。
彼がどれだけ冷静を装おうとしても、胸の鼓動が速まっていくのを止められなかった。
目の前の男が、単なるビジネスマンではなく、闇の組織に深く浸かり込んだ存在であることが、これほどまでに恐ろしい形で明らかになるとは思ってもいなかったのだ。
もう逃げられない…。
「…わかった。協力する。ただし、これ以上の無理を言うな」
西川は最後の抵抗を試みたが、その声にはすでに力がなかった。
水上は満足げに微笑みながら、「さすが先生です。私たちの信頼に応えてくださることを期待しています」と言い残し、ゆっくりと立ち上がった。
そして、去り際に彼は低い声で、まるで悪魔のささやきのように言葉を残した。
「先生、もしも今後、何か裏切りがあったとしたら…その結果がどうなるか、ぜひお楽しみに」
その一言が、西川の背筋を凍らせた。
水上が立ち去った後、西川は震える手で額の汗を拭う。
背中には冷たい汗がびっしりと張り付き、まるで悪夢から覚めたような気持ちだった。
彼はその場にしばらく座り込み、自分がどれだけ深い闇の中に足を踏み入れてしまったのかを改めて痛感する。
共栄教会への捜査を止めたことで、貸し借りは終わったと思っていた。
だが、彼の政治生命はすでに彼らの掌の中にあり、逃れる術は残されていなかったのである。
選挙での勝利から続くこれまでの一年間、彼の派閥は確かに勢いを取り戻し、党内での影響力も増していた。
しかし、そのすべてが教団の暗躍によって成り立っているという現実を彼は痛感させられたのだった。
「…くそ、水上め」
西川はうめくように呟いたが、その声には絶望が染み込んでいた。
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