狙われた楽園~20〷年日本国滅亡への序章~

44年の童貞地獄

文字の大きさ
上 下
19 / 48

勝利の代償

しおりを挟む
与党である自由民主党左派を率いる現職の衆院議員の西川優也にとって、この衆議院選挙はこれまでの選挙戦とは全く違う様相を呈していた。
彼はこれまで何度も選挙の洗礼を受けてきたベテラン議員であり、その経験に裏打ちされた演説力と人脈で戦ってきた。
しかし、今回の選挙は圧倒的な組織力と資金力を持つ「IBSL(インターナショナル・ビジネス・サポート・リンク)」の支援によって、彼の選挙戦は次元の異なるものとなっていたのだ。

街には西川のポスターが至る所に貼られ、SNSやインターネット広告も大量に投入され、街頭演説には多くの聴衆が詰めかける。
西川はその勢いに自分自身が少し呑まれていることを感じながらも、選挙カーの窓越しに歓声を浴びる度に笑顔を浮かべていた。

「これがIBSLの力か…」

西川は選挙カーから降り立ち、視界に広がる支持者たちを見て内心でつぶやく。
IBSLの支援はそれまで資金的な余裕を失いつつあった彼の陣営にとって、まさに天からの救いだった。
だが、それがどこか不自然に感じられるほど彼の周囲は急速に動き出し、すべてがIBSLの掌の上にあるかのようだったが、瞬く間に支持率を回復し始めていたのは事実だったのだ。

「先生、次の応援演説です」

秘書の声に促されて西川が車を降りると、演説の場にはIBSLが派遣した運動員たちが既に待ち構えていた。
要所要所バラバラに配置された彼らは聴衆を装って声高に西川の名を叫び、手には彼の顔がプリントされた大きな旗やポスターを掲げている者までいる。
その光景に、西川は一瞬戸惑った。
自分がここまで支持される理由がIBSLの力によるものだとはわかっていたが、ここまでの熱狂は予想外だった。

会場に詰めかけた群衆の中には、見慣れない顔ぶれも多く混じっている。
西川はその中にIBSLの背後にいる疑いがある共栄教会の信者たちが紛れ込んでいる可能性を感じていたが、それを口に出すことはなかった。
通りすがりの聴衆や彼の熱烈な一般支持者を装った運動員たちは西川を「正義の味方」として持ち上げ、拍手と歓声で迎えているのだ。

「皆さん!私たちが目指しているのは、すべての国民が安心して暮らせる未来です!」

西川はステージに立ち、熱のこもった演説を始めた。
彼が掲げる公約はかゆくなるほど理想的で、環境問題への取り組み、社会保障の拡充、教育の完全無償化など、多くの人々に希望を与えるものである。
しかし、彼の理想は現実には程遠く、実現可能性に乏しいものであったことを彼自身も薄々感じていた。

「今こそ、私たちがこの国を変える時です!一人一人の力が集まれば、どんな壁も乗り越えられる!」

熱気に包まれる会場。
IBSLの派遣した運動員として参加し、共栄教徒であることを隠した「絆ネットワーク」の桝や金、岡崎、高木、立花、繭、真由美がそれぞれの場所で率先して歓声を上げ、他の運動員たちはそれに続いて一斉に拍手をし、集まった一般の聴衆をも巻き込んでいく。
西川は、支持を集めるために見せかけの熱狂を生み出していることに気付きながらも、その盛り上がりに自分も引き込まれていた。

だったとしても西川は確信していた。
この選挙で勝利すれば再び自分の派閥が政権内で力を取り戻せる。

しかし、その確信には常にIBSLの影がつきまとっていた。
IBSLが提供する莫大な資金力と組織力は確かに西川の選挙戦を圧倒的に有利に進めていたが、その背後に存在するのが韓国のカルト団体「共栄教会」ではないかという噂が彼の脳裏から離れない。

だが、選挙活動の真っ只中でその疑惑を追求する余裕などなかった。
西川の頭の中には、勝利がすべてという考えが支配的であって、IBSLの支援を受ける限り敗北はありえないだろう。
そんな思いが彼の危機感を麻痺させていたのだ。

選挙戦は激しく、対立候補者たちは必死に反撃を試みていたが、西川陣営の勢いは止まらなかった。
選挙ポスターは次々と貼り替えられ、選挙カーは連日各地を巡回。
IBSLが投入した膨大な資金と運動員たちの動員力は圧倒的だったのだ。
そして謀略にも優れていた。

対立候補の一人は、外国企業から違法献金を受けていたという噂が広まり、選挙戦終盤で大きなダメージを受けた。そのスキャンダルは、IBSLが仕掛けた罠である。
相手を潰し、西川を勝たせるための巧妙な策略だったが、表向きには全く気付かれず、西川の立場はますます強固なものとなった。

選挙当日、開票が始まってすぐに西川はじめ彼の派閥の候補者たちの勝利は確実なほどの得票数を得る。
結局、彼の派閥は西川含む所属議員24名中19名が日本各地の選挙区でトップ当選するという圧勝を収めた。
IBSLの支援はそれらの選挙区でも行われていたのは言うまでもない。
大勝の知らせが伝えられると、選挙事務所は歓声と拍手に包まれ、運動員たちが喜びを爆発させた。

「先生、おめでとうございます!」

これまで選挙を支えてくれたIBSLの運動員たちが次々と握手を求め、勝利の瞬間を共に祝う。
西川も一時の熱狂に酔いしれ、これで再び自分の政治的影響力が回復することを確信する。

だが、その高揚感も長くは続かなかった。
歓喜の声が少しずつ落ち着いていく中でふと振り返ると、選挙戦を裏でずっと支えてきたIBSLの幹部、シニアディレクターの水上智靖がにこやかにこちらを見つめて近寄ってきていた。

「おめでとうございます。これで先生の派閥も安泰ですね」

握手を求めてきた水上の笑顔は柔らかかったが、その奥に潜むものは今までとは何か違う、得体の知れない感覚を西川に与えた。
それはリッツ・カールトンのラウンジで会って以来、何度も打ち合わせを行い、共に選挙戦を戦ってきた中で初めて覚えるものである。

「ありがとう。これも水上さんたちのおかげですよ」西川は少し戸惑ったのを無理やり隠して笑みを浮かべ、手を伸ばす。
そして差し出していた水上の手に握手を返したその瞬間、顔を不意に自分の耳元にに近づけて囁かれた水上の言葉に全身が凍りついた。

「これで、先生も"家族"ですね」

その「家族」という言葉はこの場ではあまりに不自然であって聞きなれない重さがあり、そして不気味な響きがあった。
水上の笑顔は消え、瞳が鋭く光る。
彼の手のひらの圧力が強くなり、まるで逃れられない檻の中にいるかのような感覚が西川を襲った。

「これからは、我々の一員として、きちんと"務め"を果たしていただきます。期待していますよ」

水上は笑顔を取り戻したが、その背後に潜む冷徹な支配の意図が西川の胸にそこはかとない不安を覚えさせる。
これが単なる勝利の祝辞ではないことを西川は本能的に悟った。
自分が足を踏み入れたものが何なのか、その言葉によってようやく理解させられた気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

「日本人」最後の花嫁 少女と富豪の二十二世紀

さんかく ひかる
SF
22世紀後半。人類は太陽系に散らばり、人口は90億人を超えた。 畜産は制限され、人々はもっぱら大豆ミートや昆虫からたんぱく質を摂取していた。 日本は前世紀からの課題だった少子化を克服し、人口1億3千万人を維持していた。 しかし日本語を話せる人間、つまり昔ながらの「日本人」は鈴木夫妻と娘のひみこ3人だけ。 鈴木一家以外の日本国民は外国からの移民。公用語は「国際共通語」。政府高官すら日本の文字は読めない。日本語が絶滅するのは時間の問題だった。 温暖化のため首都となった札幌へ、大富豪の息子アレックス・ダヤルが来日した。 彼の母は、この世界を造ったとされる天才技術者であり実業家、ラニカ・ダヤル。 一方、最後の「日本人」鈴木ひみこは、両親に捨てられてしまう。 アレックスは、捨てられた少女の保護者となった。二人は、温暖化のため首都となった札幌のホテルで暮らしはじめる。 ひみこは、自分を捨てた親を見返そうと決意した。 やがて彼女は、アレックスのサポートで国民のアイドルになっていく……。 両親はなぜ、娘を捨てたのか? 富豪と少女の関係は? これは、最後の「日本人」少女が、天才技術者の息子と過ごした五年間の物語。 完結しています。エブリスタ・小説家になろうにも掲載してます。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...