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あなたの怒り、妬み、恨みは力なのです~中間層やエリートを取り込む教団~

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水上智靖は、ここ数か月で自分の心の中に芽生えた変化に驚いていた。

それまでの彼はIT企業のプロジェクトマネージャーとして年収1500万円を稼いでいたが、その人生は決して満たされたものではなかった。
プロジェクトのプレッシャー、同僚や部下との摩擦などの仕事上のことだけではない。
離婚により妻に子供の親権をとられ、彼の家庭は崩壊しており、それらすべてが彼の心をすり減らしていたのだ。

彼が変わったきっかけは数か月前のことである。
時間を割いてあらゆるセミナーに顔を出している水上はあるビジネスセミナーに参加したのだが、そこで出会った川上奈津子というカウンセラーが彼の新しい扉を開けたのだ。
彼女は初対面で水上の仕事上での不安と自分を理解しようともせずに一方的に離婚届を突き付けてきた元妻への愚痴を聞くや、それを「解放すべきエネルギー」として肯定したのだ。

「あなたの不安や怒りは、無駄なものではありません。それは、あなたの本質的なエネルギーです。それを活かすことで、もっと自由で充実した人生を手に入れることができるのです」

川上の言葉は、水上の心に深く刺さった。
それは彼の苦しみと怒りを正当化し、意味のあるものに変えるかのような響きがあったからだ。
彼は初めて負の感情と思っていた者が「悪いもの」ではないと感じた。

この新しい感覚に引き込まれた水上は、次第に川上との個別セッションを重ねるようになる。
最初はビジネスのアドバイスを受けるつもりだったが、やがてその内容は自己成長や人間関係の改善にまで広がっていった。
川上は「共栄教会」の一員だということは告げず、あくまで「自己啓発」や「ポジティブシンキング」の一環として接触しているのは言うまでもない。

彼女の勧めで水上は教団が正体を隠して主催する「エリート向けのワークショップ」に参加。
そこでは自分などはるかに及ばないほどの成功を収めた企業経営者や会社役員たちが、同じように悩みや不安を持ちながらも、それを肯定的なエネルギーに変えるためのトレーニングを受けていた。
講師たちは、怒りや嫉妬、他者への妬みを「プラスのエネルギー」に変える方法を教え込んでいく。

「あなたの負の感情は、決して悪いものではない。それを隠さず、もっと正直に受け入れ、そして理想の世界を創るための力に変えなさい」

水上はその言葉に共鳴し、自分の中で何かが解放されるのを感じた。
やがて、教団の幹部たちが集う会合に招待されるようになり、そこでは共栄教会の存在が徐々に明らかにされてゆくのだが、その教義は特に宗教的なものというよりも、「成功哲学」や「人生の充実」に関するものであり、水上はむしろ興味を引かれるようになる。

最終的に、彼は教祖イ・リキョンの存在に導かれていく。
イ・リキョンの言葉は、彼にとって真実そのものだった。

「あなたの怒り、あなたの悲しみ、それは神の与えたもうたエネルギーであり、それを使うことで新しい世界が開かれるのである」

ここまでくるとたいていの者はもう逃れられない。
水上はそのカリスマ的な存在感に惹かれ、完全に帰依するようになり、イ・リキョンのため、教団の理想のために生きる決意を固めたのだ。


海上自衛隊の二等海尉・井上政臣もまた、別の道で教団に引き寄せられた一人だ。

海上自衛官として、彼は常に組織の中での葛藤に悩まされていた。
上官との対立、同僚との摩擦、そして何よりも、自分が何のために勤務しているのかという疑問などである。

そんな彼はある日、防衛大学の同期に勧められた自衛官に向けた「ストレス解消カウンセリングセンター」という看板に惹かれ、その扉を叩いた。

出迎えたのは、柔らかな笑顔の森下裕子だった。
彼女は優しい声で井上の言葉に耳を傾け、彼の不安を受け入れるように促した。

「あなたが感じるその怒りや苛立ち、それは正しいものです。あなたの正義感が反応している証拠です。その感情を解放し、活用する方法を学びましょう」

井上は驚きと共に興味を持った。
上官への反発心や組織内での孤立感は、単なる個人的な問題ではなく、何かもっと大きな正義を求めるための感情だったのかもしれない。
森下の言葉は、彼の心の中でくすぶっていた疑念を正当化し、勇気づけるものであったのだ。

カウンセリングを通じて、彼は次第に教団の活動に引き込まれていく。
最初は「地域社会への貢献」と称して清掃活動やチャリティイベントに参加し、その後、教団の哲学に触れる機会を増やしていった。

「みなさんの怒りは100%負の感情というわけではありません。それはみなさんの理想を築くための力となりうるのです」

井上はこの言葉に強い共感を覚えた。
そしてついには、教団の内部へと深く引き込まれていった。
彼にとって、教団は自分がこれまで抱いてきた正義を実現するための道であり、その頂点には教祖イ・リキョンが存在するようになる。

「教祖のために、そして私たちの理想のために、この力を使おう」

井上は心の中で誓い、教団に完全に帰依する決意を固めた。


共栄教会の戦略は見事に計算されていた。
彼らは最初に相手の不安や怒り、劣等感を鋭く見抜き、それを肯定し解放するように仕向ける。
宗教的な要素は一切前面に出さず、まずは「ビジネス」「自己啓発」「メンタル面での健康」という名目で接触を図る。

成功者には、彼らの不安を和らげ、さらにその地位を確固たるものにするための方法論を提供。
たとえば水上には、彼のキャリアや成功を維持するための「新しい哲学」を教え込んでいく。一方、井上のような正義感の強い人物には、その感情を利用し、理想の構築という目的へと導く。

教団の幹部たちは、それぞれの参加者の心に潜む負の感情を見極め、それを「正しいもの」として正当化し、その感情をエネルギー源として利用する。
そして、最終的にすべての道を教祖イ・リキョンへの帰依へとつなげる。

「あなたの怒りは、あなた自身のものではなく、我々のためのものです。我々の理想郷を実現するために、それを使いなさい」

こうして共栄教会は、中間層や成功者をも巧みに取り込み、その影響力を拡大していく。
社会のあらゆる層に浸透し、教団への帰依を最終目標とするその手法は、まるで巧妙な罠のように張り巡らされているのだ。
これはすでに隣国である中国や韓国においても繰り返されていたことだったが、この日本という国民レベルで危機意識の少ない国では政府の干渉を受けることなくそれが加速していた。

彼らは、すべての人々の心に入り込み、見えない糸で縛り上げるように、その力を強めていくのである。

共栄教会の狙いは明白だ。
人々の不安や怒りを利用し、その感情をエネルギーに変え、イ・リキョンの理想を実現するための道具とすることである。

水上と井上のように、多くの者たちがその網にかかり、次第に自分の意志を失い、教団の教義に染まっていく。
その先に待つのは、自らの人生を共栄教会のために捧げるという「地獄への坂道」であることに彼らが気づくことはもうなかった。
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