狙われた楽園~20〷年日本国滅亡への序章~

44年の童貞地獄

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地獄への道

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西宮繭は、バスの座席に身を預けながら、不安と期待が交錯する心情を抱えていた。
彼女が参加しているのは、孤独や自己評価の低さに悩む若者たちに「共感」と「支え」を提供することを謳うNPO法人『絆ネットワーク』が主催する「自己発見と成長のためのリトリート」というプログラムだ。
「自然の中で心をリセットし、自己肯定感を高めるためのワークショップや、仲間との交流を通じて、新たな自分を発見する場を提供します」という説明があった。
繭は『絆ネットワーク』の桝充利という相談員から勧められ、そのいかつい容貌とは裏腹の親切な言葉に導かれるように、この栃木県那須町で開かれるグループ合宿に参加することを決意したのだ。

繭は、子供の頃から容姿に対するコンプレックスを抱え、なおかつ学校やアルバイト先でも孤立することが多く、自分に自信を持てない日々が続いていた。
誰かに理解されたい、支えてほしいという気持ちが強くなる中で、桝の存在とその言葉は彼女にとって一筋の光だったのだ。

バスの窓から外を眺めると、鬱蒼とした森が広がり、徐々に人里離れた山奥に向かっていることがわかる。
外の景色は次第に暗くなり、繭は胸の奥に小さな恐怖が芽生えるのを感じていた。

バスの中には、他にも参加者が20名近くいる。
自分は集合場所とされた『絆ネットワーク』のオフィス近くの東西線西早稲田駅でたった一人バスに乗ったが、他の人間も都内各所で一人ずつ、あるいは二、三人ずつ乗ってきた。
若者だけでなく中年の年配の者も何人かいたが、全員顔は硬いままだ。
彼らもまた、それぞれの事情を抱えてこのプログラムに参加しているのだろう。
繭は全員『絆ネットワーク』に相談に来て、ここに来たのだとこの時点では思っていた。

「研修って何をやるんでしょうね?」

突然、斜め後ろから小さな声で話しかけてきた若い女性がいた。
自分より年上の20代半ばくらいの女だ。

「あ、私、坂尾真奈美って言います」「わ、私は西宮繭です。よろしくです」

ぎこちなく自己紹介をした二人だったが、お互い同性ということで安心できたようだ。
繭は、このバスに乗っている以上、相手も自分と同じような境遇なんだろうと思って、容貌に自信がなく学校でいじめに遭って登校拒否したこともあるし、バイト先でも孤立している身の上を真奈美に話した。

「そう、それは辛かっただろうね。私は昔からちょっとしたことでくよくよすることが多くって、昔からちょっと怒られただけでも傷ついてずっと気にしたりすることが多くって…。こんなメンタルが弱い性格を変えたくって研修に参加したの」

精神的にきついという理由で会社を辞めたばかりだという24歳の真奈美も、18歳の繭に自分の身の上を語り始めたが、繭はここで真奈美がこの合宿に来た目的が自分と違うことに気づいた。
自分の認識では、ここに来た人間は『絆ネットワーク』が主催する「自己発見と成長のためのリトリート」というプログラムに参加する者ばかりだったはずで、メンタルを強化する目的の合宿だったのだろうか?

「西宮さんも『メンタル強化養成講座』で自分を変えたいんだね」と真奈美が言ったところで、おかしいことに気づいた。

「え?『自己発見と成長のためのリトリート』という合宿ですよ?『絆ネットワーク』の…。桝充利さん知ってますか?」
「どなたですかそれは?『絆ネットワーク』?私は『心の強化プロジェクト』って団体なんだけど…」

どういうことだ?
間違えたバスに乗ってしまったんだろうか?
そんなはずはない。
西早稲田駅近くでバスに乗るとき、運転手がリストのようなものを持っていて確認していたし、真奈美もそのリストで確認を取ってから乗りこんだはずだ。

「あの?これって『世界倫理教会』が主催する新入社員研修ですよね?」

突然、前の席に座っていた若い男がこちらを振り向いて言った。
会話を聞いていたらしいが、繭はますますわけが分からなくなってきた。
なぜ?みんな『絆ネットワーク』の人じゃないの?

「ちょっと!そこ、話しないで!『私語厳禁』って書いてあんでしょ!!」

突然、前の方から運転手が半ば怒鳴るように注意してきた。
そういえばバスの車内には何か所かに「私語厳禁」という貼り紙がしてあるのに今ごろ気づく。
「すいません」と三人ともしゅんっとなった。
真奈美は自分で「くよくよしやすい」と言っていたように、運転手のさっきの大声に傷ついたらしく、心なしか涙ぐんでいるような感じがする。

繭たち三人だけではなく、彼らの会話が聞こえたことと運転手の大声でバスの乗客全員が心の中により大きな不安を抱えるようになっていた。
そしてその不安はバスが那須町の山中に入り、目的地に近づくにつれてますます強まっていった。

ついにバスは、目的地である研修所の前に到着した。
しかし乗客たちはバスの中からその建物を見た瞬間、言葉を失う。
そこにあったのは、まるで廃墟のような建物。
外壁は所々剥がれ落ち、窓はひび割れている。
研修所というよりも、長年放置された廃屋のような印象を受けた。
それに何より、その建物の敷地は高い壁で囲まれ、上には鉄条網が張り巡らされているのがショックだった。
また、その入り口は頑丈そうな鋼鉄製のゲートであり、黒い上下のジャージを着たいかつい男が見張るように外に立っている。

「ここが…合宿所?」

繭が驚いた声で呟く。
彼女は桝の言葉どおり和気あいあいとした合宿だろうという淡い期待を持って参加していたが、目の前の光景に不安を隠せなかった。

「こんなところで本当に研修ができるのか…」

先ほど繭と真奈美に話しかけてきた若い男、立花聡もまた半信半疑の様子で建物を見上げた。
この施設は宿泊施設どころか、何かの矯正施設か収容所のようだ。

バスは、見張りのような男が開けたゲートを通って施設の敷地内に入り、停まる。
そしてその瞬間、バスのドアが開かれ、外から勢いよくいかつい若者が飛び込んできた。
彼は服の上からもわかる筋肉質で体格の良い男で、外の男と同じく上下真っ黒のジャージ姿。
鋭い目つきと刺青がのぞく手が一際目を引いた。
その目には冷酷さが宿っており、周囲を圧倒するようなオーラを放っていた。

若者はバスの中を見渡し、口を開いた。

「とっとと降りろブタ野郎ども!!!」

その声は怒鳴り声というより、まるで獣の咆哮のようだった。
参加者たちはその威圧感に凍りつき、一瞬何が起こったのか理解できずに固まる。
誰もが動けないまま、ただその男を見つめていた。

「さっさとしろ、てめえらに選択肢はねえんだよ!」

男はさらに大声で怒鳴りながら、バスの中を歩き回り、参加者たちに無理やり促すように腕を引っ張り始めた。
驚きと恐怖に包まれた参加者たちは、何が何だかわからぬまま、言われるがままにバスから降りるしかなかった。

全員がバスを降りた後、男はさらに冷酷な視線を送りながら、もう一度言い放った。

「これからお前らは、地獄の研修を受けるんだ。覚悟しとけ!」

その言葉に、繭を含めた参加者たちは一層の恐怖を感じ、まるで逃げ場がないことを悟ったかのように立ちすくんだ。
不気味な建物を前に、彼らはこれから待ち受ける地獄のような研修に恐れを抱きながら、言われるがままにその中へと足を踏み入れていった。

この一瞬の出来事こそ、彼らの運命を大きく変える予兆であることを、誰一人として知る由もなかった。
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