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北の影
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夜、一般信者たちが家路についた共栄教会の礼拝堂には幹部信者たちが集まり、牧師のイ・リキョンを囲んで密談を行っていた。
彼らは次なる「神の怒りを下す」標的について話し合っていたのだ。
そして、幹部信者は目つきの悪い屈強な男が多かった。
「パク・ジンホは相変わらず我々から免罪符を買おうとしないのか?」
イ・リキョンは、幹部信者の一人で小太りの口髭を生やした男に問いかけた。
男はコワモテな容貌を一瞬緊張させ、口を開く。
「兄貴…、いえ、牧師様。ク・スンヒ同様、相変わらず強気で拒絶しております」
男の声には微かな戸惑いが含まれていたが、イ・リキョンの冷徹な視線に耐えながら言葉を続けた。
「警察にはもう通報してある…と」
イはゆっくりと頷き、冷たく言い放った。
「仕方がない。神の怒りが下るであろう」
幹部たちはその言葉を重々しく受け止めたが、誰も反論はしない。
彼らはイの指示に従い、次なる「天罰」の準備に取り掛かろうとしていた。
しかし、その時、礼拝堂の隅から静かな足音が響いた。
幹部信者の一人チェ・ジノである。
チェはイに近づき、低い声で話しかけた。
「牧師様、お時間よろしいでしょうか?」
イ・リキョンは彼を一瞥し、軽く頷いた。
二人は礼拝堂を後にし、教会の応接室へと向かう。
応接室に入ると、チェは静かに扉を閉め、イと向き合った。
応接室の中、チェ・ジノはいつもの冷静な表情を保ちながらも、その目にはわずかな緊張が見え隠れしていた。
彼は北朝鮮の朝鮮労働党統一戦線部に属する工作員であり、対南工作に協力を申し出てきた共栄教会に対する指導とお目付け役を兼ねていたが、イ・リキョンの魔力的なカリスマ性の影響からは逃れられなかったようだ。
「同務、我々の目的は君もよく知っているはずだ。しかし、最近の動きについては少々やりすぎではないか?」
チェ・ジノは上から目線ながら慎重に言葉を選んで話しかけた。
イは彼の言葉を受け、無表情のまま彼を見つめた。
「やりすぎ?何が言いたいのでしょうか、チェ同志」
イ・リキョンの言葉は北朝鮮では目上に対して使う「同志」をチェに使い丁寧ではあったが、多分に疑念が含まれた慇懃無礼な調子であり、無表情でじっとチェの返答を待った。
チェは一瞬ためらったが、意を決して続ける。
「同務、捜査がそろそろ入りそうだという報告が警察内部の協力者から入ってるんだ。だいたい教団に入信した者からお布施と称して金を巻き上げたり、女性信者を男性信者の共有物、あるいは君の私物にしたり…、そして何より、『免罪符』と称して成功者に売りつけて金を巻き上げる行為を繰り返し過ぎだ。拒否された場合は暴力行為に及ぶのも…。領導者同志もそこまでやれとはおっしゃっていない。指示に従ってほしい」
イはその言葉に微かに笑みを浮かべたが、その笑みは冷たかった。
「南韓社会を混乱させるのは、そちらにとっても好都合では?そちらの主体思想とやらも、本質的には同じでしょう」
チェはその返答に戸惑いを隠せなかったが、すぐにその感情を抑え込んだ。
「同務、私は君を批判するつもりはない…。君はよくやっていると思う。ただ…、教団の行動が南韓の警察の目につくことによって、我が共和国の南韓での工作や行動計画に支障が出るのは困るんだ。この教会の前の牧師のこともそうだし、ク・スンヒの件にしても、何もあそこまで…」
チェ・ジノが言いかけたところで、イ・リキョンが鋭く言葉を遮った。
「チェ同志、あなたは誤解しているようですな。南韓の社会の混乱は序章に過ぎない。我々が目指しているのは、それ以上に大きなものだ」
「…というと?」
「指導者同志ばかりか、我々朝鮮民族にとって最も喜ばしい結果を得るために私は行動している」
チェは、一瞬言葉を失い、その意味を探ろうとした。
しかし、イの冷徹な視線は、彼にただ沈黙を強いる。
「天罰を下さなければならない個人も多いが、天罰を下さなければならない国もあるでしょう?」
その言葉を聞いたチェは、一瞬考え込み、まさかと思った。
そして、その考えが頭の中で繋がった瞬間、彼は心の中で絶叫するような驚きを感じた。
「まさか…!同務、それは…」
イの微笑は、冷酷さを増していった。
彼はチェの目をまっすぐに見つめながら、冷静に答えた。
「そう、永遠の仇敵・日本国を滅ぼし、我が民族のものとすることです」
その言葉を聞いた瞬間、チェの心臓が一瞬止まったかのように感じた。
血の気が引き、冷や汗が額に滲んだ。
彼の頭の中で、これまで信じてきた全てが崩れ去るような感覚が広がり、言葉を発することさえできなかった。
「まさに、夢にまで見た将来。我々が長年抱いてきた夢。朝鮮民族にとっての究極の目標ではありませんか。私はそれを実現するために、すべての行動を計画している。ご理解いただけましたかな、チェ同志?」
チェ・ジノは震えるように頷いた。
イ・リキョンの野望は単なる狂気ではなく、冷徹な計画に基づいたものだったのだ。
「心配はいりませんよ、チェ同志。すべては神の意志に従って進んでいる」
イは氷のような無表情でチェを見つめ続けた。
そして、ふと冷ややかな微笑を浮かべ、扉を指し示す。
「これで話は終わりです、チェ同志。もう夜も遅いので、お帰りください」
チェはその有無を言わせぬような言葉に従い、ゆっくりと応接室を後にしようとした。
しかし、彼が扉に手をかけた瞬間、イは背後からわざと挑発するような声で言い放った。
「将軍さんによろしく」
その一言が、チェ・ジノの心に突き刺さる。
将軍様ではなく将軍さんという言葉に彼は思わず立ち止まり、振り返ることもできないまま、胸中に込み上げる苛立ちと恐怖を押し殺しながら、ゆっくりと扉を開けた。
「私を操れると思うなよ」
イ・リキョンは背を向けて去っていくチェ・ジノの姿を見送りながら、冷酷な笑みを浮かべ続けて思った。
チェが扉を閉めた瞬間、イはその場に静かな勝利の余韻を漂わせたまま、次なる計画を胸に抱き、再び冷ややかな目で部屋の中を見渡した。
彼らは次なる「神の怒りを下す」標的について話し合っていたのだ。
そして、幹部信者は目つきの悪い屈強な男が多かった。
「パク・ジンホは相変わらず我々から免罪符を買おうとしないのか?」
イ・リキョンは、幹部信者の一人で小太りの口髭を生やした男に問いかけた。
男はコワモテな容貌を一瞬緊張させ、口を開く。
「兄貴…、いえ、牧師様。ク・スンヒ同様、相変わらず強気で拒絶しております」
男の声には微かな戸惑いが含まれていたが、イ・リキョンの冷徹な視線に耐えながら言葉を続けた。
「警察にはもう通報してある…と」
イはゆっくりと頷き、冷たく言い放った。
「仕方がない。神の怒りが下るであろう」
幹部たちはその言葉を重々しく受け止めたが、誰も反論はしない。
彼らはイの指示に従い、次なる「天罰」の準備に取り掛かろうとしていた。
しかし、その時、礼拝堂の隅から静かな足音が響いた。
幹部信者の一人チェ・ジノである。
チェはイに近づき、低い声で話しかけた。
「牧師様、お時間よろしいでしょうか?」
イ・リキョンは彼を一瞥し、軽く頷いた。
二人は礼拝堂を後にし、教会の応接室へと向かう。
応接室に入ると、チェは静かに扉を閉め、イと向き合った。
応接室の中、チェ・ジノはいつもの冷静な表情を保ちながらも、その目にはわずかな緊張が見え隠れしていた。
彼は北朝鮮の朝鮮労働党統一戦線部に属する工作員であり、対南工作に協力を申し出てきた共栄教会に対する指導とお目付け役を兼ねていたが、イ・リキョンの魔力的なカリスマ性の影響からは逃れられなかったようだ。
「同務、我々の目的は君もよく知っているはずだ。しかし、最近の動きについては少々やりすぎではないか?」
チェ・ジノは上から目線ながら慎重に言葉を選んで話しかけた。
イは彼の言葉を受け、無表情のまま彼を見つめた。
「やりすぎ?何が言いたいのでしょうか、チェ同志」
イ・リキョンの言葉は北朝鮮では目上に対して使う「同志」をチェに使い丁寧ではあったが、多分に疑念が含まれた慇懃無礼な調子であり、無表情でじっとチェの返答を待った。
チェは一瞬ためらったが、意を決して続ける。
「同務、捜査がそろそろ入りそうだという報告が警察内部の協力者から入ってるんだ。だいたい教団に入信した者からお布施と称して金を巻き上げたり、女性信者を男性信者の共有物、あるいは君の私物にしたり…、そして何より、『免罪符』と称して成功者に売りつけて金を巻き上げる行為を繰り返し過ぎだ。拒否された場合は暴力行為に及ぶのも…。領導者同志もそこまでやれとはおっしゃっていない。指示に従ってほしい」
イはその言葉に微かに笑みを浮かべたが、その笑みは冷たかった。
「南韓社会を混乱させるのは、そちらにとっても好都合では?そちらの主体思想とやらも、本質的には同じでしょう」
チェはその返答に戸惑いを隠せなかったが、すぐにその感情を抑え込んだ。
「同務、私は君を批判するつもりはない…。君はよくやっていると思う。ただ…、教団の行動が南韓の警察の目につくことによって、我が共和国の南韓での工作や行動計画に支障が出るのは困るんだ。この教会の前の牧師のこともそうだし、ク・スンヒの件にしても、何もあそこまで…」
チェ・ジノが言いかけたところで、イ・リキョンが鋭く言葉を遮った。
「チェ同志、あなたは誤解しているようですな。南韓の社会の混乱は序章に過ぎない。我々が目指しているのは、それ以上に大きなものだ」
「…というと?」
「指導者同志ばかりか、我々朝鮮民族にとって最も喜ばしい結果を得るために私は行動している」
チェは、一瞬言葉を失い、その意味を探ろうとした。
しかし、イの冷徹な視線は、彼にただ沈黙を強いる。
「天罰を下さなければならない個人も多いが、天罰を下さなければならない国もあるでしょう?」
その言葉を聞いたチェは、一瞬考え込み、まさかと思った。
そして、その考えが頭の中で繋がった瞬間、彼は心の中で絶叫するような驚きを感じた。
「まさか…!同務、それは…」
イの微笑は、冷酷さを増していった。
彼はチェの目をまっすぐに見つめながら、冷静に答えた。
「そう、永遠の仇敵・日本国を滅ぼし、我が民族のものとすることです」
その言葉を聞いた瞬間、チェの心臓が一瞬止まったかのように感じた。
血の気が引き、冷や汗が額に滲んだ。
彼の頭の中で、これまで信じてきた全てが崩れ去るような感覚が広がり、言葉を発することさえできなかった。
「まさに、夢にまで見た将来。我々が長年抱いてきた夢。朝鮮民族にとっての究極の目標ではありませんか。私はそれを実現するために、すべての行動を計画している。ご理解いただけましたかな、チェ同志?」
チェ・ジノは震えるように頷いた。
イ・リキョンの野望は単なる狂気ではなく、冷徹な計画に基づいたものだったのだ。
「心配はいりませんよ、チェ同志。すべては神の意志に従って進んでいる」
イは氷のような無表情でチェを見つめ続けた。
そして、ふと冷ややかな微笑を浮かべ、扉を指し示す。
「これで話は終わりです、チェ同志。もう夜も遅いので、お帰りください」
チェはその有無を言わせぬような言葉に従い、ゆっくりと応接室を後にしようとした。
しかし、彼が扉に手をかけた瞬間、イは背後からわざと挑発するような声で言い放った。
「将軍さんによろしく」
その一言が、チェ・ジノの心に突き刺さる。
将軍様ではなく将軍さんという言葉に彼は思わず立ち止まり、振り返ることもできないまま、胸中に込み上げる苛立ちと恐怖を押し殺しながら、ゆっくりと扉を開けた。
「私を操れると思うなよ」
イ・リキョンは背を向けて去っていくチェ・ジノの姿を見送りながら、冷酷な笑みを浮かべ続けて思った。
チェが扉を閉めた瞬間、イはその場に静かな勝利の余韻を漂わせたまま、次なる計画を胸に抱き、再び冷ややかな目で部屋の中を見渡した。
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