上 下
85 / 94
Grow

すって

しおりを挟む
 俺の胸の上にそっと乗せられた赤ん坊は、ロウが話した通り、狼の顔をしていた。

 顔以外も耳と尻尾が狼のもので、胴体と手足は人間のものだった。但し全身が狼の産毛に覆われ、爪も尖っていた。

 確実に……ロウと俺の血を半々に受け継いでいる姿だった。

 このまま成長すると、俺と初めて出会った時のロウの姿になることが容易に想像出来るな。トイが人間寄りだとしたら、この赤ん坊は狼寄りだろう。だがひたすらに愛おしかった。

 だって俺の愛するロウとよく似た顔をしている。

「ん。おいで……」

 子犬のように丸くて黒い瞳の赤ん坊は、反射的に俺の平らな胸の乳首にパクっと吸い付いてきた。

「うわっ……んっ……」

 狼の顔でも、母乳を求める心は同じだ。
 トイに初めて乳を吸われた時と同じ感覚だった。

 俺の乳が生まれたばかりの赤ん坊の小さな腹を満たしていくことに、何とも言えない充足感をまた覚えた。

 懐かしい感覚だ。俺は男だけど、この子の母となった喜びをひしひしと感じる瞬間だ。

「よかったな。生まれてきてくれて、ありがとう」

 ロウが我が子を愛おしげに撫でた。
 自分の幼い頃の姿と重ねているのかもしれない。

「ロウ……お前、今、とてもいい表情しているよ」

「あぁ……二人も息子を授かった。こんなに嬉しいことはない。トカプチがまた俺の子を産んでくれた。この場に立ち会えてよかった」

「ロウ、お前が無事でよかったし……俺もお前の子を産めて幸せだ。一緒に名前をつけよう」
「あぁ」

 俺は自分の胸元にロウの頭を抱き寄せてやった。
 トイを産んだ日も、こうしてやったのを覚えているか。

「ロウも疲れただろう。お前も沢山吸えよ」
「俺はさっきもらったから、赤子を優先しろ」
「ん、分かってる。でもね……さっき陣痛で苦しんでいる最中でも、お前の姿を見た途端に乳が溢れてきたのを覚えているよ。俺の乳はやっぱりまずはお前のために生産されているんだよ。さぁ飲めよ」

 決まりと悪そうにそっぽを向いていたロウだが、我慢できないといったように、ガバっと俺の乳首に吸い付いてきた。

 右の乳首を産まれたばかりの赤ん坊が吸い、左の乳首をロウに吸われる。

「あぁ……気持ちいい」

 なんで男のくせに、こんなにも胸を吸われるのが気持ちいいのか分からない。でも……ロウがいない間ずっとこんな風に力強く吸って欲しくてたまらなかった。快感と充足感に包まれていくよ。

「『トイ』は土と言う意味から、この子は『キナ』と名付けよう」
「いいね。『大地に育つ草』という意味か」
「あぁオレたちは子を成し、成長していく。育っていくだろうから」
「『キナ』か……よろしくな」

 胸の上の小さな温もりを抱きしめると

「キューン」

 と可愛らしく鳴いた。

「ママぁ……ボクの弟なの?」

 あぁトイ。お前、言葉がまたしっかりして──

 やっぱりトイは普通の人間の成長より早いことを実感した。おそらく危機に遭遇する度に、トイの成長は早まっていくようだ。

 どうかもう……あんな恐ろしい目に遭いませんように。
 トイが人並の成長をしていけますように願わずにいられない。

「トイ、そうだよ。『キナ』って名付けたよ、お前の弟だよ」
「ん、でも……」
「どうした?」
「んっとね。ボクと……お顔が違うよ。それにパパもかわっちゃった。パパだってわかるけど、お顔が……」

 幼いトイには、まだうまく理解できないのだろう。戸惑っているようだ。

 無理もないよな。トイは自分にも耳と尻尾はついているが、顔は俺に似た人の顔だし、躰も人間そのものだから。

「いきなりは大変かもしれないけど、目の前のことを受け入れていこう。この世には不思議なことがいくらでもある。この子もお前と同じように、俺の乳を吸って大きくなるんだよ」
「うん……」
「おいで、お前もお飲み」
「うん!」

 ロウが乳を飲みながら眠ってしまったキナを抱いて一歩下がると、トイが嬉しそうに俺の胸に吸い付いてきた。

 最近は……離乳食に夢中で乳をあまり吸わなくなってしまっていたのに、まだまだ幼い子供なのだと、しみじみと思う。

「トイ……お前は俺の大切な息子だよ。可愛い子……だいすきだよ」
「ボクも……ママがすき。ママのうんだ弟も好きになる」
「ありがとう。何でも話して、どうか我慢しないで」
「ママぁ……ありがとう。うっうっ」

 トイなりにずっと我慢していたのだろう。

 俺の胸の上でトイが泣いた。

 久しぶりに赤ん坊みたいに大泣きした。

 だからいつまでも抱きしめて、乳を与えてやった。

 健やかに成長して欲しい。
 成長して行こう!

 俺もロウもトイもキナも……

 この成長する大地で──
 

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【本編完結】隣国が戦を仕掛けてきたので返り討ちにし、人質として王女を娶ることになりました。三国からだったのでそれぞれの王女を貰い受けます。

しろねこ。
恋愛
三国から攻め入られ、四面楚歌の絶体絶命の危機だったけど、何とか戦を終わらせられました。 つきましては和平の為の政略結婚に移ります。 冷酷と呼ばれる第一王子。 脳筋マッチョの第二王子。 要領良しな腹黒第三王子。 選ぶのは三人の難ありな王子様方。 宝石と貴金属が有名なパルス国。 騎士と聖女がいるシェスタ国。 緑が多く農業盛んなセラフィム国。 それぞれの国から王女を貰い受けたいと思います。 戦を仕掛けた事を後悔してもらいましょう。 ご都合主義、ハピエン、両片想い大好きな作者による作品です。 現在10万字以上となっています、私の作品で一番長いです。 基本甘々です。 同名キャラにて、様々な作品を書いています。 作品によりキャラの性格、立場が違いますので、それぞれの差分をお楽しみ下さい。 全員ではないですが、イメージイラストあります。 皆様の心に残るような、そして自分の好みを詰め込んだ甘々な作品を書いていきますので、よろしくお願い致します(*´ω`*) カクヨムさんでも投稿中で、そちらでコンテスト参加している作品となりますm(_ _)m 小説家になろうさんでも掲載中。

【完結】ただの狼です?神の使いです??

野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい? 司祭×白狼(人間の姿になります) 神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。 全15話+おまけ+番外編 !地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください! 番外編更新中です。土日に更新します。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

処理中です...