上 下
68 / 94
Grow

たすける

しおりを挟む
 リウの喉奥に落とした命のボールの行方を、固唾を呑んで見守った。

 やがて体内からプチンっと膜が勢いよく弾ける音がし、そこからじわじわと狼の毛が逆立ち……喉が震え、心臓が規則正しく脈打ち出した。

 ドクドクドク……

 生命の音が聴こえて来た!

 息絶える寸前の所で……狼は息を吹き返した。

 つまり……命は繋がったのか。

「トカプチ、心臓が動き出したぞ。ほらっこんなにも規則正しく!」
「本当だ!傷はどうなった?」
「驚いた……傷も癒えている」

 不思議な光景だった。腹部の抉れた傷がジュワッと音を立てて癒えていったのだから。

「これは一体……」

 トカプチもオレも唖然として見守った。兄狼も目の前で繰り広げられる出来事に目を剥いていた。

「ナンデ? オマエハ……マホウガ……ツカエルノカ」
「違うよ。これは魔法なんかじゃない! 皆の願う気持ちが一つになったんだ! あっ……君も傷ついているな、おいで」
「オッ、オレハ……イイ、コンナノスグナオル」

 兄は頑なに拒否していた。だがトカプチが歩みより、兄狼を優しく抱きしめた。

 スウは戸惑いを隠せない様子だった。

「ナ、ナニヲスル?」
「君も治そう! 君も俺にとって大事な……ロウのお兄さんだから」

 あぁそうだ、いつだってそうだ。

 オレはトカプチのこういう所が好きなのだ。

 分け隔てなく愛を与えられる人なのだ!

「ヨセ! オレハイイ」
「いいから、さぁおいで、今あげるから」

 トカプチは自らの乳を自分の手でギュッと揉み込んだ。

「うっ……」

 少しだけ顔を歪め、規則正しく手を動かして絞り出していく。

「……まだ残っているみたいだ」

 黄色い乳の名残りが小さな水滴となり、トカプチの白い手の上にぽたぽたと落ちて来た。

「うっ」
「トカプチ、無理するな! 大丈夫か」
「ほら、ちゃんとあったよ。お前のもう一人のお兄さんの分だよ」

 トカプチは額に汗を浮かべていた。その横顔は……色気よりも母性の方が勝っていた。いやらしさは微塵もない……まるで神聖な儀式のようにも見える光景だった。

 濃厚なミルキィな香りが岩穴に立ち込める中、トカプチがそれを兄狼の傷ついた足にそっと塗り込めると、同じように一瞬毛が一瞬浮き立ち、その後ジュワッと傷が癒える音がした。

「グルル……グゥ」
「ほら、治っていく──神様が助けてくれたんだよ。ロウ、お前の大事な肉親を。お前は見放されていない。ちゃんと出会た!」
「トカプチ……」

 気が付くと膝立ちで天を仰ぐトカプチに、二匹の大型の狼が寄り添っていた。

 森で見かけた時は、ただの獰猛な狼だと思ったが今は違う。

 心を持っている……心が凪いでいる。

 彼らは俺の兄なのだ。父さんと母さんの血を受けついだ血族と出逢えるとは、夢にも思っていなかった。すっとおれは天涯孤独だと思っていたから。

 トカプチが床に座り、二匹の狼を抱き寄せた。

「うわっお前たちの毛はロウと同じ色だな。ふさふさだ」

 狼達は照れくさそうに、それでもしっかりと礼を言った。

「アリガトウ……ロウノ……ヨメ」
「アリガトウ……シンジラレナイ。シンデシマウトコロダッタノニタスケテモラッタ……」

 トカプチは恥ずかしそうに頬を染めた。

「嫁っ?それは照れるな。えっと俺はロウの番のトカプチだ。縁あってお前たちの末の弟ロウと出逢い番になった。それからロウは変身し人間の顔になったんだ。お前たちと同じ姿のロウも知っているいるし、半獣の時も知っている。つまり……俺はどんな姿のロウでも愛する覚悟なんだ」

「ワカッタカラ。モウ……ソノムネヲシマエ! メノヤリバニコマル……」
「マッタクダ」

 狼二匹は、きまり悪そうにボソッと呟いた。

「え? わっ……いつの間に!」

 トカプチのまだ剥き出しになっていた胸元からは、今度は白い乳が垂れていたので、慌ててトカプチを背中に隠した。

「兄さん……オレがロウです」

 緊張が走る。

 言わないといけない事、侘びないといけない事があるから。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【本編完結】隣国が戦を仕掛けてきたので返り討ちにし、人質として王女を娶ることになりました。三国からだったのでそれぞれの王女を貰い受けます。

しろねこ。
恋愛
三国から攻め入られ、四面楚歌の絶体絶命の危機だったけど、何とか戦を終わらせられました。 つきましては和平の為の政略結婚に移ります。 冷酷と呼ばれる第一王子。 脳筋マッチョの第二王子。 要領良しな腹黒第三王子。 選ぶのは三人の難ありな王子様方。 宝石と貴金属が有名なパルス国。 騎士と聖女がいるシェスタ国。 緑が多く農業盛んなセラフィム国。 それぞれの国から王女を貰い受けたいと思います。 戦を仕掛けた事を後悔してもらいましょう。 ご都合主義、ハピエン、両片想い大好きな作者による作品です。 現在10万字以上となっています、私の作品で一番長いです。 基本甘々です。 同名キャラにて、様々な作品を書いています。 作品によりキャラの性格、立場が違いますので、それぞれの差分をお楽しみ下さい。 全員ではないですが、イメージイラストあります。 皆様の心に残るような、そして自分の好みを詰め込んだ甘々な作品を書いていきますので、よろしくお願い致します(*´ω`*) カクヨムさんでも投稿中で、そちらでコンテスト参加している作品となりますm(_ _)m 小説家になろうさんでも掲載中。

【完結】ただの狼です?神の使いです??

野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい? 司祭×白狼(人間の姿になります) 神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。 全15話+おまけ+番外編 !地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください! 番外編更新中です。土日に更新します。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

あの日の記憶の隅で、君は笑う。

15
BL
アキラは恋人である公彦の部屋でとある写真を見つけた。 その写真に写っていたのはーーー……俺とそっくりな人。 唐突に始まります。 身代わりの恋大好きか〜と思われるかもしれませんが、大好物です!すみません! 幸せになってくれな!

処理中です...