上 下
53 / 94
Grow

だれだ

しおりを挟む
 矢を背負った勇ましい男の顔には、見覚えがあった。

 コイツっ……

 オレがこの街で捕まった時……最初にオレに矢を放ち、川岸をしつこく追いかけてきた奴だ。そしてトカプチのことをトーチと呼び、森で犯そうと襲い掛かった奴じゃないか!

 湧き上がる怒りを堪えきれず……震える手をマントの奥に隠した。

「アペ……」

 思わず相手の名を口に出してしまうと、男は驚いた表情を浮かべた。
  
 そうか、以前会った時の俺は、顔が狼の半獣……そして完獣になっていたから、俺が誰だか分からないのか。

「なんで……俺の名前を、知って? 俺達どこかで会ったか」

 今のオレはマントを深く被り半獣の部分をすべて覆い隠しているから、どうやら同じ人間の男だと思っているようだ。

 人の顔と獣の顔とでは……こんなにも対応が違うのか……そう思うと、むなしくも腹立たしくもなった。
 
「どこかであったことがあるのか。お前は……旅人か。この街に用事なら俺が案内しようか」

 すっかり油断した姿に腹立たしく、じゃあ、ここで俺が耳と尻尾を出したらどうなるかと興味を持った。

 態度が豹変するのか、その背中に背負う矢で俺を狙うのか、また!

 あぁ駄目だ。憎しみを抱くと……どんどん獣としての荒い気性が芽生えてしまう。

「さぁ行こう! 街を案内してやるよ」

 親切そうに気安く肩に手を回され、もう耐えられない。

 オレは一気にマントを脱ぎ捨てた。

「お前……っ、オレが分からないのか」

 分かるはずもないだろう!

 そう高を括っていた。
 
 ところがアペは俺の獣の耳や尻尾、胸元の毛並みを確かめるように見つめ、声を詰まらせた。

「うっ……」

 まるで泣きそうな顔だ。一体なんだ、この反応は?

「お前は……トーチ(トカプチ)の……」
「分かるのか。オレが何者か……誰だか」
「あぁ、あの時は本当にすまなかった」

 ガバっと頭を下げられ、驚いてしまった。

 同時にトーチがひどい目に遭わされながらも、この男を庇った理由が見えた。大切な幼馴染だとトーチが言った意味が見えて来る。

「ロウ……ロウだろ! 人の顔もカッコいいぜ!」
「オレが怖くないのか」
「お前はトーチが選んだ番だ! 怖くなんてない、ってか普通に男前だよ?」
「『男前』? それはなんだ?」
「男の俺でも惚れちまうほどカッコいいってことさ」

 複雑な心境だった。

 トカプチが傍にいないと、まだまだ分からないことばかりだ。

「にしても、ロウがひとりで、なんでこんな所にいるんだよ。あっそうか、トーチの家に行くところか」
「いや、オレは……」
「さぁこっちだ。ははっ意外と気弱なのか」
「そんなことない!」

 肩を組まれ、俺は森を抜け出した。

 こんなに自然にこの森を抜けられるとは思いもしなかったので、不思議な気持ちだ。

「ロウ……俺はお前と友達になりたかったんだ。だから会えて嬉しいよ」
「『友達』? なんだそれ」
「ははっ、まずはトーチも含めて話そう。そうしないとトーチが妬きそうだ!」




しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【本編完結】隣国が戦を仕掛けてきたので返り討ちにし、人質として王女を娶ることになりました。三国からだったのでそれぞれの王女を貰い受けます。

しろねこ。
恋愛
三国から攻め入られ、四面楚歌の絶体絶命の危機だったけど、何とか戦を終わらせられました。 つきましては和平の為の政略結婚に移ります。 冷酷と呼ばれる第一王子。 脳筋マッチョの第二王子。 要領良しな腹黒第三王子。 選ぶのは三人の難ありな王子様方。 宝石と貴金属が有名なパルス国。 騎士と聖女がいるシェスタ国。 緑が多く農業盛んなセラフィム国。 それぞれの国から王女を貰い受けたいと思います。 戦を仕掛けた事を後悔してもらいましょう。 ご都合主義、ハピエン、両片想い大好きな作者による作品です。 現在10万字以上となっています、私の作品で一番長いです。 基本甘々です。 同名キャラにて、様々な作品を書いています。 作品によりキャラの性格、立場が違いますので、それぞれの差分をお楽しみ下さい。 全員ではないですが、イメージイラストあります。 皆様の心に残るような、そして自分の好みを詰め込んだ甘々な作品を書いていきますので、よろしくお願い致します(*´ω`*) カクヨムさんでも投稿中で、そちらでコンテスト参加している作品となりますm(_ _)m 小説家になろうさんでも掲載中。

【完結】ただの狼です?神の使いです??

野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい? 司祭×白狼(人間の姿になります) 神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。 全15話+おまけ+番外編 !地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください! 番外編更新中です。土日に更新します。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

あの日の記憶の隅で、君は笑う。

15
BL
アキラは恋人である公彦の部屋でとある写真を見つけた。 その写真に写っていたのはーーー……俺とそっくりな人。 唐突に始まります。 身代わりの恋大好きか〜と思われるかもしれませんが、大好物です!すみません! 幸せになってくれな!

処理中です...