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第3章
月虹 1
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月に向かって伸びる光線が私の足元に広がって来た。まるで穏やかな海に浮かぶ橋のようだ。これはもしかしたら月の光により生じる虹…※『月虹』というものだろうか。
※月虹(げっこう)は夜間に月の光により生じる虹。月虹の見える原理は、昼間の虹と同じである。月虹がよく観測されるハワイ諸島のマウイ島では、これを見た者には「幸せが訪れる」「先祖の霊が橋を渡り祝福を与えに訪れる」と言われている。南米の世界遺産イグアスの滝や北米のヨセミテ滝でも、満月の時に見ることができる。(ウィキペディアより引用)
私は今その月虹の袂で、人を待っている。
あれからどれだけの時が過ぎたのだろうか。私はずっとここに佇んでいた。この暗黒の世界で、ひたすら時空が再び動く時を待っていた。
私の足元に月虹が架かった今、もうすぐきっとやってくる。
あの人たちが私に会いに……
****
あの日、ヨウの隣で私の躰は冷たくなっていくのを感じた。心臓を鷲掴みされるような激痛を感じ、みるみる躰が動かなくなってしまった。目を閉じる最後の瞬間まで、ただひたすらに私の腕の中で穏やかな寝息を立てるヨウのことだけを見つめていた。
私は氷攻によって冷え切ってしまったヨウの躰を温めて、心と躰を生き返らせてあげたかった。屈辱に耐え、またもや意に染まない相手キチに身を任せることになってしまったヨウの傷ついた心と躰を全身全霊で救ってやりたくて守ってやりたくて、自分の躰を顧みず深く抱いた。私の体温を分け与えた結果、私は己の命を手放すことになってしまったが後悔はなかった。
ヨウを救えたのだから……それでいい。そう思っていた。
次の瞬間、私の魂は肉体を離れていた。
見下ろすと、私の亡骸を抱きかかえ慟哭するヨウの姿が見えて、胸が締め付けられるようになった。
「ジョウっ!!」
ヨウの両目からは大粒の涙が噴き出ていた。いつも耐えて堪えていたヨウの涙腺が崩壊してしまったかのように号泣していた。
「起きろ! 起きてくれ! 俺を置いて逝くな! 」
ヨウの涙が降雨のように私の亡骸に降り注ぐ。もう躰と魂は離れたはずなのに、酷く冷たく感じた。
「嫌だっ! こんなのは嫌だっ、望んでいない。頼む! 俺はジョウがいないと生きていけぬ! 俺のこれからの人生がこのままでは駄目だ。この道へは進めない! ジョウ……君がいない世なんて考えられない。あってはならない!」
ヨウの深い悲しみが矢のように突き刺さってくる。
こんなにも私の死を君は悲しんでくれるのか。あぁ……どうしたらいいのだ。こんなに脆い君を置いて私は旅立つことは出来ない。
戻りたくても戻れない躰。このまま魂と躰は分離されて、私は躰を失い永遠に世界を彷徨うことになるのか。
後悔で押しつぶされそうになったとき、ヨウの手でとてつもなく規模の雷光が発生し、赤い髪の女と王様は遙かなる時空の彼方へと消えて行った。そしてその次の瞬間、私の肉体はヨウの腕の中を滑り落ち、ヨウのいる世界から消滅していたのだ
結果……雷攻の力を借りたのだろうか。私は肉体を取り戻したが、ヨウの元へは戻れず、ずっと同じ場所に立ち続けることになってしまった。
ここは暗黒の世界だ。前も後ろもない、ただこの場所だけしかない寂しい所だ。ヨウが私を呼ぶ切ない声だけが聴こえてくる。
(ジョウ……ジョウ、どこにいる? 帰って来てくれ)
(いやだ。こんな奴に触れられるのはイヤだ。お前との想い出が穢されていく……許せ)
(ジョウ……逢いたい!)
長い時間が経った。
気が付けば季節も変わり、私の頬をかすめるのは粉雪だった。優しく冷たく私の頬を撫でて行く。
そしてそんな粉雪の舞う夜に奇跡は起きた。
月虹──
先祖の霊が橋を渡り祝福を与えに訪れるといわれている『月虹』が、突然ぱーっと私の足元に架かった。
白い清らかな光に、もうすぐ私はこの場所から動ける、ヨウの元に戻れると予感した。月虹の彼方を見つめると遠くから足音がし、二人の人の影がゆらゆらとこちらへ近づいてくるのが分かった。
「やって来る!」
待っていたこの瞬間が、今訪れる。
※月虹(げっこう)は夜間に月の光により生じる虹。月虹の見える原理は、昼間の虹と同じである。月虹がよく観測されるハワイ諸島のマウイ島では、これを見た者には「幸せが訪れる」「先祖の霊が橋を渡り祝福を与えに訪れる」と言われている。南米の世界遺産イグアスの滝や北米のヨセミテ滝でも、満月の時に見ることができる。(ウィキペディアより引用)
私は今その月虹の袂で、人を待っている。
あれからどれだけの時が過ぎたのだろうか。私はずっとここに佇んでいた。この暗黒の世界で、ひたすら時空が再び動く時を待っていた。
私の足元に月虹が架かった今、もうすぐきっとやってくる。
あの人たちが私に会いに……
****
あの日、ヨウの隣で私の躰は冷たくなっていくのを感じた。心臓を鷲掴みされるような激痛を感じ、みるみる躰が動かなくなってしまった。目を閉じる最後の瞬間まで、ただひたすらに私の腕の中で穏やかな寝息を立てるヨウのことだけを見つめていた。
私は氷攻によって冷え切ってしまったヨウの躰を温めて、心と躰を生き返らせてあげたかった。屈辱に耐え、またもや意に染まない相手キチに身を任せることになってしまったヨウの傷ついた心と躰を全身全霊で救ってやりたくて守ってやりたくて、自分の躰を顧みず深く抱いた。私の体温を分け与えた結果、私は己の命を手放すことになってしまったが後悔はなかった。
ヨウを救えたのだから……それでいい。そう思っていた。
次の瞬間、私の魂は肉体を離れていた。
見下ろすと、私の亡骸を抱きかかえ慟哭するヨウの姿が見えて、胸が締め付けられるようになった。
「ジョウっ!!」
ヨウの両目からは大粒の涙が噴き出ていた。いつも耐えて堪えていたヨウの涙腺が崩壊してしまったかのように号泣していた。
「起きろ! 起きてくれ! 俺を置いて逝くな! 」
ヨウの涙が降雨のように私の亡骸に降り注ぐ。もう躰と魂は離れたはずなのに、酷く冷たく感じた。
「嫌だっ! こんなのは嫌だっ、望んでいない。頼む! 俺はジョウがいないと生きていけぬ! 俺のこれからの人生がこのままでは駄目だ。この道へは進めない! ジョウ……君がいない世なんて考えられない。あってはならない!」
ヨウの深い悲しみが矢のように突き刺さってくる。
こんなにも私の死を君は悲しんでくれるのか。あぁ……どうしたらいいのだ。こんなに脆い君を置いて私は旅立つことは出来ない。
戻りたくても戻れない躰。このまま魂と躰は分離されて、私は躰を失い永遠に世界を彷徨うことになるのか。
後悔で押しつぶされそうになったとき、ヨウの手でとてつもなく規模の雷光が発生し、赤い髪の女と王様は遙かなる時空の彼方へと消えて行った。そしてその次の瞬間、私の肉体はヨウの腕の中を滑り落ち、ヨウのいる世界から消滅していたのだ
結果……雷攻の力を借りたのだろうか。私は肉体を取り戻したが、ヨウの元へは戻れず、ずっと同じ場所に立ち続けることになってしまった。
ここは暗黒の世界だ。前も後ろもない、ただこの場所だけしかない寂しい所だ。ヨウが私を呼ぶ切ない声だけが聴こえてくる。
(ジョウ……ジョウ、どこにいる? 帰って来てくれ)
(いやだ。こんな奴に触れられるのはイヤだ。お前との想い出が穢されていく……許せ)
(ジョウ……逢いたい!)
長い時間が経った。
気が付けば季節も変わり、私の頬をかすめるのは粉雪だった。優しく冷たく私の頬を撫でて行く。
そしてそんな粉雪の舞う夜に奇跡は起きた。
月虹──
先祖の霊が橋を渡り祝福を与えに訪れるといわれている『月虹』が、突然ぱーっと私の足元に架かった。
白い清らかな光に、もうすぐ私はこの場所から動ける、ヨウの元に戻れると予感した。月虹の彼方を見つめると遠くから足音がし、二人の人の影がゆらゆらとこちらへ近づいてくるのが分かった。
「やって来る!」
待っていたこの瞬間が、今訪れる。
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