月夜の湖 (改訂版)

志生帆 海

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月の章

涙の決別 1

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 目が覚めると俺は見知らぬ部屋に寝かされていた。

 御簾越しに爽やかな秋風が吹きこんで来て、傷ついた頬をそっと撫でていく。

 ここはどこだろう。 何故ここに……?

 記憶の糸を辿ってみると途端に躰が大きく震え出す。

 震える躰を自らの腕で抱きしめ、息を整える。

 どうしよう……

****

 昨夜は満月の夜だった。

   牡丹(帝)の元へ、いつものように月夜姫として参内した。

 ~契りが終われば、丈の中将に逢える~

 それだけが支え。俺にとって唯一の希望の光だった。だからもういい加減に嫌気がさす牡丹からの辱めにも耐え忍ぶことが出来ていたというのに。 それなのに昨日は牡丹は俺を最後まで離してくれなかった。

 「ふぅ……今宵のお前は気がそぞろだったな」
 「……」
 「私の元から逃れたいのか」

 やっと激しい攻めが終わったというのに、まだ執拗に俺の躰に満遍なく手を這わせながら、頬を撫でながら聞いてくる。

 「うっ……そんなことは………ありません」
 「では何故そんなに急ぐ? 早く帰りたそうな素振りを先ほどから感じているぞ」
 「そっ……それは……気のせいです」
 「いや隠し通しても無駄だ。私はお前の従者から全てを聞いてしまった」

  ぞくっと躰が震えた。もしや……あの月夜の湖でのことを帝はご存じなのか。

 バシッ!!

  その途端いきなり、頬を耳が痺れる程強く叩かれた。

 「っっつ!」
 「洋月……お前という奴は……私を裏切っていたのだな!」
  
 バシッ!!

 牡丹の顔は怒りに満ち、 さらに反対側の頬も強く叩かれた。そして低く恐ろしい声で、けっして聴きたくなかった知りたくなかったことを俺に告げた。

「お前の母も私を裏切った!」
「えっ?」
 「私の方が先に好いていたのに……こちらが下手に出ているうちに、帝である私を差し置いて、その許婚だった男と先に契ってしまったのだ」
「なっ……に?」
 
 帝は一体何を言っているのだろう? 母上が帝より前に誰かと契りを交わしたと? 帝は少々興奮した様子で当時のことを思い出しているのだろうか、 うわ言のように呟いている。

 「数か月後、私の元へ攫うように連れて来た時には、お前の母親、つまり月夜の更衣はもうお腹に子を宿していた。お前はあの男との子だ!洋月お前は、私とは血の繋がりなんて欠片もない。 憎い男の息子なのだ!そうだ……あの男の子だ!」
 「えっ」

 頭を鈍器で殴られたような衝撃で、その場に崩れ落ちそうになった。ではずっと父だと思っていた人が父でないということなのか。そんな……ずっと血が通った父に犯され続けていたと思ったが、違ったのか。

「洋月、お前が憎い。あの男の子供のくせに、こんなにも母親と生き写しの顔で生まれてくるなんて」
「……顔?母上にそっくりだとい俺の顔……」
「私をこんなにしたのは、お前のその顔のせいだ!」

 頬を叩く力がますます強くなるが、俺は抵抗できない。されるがまま揺さぶられ、やがて唇が切れ、口腔内に血の味が広がっていく。 その血の匂いに呑まれていく。 悲しみや憎しみの海に溺れそうで上手く息が出来ない。 このまま底なし沼に落ちていくような、 絶望的な気持ちで溢れかえっていた。

 実の父でなかったという事実……喜ばしいことなのか、悲しむべきことなのか。その判断すら鈍る。

 では俺は何故この世に生まれて来た? 俺は何処へ行けばいい?

  打たれる頬の痛みも麻痺し、 頭の中も混乱で朦朧としているうちに、 手を柱に拘束させられたことに気が付いた。

 あっ駄目だ。これでは……あの人に逢えない!

 「や……やだ!帝……父上……どうかもう俺を自由にして! もうこのような仕打ちに耐えらないのです! 」

 懇願する願いは届かない。 俺を蔑むように見下ろした帝の目には、もう何も映っていない。

「洋月……お前までもが私を裏切って、他の男の元へ行きたがるのか」
「そんな」
「月夜の更衣もそうだった。私に抱かれながら、 何処か心は遠くに置いてきたままのようで、私は抜け殻を抱いているような虚しい気持ちになったものよ」
「洋月……お前だけは……お前だけは決して他の男にやらぬ! 」

 帝が再び俺を強く抱きしめ、整えたばかりの衣を無理矢理に脱がし始める。 手が拘束されていて抵抗できないのをよいことに、 みるみる肩を露わにされ、膝を掴まれ脚は大きく左右に開かされる。見せたくない部分が丸見えになり羞恥に震える。

「あっ! ううっ!……もう嫌だ!こんなの嫌だ!」

  今までにないほどの嫌悪感が襲い、俺は繋がれた手を解きたくて必死で暴れた。次第に手には擦り傷が広がり血が滲み出すのも構わず、柱に繋がれた手首の拘束から逃れたく必死に躰を揺らしていた。

「やだっ!もう嫌!」

 しかし暴れる俺を封じ込むように 帝の体重がかかり、再び俺をぐっと貫く。

 「うっ……もう…本当に嫌だ。このような仕打ち……もう耐えられない!」
 
 うわ言のように呟く俺の言葉なんて、 興奮しきった帝には届くまい。

 もう痛みしか感じない俺の躰。 

 目からは涙がはらはらと…頬を伝い零れ落ちる。

 この狂った境遇から、 俺は俺の力で抜け出ないといけない。
 このままでは俺が狂ってしまう! 帝も狂ってしまう!
 このままでは……いけない。

 そう心では強く思うのに、もう抗う力は残っていなかった。されるがまま抱かれ何度も突かれ攻められ、次第に意識が霞んでいった。 
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