月夜の湖 (改訂版)

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
13 / 63
闇の章

陽だまりのような人6

しおりを挟む
 明け方までの雨もやみ森の空気は澄み渡り、粗末な廃墟にも明るい朝日が差し込んで来た。目の前の暗黒の世界が希望の色、暁色に変わるのを感じ、俺は目を覚ました。

「んっ……ここは?」

 昨日は鷹狩に出て……それでどうしたのか思い出せない。しかし暖かいな。ここは何処だ? 人肌のような柔らかい温もりを感じ、まだ眠くて硬く閉じていた目をそっと開くと、そこは何故か肌色の世界だった。

「……えっ?」

 ぼーっと霞む目を凝らして見ると、丈の中将の裸の胸にすっぽりと抱かれていた。驚いて自分の躰を見ると、やはり上半身に何も纏っていない。

「えっ!なんで……こんなことに?」

 あまりに驚いて目をパチパチとさせていると、丈の中将がその気配に気が付いたようだ。

「洋月の君、起きたのか」

 丈の中将に顔を覗き込まれ、彼の逞しい胸を更に至近距離で見つめる形になり、恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になってしまった。

「あれ?顔が赤いな?まだ熱あるのか」

 額に手を当てられるが、思うように言葉が出てこなくて、口も開いたまま茫然としてしまった。

「おい大丈夫か。まだ具合悪いのか」

「なっ……何故?」

「あーコホン。それはだな、覚えてないのか」

「あぁ……何があった?」

 記憶が朧げで上手く思い出せないのもあり、首をゆるゆると横に振るしかなかった。

「昨日は洋月の君と鷹狩でずいぶん山奥に踏み入ってしまって……そんな時酷い雷雨にあい、この廃墟で雨宿りしたわけだよ。君は熱があって酷く震えていたからね」

「そっ……そうか。でもどうしてこのような姿に?」

 上半身が裸なのが急に恥ずかしくなり、近くに転がっていた直衣を慌てて羽織りながら問う。今まで牡丹につけられた口づけの痕が残ることもあり、誰にも見せないようにしていた肌なのに、こんなにも呆気なく丈の中将に見られてしまうとは。

 あぁ……今日は牡丹の痕跡が綺麗に消えていて良かった。

 見られなくて知られなくて、本当に良かった。

「あー悪い。びっくりしたよな? 洋月の君がびしょ濡れで熱もあって震えていたから緊急事態だった。火鉢もないし、私の躰で暖めるしか術がなかったのだよ。悪かったな。嫌だったか」

 丈の中将は邪気のない明るい笑顔だった。

「いや……おかげで熱は下がったみたいだ」

 嫌なはずなんてない。君の肌は温かく居心地が良かった。牡丹とは全然違う。

 牡丹は俺を抱くが、俺を抱きしめたりはしない。

 抱かれるというのは、このようなことなのか。

 これを『抱きしめられる』というのか……優しく包まれるように、ふんわりとした感覚だ。

 なんと気持ちが良い行為なのか……そうか……俺は何も知らないんだな。

 そんなことを考えていると、窓を開け空気を入れ替えていた丈の中将が嬉しそうな声をあげる。

「洋月の君、見てごらんよ。空に大きな虹が出ているよ」
「虹?」
「まさか見たことないのか」
「いや、今まであまり空を見ることが今までなかったから、……愛でたことはないだけだ」
「そうなのか。君はたまに面白いことを言うな。さぁおいで」




 手を引かれ粗末な家の軒下に誘われる。病み上がりの俺を気遣ってか、両肩に手を置いて後ろから支えてくれる。なんだか抱き留められているようで恥ずかしい。

 見上げれば空を駆け抜けるように、大きな虹が弧を描いていた。

「綺麗だ……」

 思わずため息と共に感嘆の声があがってしまう。

「あぁ洋月の君と二人で見れて嬉しいよ」

「なっ……男同士見たって……君も物好きだな」

 恥ずかしさのあまりわざとそう言い返して、丈の中将のことを見つめると、温かみのある笑顔で笑っていた。

 俺の荒んだ心も、君といると健やかな成長をしてきたかのように清々しいものになれるよ。

 君は俺にとって大事な人だ。

 本当に陽だまりのような人だ。

『陽だまりのような人・了』

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

狂宴〜接待させられる美少年〜

はる
BL
アイドル級に可愛い18歳の美少年、空。ある日、空は何者かに拉致監禁され、ありとあらゆる"性接待"を強いられる事となる。 ※めちゃくちゃ可愛い男の子がひたすらエロい目に合うお話です。8割エロです。予告なく性描写入ります。 ※この辺のキーワードがお好きな方にオススメです ⇒「美少年受け」「エロエロ」「総受け」「複数」「調教」「監禁」「触手」「衆人環視」「羞恥」「視姦」「モブ攻め」「オークション」「快楽地獄」「男体盛り」etc ※痛い系の描写はありません(可哀想なので) ※ピーナッツバター、永遠の夏に出てくる空のパラレル話です。この話だけ別物と考えて下さい。

悲しい月(改訂版)

志生帆 海
BL
王を守る隊長と医官が出会い、恋を芽生えさせていく……創作歴史ファンタジー 王を近くで護る美しい近衛隊長のヨウと、王を診る医官のジョウ。 淡々とした日々の中で出会い、芽生える二人の想い。 そしてヨウから明かされる悲しい過去。それを知ったジョウの心。 こちらは改訂版を連載中の『重なる月』に繋がる物語です。 少しだけとある歴史ドラマの設定をお借りしています。 単独で読んでいただいても大丈夫です。 R18・描写に無理矢理なシーンが一部含まれます。苦手な方は回避して下さい。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

手〈取捨選択のその先に〉

佳乃
BL
 彼の浮気現場を見た僕は、現実を突きつけられる前に逃げる事にした。  大好きだったその手を離し、大好きだった場所から逃げ出した僕は新しい場所で1からやり直す事にしたのだ。  誰も知らない僕の過去を捨て去って、新しい僕を作り上げよう。  傷ついた僕を癒してくれる手を見つけるために、大切な人を僕の手で癒すために。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

戸惑いの神嫁と花舞う約束 呪い子の幸せな嫁入り

響 蒼華
キャラ文芸
四方を海に囲まれた国・花綵。 長らく閉じられていた国は動乱を経て開かれ、新しき時代を迎えていた。 特権を持つ名家はそれぞれに異能を持ち、特に帝に仕える四つの家は『四家』と称され畏怖されていた。 名家の一つ・玖瑶家。 長女でありながら異能を持たない為に、不遇のうちに暮らしていた紗依。 異母妹やその母親に虐げられながらも、自分の為に全てを失った母を守り、必死に耐えていた。 かつて小さな不思議な友と交わした約束を密かな支えと思い暮らしていた紗依の日々を変えたのは、突然の縁談だった。 『神無し』と忌まれる名家・北家の当主から、ご長女を『神嫁』として貰い受けたい、という申し出。 父達の思惑により、表向き長女としていた異母妹の代わりに紗依が嫁ぐこととなる。 一人向かった北家にて、紗依は彼女の運命と『再会』することになる……。

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

処理中です...