月夜の湖 (改訂版)

志生帆 海

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闇の章

陽だまりのような人1

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「なぁ、こんなこと聞くのもあれだが、その……洋月の君は妹とまだ床を共にしていないのか」

「なっ!」

 途端に顔を真っ赤にして動揺する洋月の君が可愛い。

「いやなぁ……だって結婚当初は幼かったとはいえ、君ももう22歳だろう。そのさ、私の両親が案じているんだよ、桔梗の上にまだ何か不都合なことでもあるのか」

「だから、俺では力不足なんだよ……身分が低いから嫌われている」

「そんなことないじゃないか。洋月の君は帝の息子だということは周知の事実だし、帝も頻繁に君を呼び出して寵愛しているじゃないか」

「……ふっ、寵愛か」

 少しだけ洋月の君の顔が曇る。

「んっ?どうした?」

「いや、何でもないよ」

「まぁ妹は気位が高く面白くないってとこか」

「それは違う。彼女は悪くない、悪いのは俺だ。全部……俺のせいだ」

「ふーん、何だかよく分からないが、君は……笑っていた方がいいよ」

「えっ」

「その方がずっと可愛いから」

 あれ?私はまた変な発言をしたか……自分で言った台詞に気恥ずかしくなってしまう。

「くすっ」

 洋月の君が明るく微笑む。そうそうこの顔を見たかったのだ。

「丈の中将は面白いな。俺より歳がずっと上なのに、なんだか幼い時がある」

「ははっ、そうか」

「あぁ同じ年位に思えるよ」

「それは光栄だよ!若いのは良いことだ。それよりそんな端にいたら寒いだろう?こちらへ来いよ」

「だが……迷惑ではないか。せっかく左大臣邸に来ているのに、桔梗の上のもとへ行かず、ここにいつも来るのは」

「そんなことない!私は君と話すのが楽しいよ」

「そ…そう?」

 頬を赤らめ俯く洋月の君を、いつまでも見つめていたくなるな。まるで愛おしい人を見つめるように……こんなの変だろう。

 いやいや……義兄弟の間柄だ。何を気兼ねするものか。兄として弟を可愛がるような気持ちで、洋月の君に接しているだけだ。

****

 桔梗の上とは17歳の時、婚姻した。帝の命令のままに、左大臣の姫をあてがわれた。

「洋月の君、そろそろお前も人並みに婚姻せねばならぬ。世間の目を逸らすためにもな」

 何も知らない無垢だった15歳で、帝に無理矢理に躰を開かれ、呼び出しがあるたびに参内して抱かれ続けている俺の躰だ。

 果たして普通に女子と共寝できるのだろうか。不安に思い、帝を見つめる。

「心配するな。女子とはいくらでも寝てよい。だが男とは決して駄目だ。私以外の男に躰を許すな。気を付けて過ごすのだよ。お前は年頃になり妙な色香が漂い出しているからな」

 だが……桔梗の上は左大臣の姫君で将来は東宮(帝の息子)の妃にと望まれてたと聞いているのに、俺でいいのだろうか。

 そんな心配は的中し姫からは頑なに拒絶されてしまった。

 身分の差からなのか蔑むような眼で見られた時、牡丹のことも何もかも見破られているのではと恐ろしくもなった。でも内心ほっとしている自分がいることに驚いた。牡丹に抱かれ続けている躰で、女子を抱けるのか自分自身に迷いがあったから。

 そんな中出会ったのが桔梗の上の実の兄、丈の中将だった。彼は心から落ち着ける陽だまりのような人で、桔梗の上が部屋へ入れてくれない時は必ず、彼のもとへ行くようになった。

 本当の兄弟のように気兼ねなく俺に話しかけてくれて、心の底から笑うことが出来る……俺がほっとできる相手は彼だけだ。

 大切な義兄なんだ。

 大事にしたい人だ。

 絶対に……あなたのことを汚したくない。

 

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