上 下
209 / 236
色は匂へど……

ひねもす 4

しおりを挟む
「雨が降るまで……ですか」

 兄さんの言葉の真意がすぐには掴めずに、探るように見つめると、兄さんは「ふぅ」と小さな溜め息一つ残して立ち上がってしまった。

「……馬鹿なことを言った。もう戻るよ」

 背筋を伸ばした兄さんが、俺の横を素通りしようとする。

 横顔が切ない!

 居ても立っても居られない。

 その細い手首を掴んで、強引に引き寄せたい。

 この胸に形の良い頭を埋めさせ、深く抱きしめたい。

 そんなことをしたら兄さんの心が壊れてしまうのに。ここまで修復させた関係が、またバラバラになってしまうのに。

 結局それが怖くて、身動き一つ出来ない我が身が恨めしい。

「くそっ」

 ようやく身体が動いた時には、兄さんは既に玄関で草履を履いていた。
 
「兄さん! 待って下さい」
「……先に行くよ」

 萌黄色の着物姿の兄さんがスタスタと歩き出すと、そのタイミングで天からの恵みが降りてきた。

 遅かったじゃないか!
 
 ポツリポツリと、雨が乾いた大地に絵を描いていく。

 これはひび割れそうになった心を修復する恵みの雨だ。

 玄関に立てかけてある番傘が目に留まったが、撥ね除けて!

「兄さん、濡れますよ!」
「りゅ……流」

 俺の鍛え抜いた腕を庇《ひさし》にしてやると、兄さんはうっすらと頬を染めた。

「ば……馬鹿、何をして……あそこに傘があるのに」
「あんなもんは役に立たない! 兄さんが頼りにするのは、この俺だ!」
「えっ……」

 兄さんが、俺を戸惑いながら見上げてくる。

 あぁ、最高だ。

 控え目に顎を上げる、この角度が好きだ。

 雨粒がポツリと兄さんの柔らかい髪を濡らした。

 もう一滴は、慎ましい唇を濡らしてくれた。

 目の当たりにしてゴクリと喉が鳴りそうになったが、グッと堪えた。

「でも……それでは流が濡れてしまうのに」
「兄さんを守れれば、それでいい! 俺のことは構うな!」
「流……」

 兄さんは呆れたように口を開き、その後、ふっと微笑みを浮かべた。

「流が元気でなければ意味はないのに。こちらへおいで」

 兄さんは俺の作務衣の袖から覗く腕を引っ張り、茶室に戻ろうと誘ってきた。

「流は僕の傘にお入りよ」

 ほっそりとした腕をすっと伸ばし、傘を開く兄さん。

 兄さんに笑顔の花が咲く。

 その所作の美しさに見惚れ、兄さん自身の輝きに見惚れ……

 大きく溜め息をついた。

「参ったな。じゃあ……お邪魔しますよ」
「せっかくだから、遠回りして母屋に戻ろうか」
「いいですね」
「懐かしいね、こういうの」
「えぇ」

 少し背伸びして傘を差す兄さんが愛おし過ぎて、目を細めて見つめた。

 雨脚が少し強くなる頃には、兄さんのさす傘に当たる雨粒と一緒に、俺の心も跳ねまくっていた。

 俺を甘やかす兄さんが愛しくて、今はそっと身を寄せ大人しくしていようと誓った。

 暴れる心とは裏腹に、とても穏やかな時だった。




しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...