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色は匂へど……
春隣 16
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「よし、今日の味噌汁も絶品だ。さぁ盛り付けるぞ」
朝食作りに奮闘していると、廊下と庫裡の境の暖簾をかき分ける気配がした。
「流、おはよう」
「おはようございます」
振り向けば、優しい顔がひょいと現れる。
俺とは真逆の、楚々とした柔らかい顔立ちが大好きだ。
喉から手が出るほど欲しいのに、どうやって歩み寄ればいいのか分からず、方法を探っている段階だ。
「あれ? 洋くんはいないの?」
「今日はまだ来てませんよ。きっと忙しいのでしょう」
「そう……徹夜で仕事だったのかな? 仕方ないね」
翠が残念な表情を浮かべる。
全てに不器用な洋くんは、猫可愛がりしたくなる存在らしい。
「いいえ、俺たちが構い過ぎたから丈が妬いているんですよ」
「え? そうなの? うーん、そんなつもりでは……でも洋くんは何事にも一生懸命で可愛いよね」
「えぇ、だから丈も懇ろに可愛がりたいのでしょう。夜勤明けは特に飢えていますしね」
「えっ、どうして……飢えるの? あっ」
「どうしました?」
「い、いや、何でもないよ」
顔色をそっと伺うと、うっすらと頬を染めていた。
もしや……
丈と洋くんが男同士で抱き合っているシーンを想像しているのか。
あぁ、清廉とした翠の心の奥底を覗いてみたい。
何はともあれ、男同士の性交に嫌悪感はないようで安堵した。
それは俺にも一縷の望みがあるっていうことか。
何でも前向きに捉えてしまうのは、俺も飢えているから。
「いただきます」
翠と向き合って朝食を取っていると、廊下から焦った足音が聞こえた。
「すみません! お、遅くなりました」
案の定だいぶ遅れて朝食を取りに来た洋くんの瞳は潤みきって、身体中から甘いフェロモンを放っていた。
「いや、お疲れさん」
「えっ……ええっと……」
慌てて隠すが、シャツの隙間から見える首筋に、キスマークが鎖のようについているのが見えた。
「そのシャツ……大きいようだな」
「え?」
「ここではいいが、外では気をつけろよ」
「あっ!」
丈は相当独占欲が強いらしい。
こんな魅力的な恋人がいたら、そうなるのも無理ないか。
その気持ち分かるぜ!
「あ、あの……すみません」
「謝ることないさ。愛の証だろ?」
「ううっ、丈の奴……だから言ったのに」
「ははっ、ごちそうさん」
しかしまぁ……ここは月影寺だから良いが、余所でこんな色っぽい顔を見せたら大変だぞ。
洋くんの美しさは、やはり脆そうだ。
守ってやらねば――
季節は巡り、だいぶ暖かくなってきた。
洋くんがやってきてから、欠けていた月が満ちたように穏やかな日々が続いている。このまま何もなく平穏無事に暮らせるといいな。
二人がどこでどうやって出逢い、どんな試練を乗り越えて流れ着いたのかは、まだ知らない。二人揃って何も語らないのは、あまりに重く辛い過去だからなのか。
最近はそんな風に考えるようになっていた。
「月光が繭のように、洋くんを守っているようだね」
降り注ぐ月光を、翠が見上げている。
「そうですね……」
俺もいつもあなたを守っていますよ。
幾重にも幾重にも重なって――
なぁ、そろそろ俺の想いを受け取ってくれないか。
まだダメなのか。
いつまで待てばいい?
熱い視線を投げかけるが、翠の表情は灯籠の影になって分からない。
「……墓地へ行ってくるよ」
挙げ句の果てに、背筋を伸ばしてスタスタと念仏を唱えながら歩いて行ってしまった。
結界に緩みはない。
俺たちの世界はほぼ完成したのに、まだ俺たちのものではない。
もどかしい夜をあと幾夜耐えればいいのか。
誰か教えてくれ。
朝食作りに奮闘していると、廊下と庫裡の境の暖簾をかき分ける気配がした。
「流、おはよう」
「おはようございます」
振り向けば、優しい顔がひょいと現れる。
俺とは真逆の、楚々とした柔らかい顔立ちが大好きだ。
喉から手が出るほど欲しいのに、どうやって歩み寄ればいいのか分からず、方法を探っている段階だ。
「あれ? 洋くんはいないの?」
「今日はまだ来てませんよ。きっと忙しいのでしょう」
「そう……徹夜で仕事だったのかな? 仕方ないね」
翠が残念な表情を浮かべる。
全てに不器用な洋くんは、猫可愛がりしたくなる存在らしい。
「いいえ、俺たちが構い過ぎたから丈が妬いているんですよ」
「え? そうなの? うーん、そんなつもりでは……でも洋くんは何事にも一生懸命で可愛いよね」
「えぇ、だから丈も懇ろに可愛がりたいのでしょう。夜勤明けは特に飢えていますしね」
「えっ、どうして……飢えるの? あっ」
「どうしました?」
「い、いや、何でもないよ」
顔色をそっと伺うと、うっすらと頬を染めていた。
もしや……
丈と洋くんが男同士で抱き合っているシーンを想像しているのか。
あぁ、清廉とした翠の心の奥底を覗いてみたい。
何はともあれ、男同士の性交に嫌悪感はないようで安堵した。
それは俺にも一縷の望みがあるっていうことか。
何でも前向きに捉えてしまうのは、俺も飢えているから。
「いただきます」
翠と向き合って朝食を取っていると、廊下から焦った足音が聞こえた。
「すみません! お、遅くなりました」
案の定だいぶ遅れて朝食を取りに来た洋くんの瞳は潤みきって、身体中から甘いフェロモンを放っていた。
「いや、お疲れさん」
「えっ……ええっと……」
慌てて隠すが、シャツの隙間から見える首筋に、キスマークが鎖のようについているのが見えた。
「そのシャツ……大きいようだな」
「え?」
「ここではいいが、外では気をつけろよ」
「あっ!」
丈は相当独占欲が強いらしい。
こんな魅力的な恋人がいたら、そうなるのも無理ないか。
その気持ち分かるぜ!
「あ、あの……すみません」
「謝ることないさ。愛の証だろ?」
「ううっ、丈の奴……だから言ったのに」
「ははっ、ごちそうさん」
しかしまぁ……ここは月影寺だから良いが、余所でこんな色っぽい顔を見せたら大変だぞ。
洋くんの美しさは、やはり脆そうだ。
守ってやらねば――
季節は巡り、だいぶ暖かくなってきた。
洋くんがやってきてから、欠けていた月が満ちたように穏やかな日々が続いている。このまま何もなく平穏無事に暮らせるといいな。
二人がどこでどうやって出逢い、どんな試練を乗り越えて流れ着いたのかは、まだ知らない。二人揃って何も語らないのは、あまりに重く辛い過去だからなのか。
最近はそんな風に考えるようになっていた。
「月光が繭のように、洋くんを守っているようだね」
降り注ぐ月光を、翠が見上げている。
「そうですね……」
俺もいつもあなたを守っていますよ。
幾重にも幾重にも重なって――
なぁ、そろそろ俺の想いを受け取ってくれないか。
まだダメなのか。
いつまで待てばいい?
熱い視線を投げかけるが、翠の表情は灯籠の影になって分からない。
「……墓地へ行ってくるよ」
挙げ句の果てに、背筋を伸ばしてスタスタと念仏を唱えながら歩いて行ってしまった。
結界に緩みはない。
俺たちの世界はほぼ完成したのに、まだ俺たちのものではない。
もどかしい夜をあと幾夜耐えればいいのか。
誰か教えてくれ。
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