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色は匂へど……
波の綾 15
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「流、少し歩かないか」
「そうだな」
ん? 妙に世界が眩しいな。
海はあんなに綺麗な青色だったか。
海水はこんなに澄んだ透明だったか。
さっき兄さんが持たせてくれた『希望』が、胸の中でキラキラと輝いているから、目に見えるものが新鮮に感じるようだ。
俺が行きたい場所に、流れ着けるのかは分からない。
もしかしたら果てしない年月がかかるかもしれない。
だが、どうしても掴みたい夢がある。
この世に生きている間に、この手で!
兄さんを『翠』と呼び、この腕に抱きしめて思いっきり愛を注ぎたい。
見てはならぬ夢に希望の光を与えてくれた兄さんが、愛おしい。
肩を並べて波打ち際を歩いていると、兄さんが突然立ち止まった。
「あっ、何か踏んでしまったみたいだ」
「ん? どうした?」
兄さんの足下には、桜色の破片が散らばっていた。
「あぁ、これは桜貝だ」
「そうなの? 僕が割ってしまったようだね、悪いことをしたな」
「いや、こいつは最初から割れていたようだ。元々繊細で脆い貝だから気にするな」
「……そうなのか。まるで人の心のようだね」
その重たい口調に、兄さんの心境が伝わってくる。
今まで心ない言葉にずっと苦しめられていたと……
『言葉は人を刺す』
俺も兄さんを刺した一人だから分かる。アイツや嫁さんから酷い言葉をぶつけられ既にボロボロだった兄さんを更に追い詰めたのは、当時俺が吐き捨てた台詞だった。
言葉は、剣が人を殺すのと同じように、相手の人格をズタズタに傷つけてしまうのを、当時の俺はまるで分かっていなかった。
あの頃のオレはひとりよがりで最低な人間だった。
後悔している。
あんな風に意地悪して、兄さんを苦しめたことを。
だからこそ、これからは兄さんを癒やす言葉を沢山届けたい。
兄さんが俺に光を与えてくれたように、俺も兄さんの希望の光となり、いつか俺たちが流れ着く場所まで案内できる人になりたい。
「割れても離れるもんか。俺だったら真っ二つになっても、絶対に傍にくっついている」
「ふっ……頼もしいね、流みたいに強い思いがあれば願いも叶いそうだ。あ、そろそろ……」
来た道をゆっくり歩き出すと「おーい」と遠くからよく響く声で呼ばれた。
「あ、海里先生だ」
白衣をマントのように翻す長身の先生は、日本人離れしたスタイルで見惚れてしまう。
もうだいぶ高齢なのに、海里先生は生き生きとしている。
きっと愛に溢れた人生を送っている最中だからなのだろう。
人生を愛で貫ける人に深く憧れる。
「兄さん、俺たちはどうやら素敵な先生と知り合えたようだな」
「そうだね。でも流の高熱は辛かった。もう二度と嫌だ。ただ…それがあって海里先生とのご縁を繋げられた。海里先生を前にすると、僕の心はとても落ち着くんだ」
兄さんは心からそう思っているようだ。
「あぁ俺ももう熱はご免だ。心配をかけて悪かった。だが兄さんの役に立てたんだな。ところで先生の横に立っている人は?」
先生よりずっと背が低くて華奢な、それでいて品がある男性は誰だろう?
「あれは柊一さん、先生のパートナーだよ」
「パートナー? それはどういう意味だ?」
「それは……流の心の目で見てごらん。今の流ならきっとすぐに分かるよ」
兄さんは目を細め、静かに白い洋館の前で手を振る二人を見つめた。
「……夢が叶ったら、いつか僕たちも……」
兄さんが何か呟いた。
波音にかき消される程、小さな声で……
「え? 今、何か言ったか」
「あ、いや……お似合いだなと……」
兄さんが何かを認めるように、今度はハッキリと告げた。
「ん? あぁ……そうだ、それだ! あの二人はとてもお似合いだ」
二人の関係は正確には分からないが、ただ素直にそう思った。
どこまでも信頼し合っている者だけが醸し出せる空気を感じた。
「そうだな」
ん? 妙に世界が眩しいな。
海はあんなに綺麗な青色だったか。
海水はこんなに澄んだ透明だったか。
さっき兄さんが持たせてくれた『希望』が、胸の中でキラキラと輝いているから、目に見えるものが新鮮に感じるようだ。
俺が行きたい場所に、流れ着けるのかは分からない。
もしかしたら果てしない年月がかかるかもしれない。
だが、どうしても掴みたい夢がある。
この世に生きている間に、この手で!
兄さんを『翠』と呼び、この腕に抱きしめて思いっきり愛を注ぎたい。
見てはならぬ夢に希望の光を与えてくれた兄さんが、愛おしい。
肩を並べて波打ち際を歩いていると、兄さんが突然立ち止まった。
「あっ、何か踏んでしまったみたいだ」
「ん? どうした?」
兄さんの足下には、桜色の破片が散らばっていた。
「あぁ、これは桜貝だ」
「そうなの? 僕が割ってしまったようだね、悪いことをしたな」
「いや、こいつは最初から割れていたようだ。元々繊細で脆い貝だから気にするな」
「……そうなのか。まるで人の心のようだね」
その重たい口調に、兄さんの心境が伝わってくる。
今まで心ない言葉にずっと苦しめられていたと……
『言葉は人を刺す』
俺も兄さんを刺した一人だから分かる。アイツや嫁さんから酷い言葉をぶつけられ既にボロボロだった兄さんを更に追い詰めたのは、当時俺が吐き捨てた台詞だった。
言葉は、剣が人を殺すのと同じように、相手の人格をズタズタに傷つけてしまうのを、当時の俺はまるで分かっていなかった。
あの頃のオレはひとりよがりで最低な人間だった。
後悔している。
あんな風に意地悪して、兄さんを苦しめたことを。
だからこそ、これからは兄さんを癒やす言葉を沢山届けたい。
兄さんが俺に光を与えてくれたように、俺も兄さんの希望の光となり、いつか俺たちが流れ着く場所まで案内できる人になりたい。
「割れても離れるもんか。俺だったら真っ二つになっても、絶対に傍にくっついている」
「ふっ……頼もしいね、流みたいに強い思いがあれば願いも叶いそうだ。あ、そろそろ……」
来た道をゆっくり歩き出すと「おーい」と遠くからよく響く声で呼ばれた。
「あ、海里先生だ」
白衣をマントのように翻す長身の先生は、日本人離れしたスタイルで見惚れてしまう。
もうだいぶ高齢なのに、海里先生は生き生きとしている。
きっと愛に溢れた人生を送っている最中だからなのだろう。
人生を愛で貫ける人に深く憧れる。
「兄さん、俺たちはどうやら素敵な先生と知り合えたようだな」
「そうだね。でも流の高熱は辛かった。もう二度と嫌だ。ただ…それがあって海里先生とのご縁を繋げられた。海里先生を前にすると、僕の心はとても落ち着くんだ」
兄さんは心からそう思っているようだ。
「あぁ俺ももう熱はご免だ。心配をかけて悪かった。だが兄さんの役に立てたんだな。ところで先生の横に立っている人は?」
先生よりずっと背が低くて華奢な、それでいて品がある男性は誰だろう?
「あれは柊一さん、先生のパートナーだよ」
「パートナー? それはどういう意味だ?」
「それは……流の心の目で見てごらん。今の流ならきっとすぐに分かるよ」
兄さんは目を細め、静かに白い洋館の前で手を振る二人を見つめた。
「……夢が叶ったら、いつか僕たちも……」
兄さんが何か呟いた。
波音にかき消される程、小さな声で……
「え? 今、何か言ったか」
「あ、いや……お似合いだなと……」
兄さんが何かを認めるように、今度はハッキリと告げた。
「ん? あぁ……そうだ、それだ! あの二人はとてもお似合いだ」
二人の関係は正確には分からないが、ただ素直にそう思った。
どこまでも信頼し合っている者だけが醸し出せる空気を感じた。
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