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色は匂へど……

光を捉える旅 8

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 ん……眩しいな。

 朝日が顔にあたり、眩しくて目が覚めてしまった。

 なんだよ、もう朝なのか。

 せっかく、いい夢を見ていたのに。
 
 夢の内容はハッキリ覚えている。

 兄さんが優しい眼差しで俺を見つめ、そのまま瞼を誘うように閉じてくれた。だから俺は兄さんの唇にそっと自分の唇を重ねた。

 初めてのキスは蕩ける程に甘美な味わいだった。

 キスを許してもらえるなんて……感激のあまり、嬉し涙が出てしまった。

 そんな夢だった。

 正夢になる日は来ない夢から覚めてしまったことに、悔しさが込み上げてきた。

「流、おはよう。朝から不機嫌そうだな」

 突然兄さんの声が間近に聞こえ、ギョッとした。

 目を開けると、俺の寝顔をさっきからじっと覗き込んでいたようで照れ臭くもなった。

「に、兄さん、どうしたんだ? また具合でも悪いのか。それに俺が不機嫌そうって、何で分かったんだよ?」

 そこまで喋って、強烈な違和感を感じた。

 何かが違う。

 昨日までと決定的に。

 あ……分かったぞ。

 兄さんの目の輝きが違う。

 それに焦点が俺に合っている。

 ま、まさか……!!

「……実は、流の顔が見えるようになったんだ」
「ど、どういう事だ?」

 そんな……

 俺たちにとって喜ばしいニュースのはずなのに、俺の心は折れそうになっていた。そうか、とうとう来てしまったのか。この日が来るのを本当はずっと恐れていた。

「……本当に見えるのか」
「うん、今朝起きたら視力が自然に戻っていて驚いたよ」
「そ、そうか、よかったな……昨日溺れかけたのが、きっかけになったのかもな」
「……そうだね。とにかくほっとしたよ。流、今まで僕の目となってくれてありがとう。もう……ひとりでも大丈夫だよ」

 寂しことを言うんだな。兄さん……

 今の俺にその言葉は駄目だろう。

 ひとりで大丈夫だなんて、間違っても言うなよ!!

「本当に大丈夫なのか」
「え……どういう意味?」
「兄さんはもう俺が必要じゃないのか。いいのか、前みたいな関係にまた戻っても」

 わざと意地悪な言い方をしてしまった。

「違う……あれは……もう嫌だ!」

 すると兄さんにしては珍しく、感情を昂らせて拒否した。

 お、おい……まるで泣き出しそうな蒼白な顔色で、こっちが心配になる。

「兄さん、なんでそんなムキになるんだよ」
「嫌だからだ! もう二度とあんな冷えた関係は嫌なんだ……」
「お、落ち着けって。じゃあ兄さんこそ、目が見えたら全て終わりみたいな言い方はよせ」
「でも……迷惑だろう? いつまでもお前に頼っていては」
「俺は兄さんのサポートに徹したい。俺の一生を兄さんに捧げたい」

 これは本心だ。

 翠以外の人間には恋愛感情を抱けない。

 ただひたすらにまっすぐに、翠だけを見ている。

 だから深い関係になれなくても、傍に居続けたい。

 それが俺の生き甲斐だ。

「そんな大袈裟な……一生だなんて」

 今までだったら「そんなの絶対に駄目だ。流には流の人生を歩んで欲しい」と言い放っただろう。

 だが今日の兄さんは、その先の言葉を言わなかった。

「駄目じゃないんだろう? 兄さん、もう素直になれよ」
「う……嘘みたいだ。僕は離婚して戻ってきた。もうどこにも行かない。行くつもりはない! 目が見えるようになったのだから、これからは住職としてしっかり月影寺で生きて行く。それには……どうしても流が必要なんだ。だから……だから……ずっと僕の傍にいてくれないか」

 兄さんからの告白にも等しい、嬉しい言葉だった。

「あぁ、大丈夫だ。俺はずっと傍にいるよ。兄さんの世話、目が見えるようになっても続けていいだろう?」
「……ありがとう。流……僕はずっと……視力が回復したら全て終わってしまうと思っていたが、そうではないんだな」
「あぁ、俺たちの新たな始まりだ」
「始まり?」
「この先はずっと一緒だ」

 兄さんは俺を見つめて、ほろりと美しい涙を流した。

 その視線は逸らされることなく俺に向けられ、その瞳の中には俺がちゃんと映っていた。

 あぁ、俺は兄さんにずっとこんな風に見てもらいたかった。

 躊躇わずに真っすぐに、俺を求めるように見つめて欲しかった。

 それが叶ったのか。

 俺は兄さんの光になれたのか。

 ならば……再び目が見えるようになった今が、始まりの時だ!



                       『光を捉える旅』 了
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