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忍ぶれど……
忘れ潮 5
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夢中で材木を割っていると、ふと人の気配を感じたので顔をあげた。
「兄さん……?」
目を細め中庭をじっと見つめるが誰もいなかった。でも何故か、兄さんが俺を見ていたような気がした。
ふっ、馬鹿なことを。
兄さんが俺の所に来るはずないじゃないか。あの日から徹底的に無視し、突き放したのは俺の方だ。今頃……兄さんはもう呆れているだろう。俺のことなど忘れて、東京のマンションで嫁さんと息子と家族水入らず、仲良く暮らしているはずだ。
「くそっ、気が散ったな」
作業を中断して、大きく伸びをした。
「今日はここまでとするか」
ざっと木片の片づけをして、造りかけの茶室を仰ぎ見た。
ここはもともとは寺の庭師のために建てられた小屋だったそうだが、長い年月と共に廃屋になっていた。
俺と兄さんはたまにやって来て将来の夢を語り合った。俺たち兄弟にとって、ここは秘密基地のような場所だった。
……
「流は、東京の美術系の大学に進学するの?」
「いや、神奈川にある大学を受験する。ここから通えるようにな」
「そうか。僕も大学を卒業したらこの寺で修行するから、一緒にいられるね」
「そうだな。それにしても兄さんの夢は相変わらずだな」
「僕はね、この寺が大好きなんだ。だから……ずっとここにいたいよ。いずれ父さんの跡も継ぎたい」
「その夢、気に入った。兄さんはずっとここにいろ!」
「ふふ、命令?」
「お願いだ」
「うん、僕も流と一緒にいたいし、そうするよ」
……
あの頃の兄さんは、この寺を継ぐことしか考えてなかったはずなのに、何故このような事になってしまったのか。思い返せば、あの忌々しい克哉との事件から全ての歯車がおかしくなった。
いや、もう考えても無駄だ。過ぎ去ったことだ。
兄さんとの関係は拗れて、もう元には戻らないのだから。
俺をあのマフラーのように捨てて、東京に帰ったのは兄さんだ。
イライラした気持ちで中庭を突っ切ろうとした時、ちょうど中庭のから奥庭へ通じる道端に、何か小さな袋が落ちているのが目に留まった。
それを拾って、まじまじと見つめて驚愕した。
「こっ、これは兄さんのお守りじゃないか! 間違いない。あの大銀杏の神社で買ってあげたものだ。一体どうして……これが今更こんな場所に?」
昨日は雨だったが全く濡れてない。むしろふわっと兄さんの温もりを感じるようだった。
さっきの視線、本当に兄さんだったのか。まさか、ここに来ていたのか。こんな休みの日にわざわざ? だが何で話しかけてくれない? ここに何をしに来たんだよ?
慌ててお守りを握りしめ山門を駆け降りたが、もう姿は見えなかった。更に国道を駅方面に走って探してみたが、兄さんの姿は見えなかった。
……会いたかった。本当は会いたくて逢いたくて、待っていたのは俺の方だ。そう痛感した。すれ違ってしまった時を元に戻したいと願っているのも俺だ。だがきっかけが掴めない。
「翠……」
決して呼んではいけない呼び方をした。
まるで恋人のように、兄さんを呼んだ。
「翠、翠、どこだ? どこにいる?」
結局そのまま駅まで走ったが、ホームにも兄さんはいなかった。
もう電車に乗って帰ってしまったのか。
そうだよな、きっとそうだ。
そのままふらふらと俺は歩き出した。
少し海風に当たりたくなり由比ヶ浜の海を目指した。
毎年のように兄さんと夏休みになると遊びに行った場所だ。
まだ何も俺たちを遮るものがない、良い時代だった。
兄さんに会えないのなら……せめて兄さんとの思い出の欠片を拾いたくて。
「兄さん……?」
目を細め中庭をじっと見つめるが誰もいなかった。でも何故か、兄さんが俺を見ていたような気がした。
ふっ、馬鹿なことを。
兄さんが俺の所に来るはずないじゃないか。あの日から徹底的に無視し、突き放したのは俺の方だ。今頃……兄さんはもう呆れているだろう。俺のことなど忘れて、東京のマンションで嫁さんと息子と家族水入らず、仲良く暮らしているはずだ。
「くそっ、気が散ったな」
作業を中断して、大きく伸びをした。
「今日はここまでとするか」
ざっと木片の片づけをして、造りかけの茶室を仰ぎ見た。
ここはもともとは寺の庭師のために建てられた小屋だったそうだが、長い年月と共に廃屋になっていた。
俺と兄さんはたまにやって来て将来の夢を語り合った。俺たち兄弟にとって、ここは秘密基地のような場所だった。
……
「流は、東京の美術系の大学に進学するの?」
「いや、神奈川にある大学を受験する。ここから通えるようにな」
「そうか。僕も大学を卒業したらこの寺で修行するから、一緒にいられるね」
「そうだな。それにしても兄さんの夢は相変わらずだな」
「僕はね、この寺が大好きなんだ。だから……ずっとここにいたいよ。いずれ父さんの跡も継ぎたい」
「その夢、気に入った。兄さんはずっとここにいろ!」
「ふふ、命令?」
「お願いだ」
「うん、僕も流と一緒にいたいし、そうするよ」
……
あの頃の兄さんは、この寺を継ぐことしか考えてなかったはずなのに、何故このような事になってしまったのか。思い返せば、あの忌々しい克哉との事件から全ての歯車がおかしくなった。
いや、もう考えても無駄だ。過ぎ去ったことだ。
兄さんとの関係は拗れて、もう元には戻らないのだから。
俺をあのマフラーのように捨てて、東京に帰ったのは兄さんだ。
イライラした気持ちで中庭を突っ切ろうとした時、ちょうど中庭のから奥庭へ通じる道端に、何か小さな袋が落ちているのが目に留まった。
それを拾って、まじまじと見つめて驚愕した。
「こっ、これは兄さんのお守りじゃないか! 間違いない。あの大銀杏の神社で買ってあげたものだ。一体どうして……これが今更こんな場所に?」
昨日は雨だったが全く濡れてない。むしろふわっと兄さんの温もりを感じるようだった。
さっきの視線、本当に兄さんだったのか。まさか、ここに来ていたのか。こんな休みの日にわざわざ? だが何で話しかけてくれない? ここに何をしに来たんだよ?
慌ててお守りを握りしめ山門を駆け降りたが、もう姿は見えなかった。更に国道を駅方面に走って探してみたが、兄さんの姿は見えなかった。
……会いたかった。本当は会いたくて逢いたくて、待っていたのは俺の方だ。そう痛感した。すれ違ってしまった時を元に戻したいと願っているのも俺だ。だがきっかけが掴めない。
「翠……」
決して呼んではいけない呼び方をした。
まるで恋人のように、兄さんを呼んだ。
「翠、翠、どこだ? どこにいる?」
結局そのまま駅まで走ったが、ホームにも兄さんはいなかった。
もう電車に乗って帰ってしまったのか。
そうだよな、きっとそうだ。
そのままふらふらと俺は歩き出した。
少し海風に当たりたくなり由比ヶ浜の海を目指した。
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まだ何も俺たちを遮るものがない、良い時代だった。
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