上 下
67 / 236
忍ぶれど……

父になる 2

しおりを挟む
「じゃあ、翠さんお留守番よろしくね。あー 久しぶりの外出で嬉しいわ」
「うん、ゆっくりお義母さんと買い物をしてくるといいよ」
「ありがとう。薙くんが起きて泣いたら、おむつかミルクね。教えたから大丈夫よね?」
「たぶん……」

 出産内祝いの手配のために彩乃さんが出かけてから、暫くは薙はいい子に眠っていた。

 僕も久しぶりに一人になれてほっとしていた。

 ところがソファで一時間ほど読書をした頃に、突然火が付いたように薙が泣き出してしまった。
 
 「わっ、薙……どうした? 参ったな」

 ベビーベッドの薙を見下ろせば、楓の葉っぱのような小さな手をぎゅっと握りしめて、目から涙をポロポロ流している。

 顔も体も真っ赤に染め、身体全体を使って……大泣きになってしまった。

「よしよし……えっと、抱っこ……かな?」

 僕がおそるおそる胸に抱くと、赤ん坊の薙は泣きながら僕の胸に顔を押し付け、僕のシャツをぎゅっとその手で握りしめてくれた。赤ん坊特有の匂いがふわっと香った。
 
「わっ……可愛い! こんなに小さいんだな」

 我が子がこんなに可愛いなんて。

 じわじわと湧きあがる愛おしさを感じ、沈んでいた心が解けていく。

「薙……なぎ……君は僕の息子だ……大切な宝物だ」

 そう口に出すと、無性に一緒に泣きたい気持ちになった。

 ところが抱っこでは薙は一向に泣き止まない。ますます泣き方がひどくなってきたので、彩乃さんのアドバイスを思い出し、おむつを替えてみた。それから哺乳瓶のミルクを与えてみた。でも駄目だ。泣き止まないので困ってしまう。手も足も必死にバタつかせて、真っ赤な顔で泣き叫んでいる。

「どうしよう……困ったな」

 僕は薙を横抱きにしながら、部屋を右往左往した。
 
 この子は僕がいないと生きていけない程、小さな存在だ。

 大事にしたいし、大事にする。

 もう二度と間違いたくないよ。

 流とは結局あのままだ。

 薙が生まれた日に会ってから音沙汰がない。

 月影寺で毎日共に過ごした、あの和やかな日々は帰ってこない。

 流はずっと怒っている。

 僕はそれが本当に辛くて寂しくて、思わず薙と一緒に泣いてしまいそうになった。

 涙がじわっと浮かび零れ落ちそうになった時に、突然インターホンが鳴ったので、彩乃さんの帰宅が早まったのかと縋る思いで、泣いている薙を片手に玄関の扉を開いた。

 ところが驚いたことに、そこには流が立っていた。

「流……なんで」

 心臓が口から出そうな程、驚いた。

「なんだよ! 来ちゃ悪かったか」
「いや、驚いただけ……」
「……今日は彩乃さんがいなくて、兄さんが一人で子守りだから手伝えと、母さんからのお達しで来た」
「そ……そうか、すごく嬉しいよ」

 流は僕から目を逸らし、胸元で大泣きしている薙のことを見つめて、ふっと口元を緩めた。

 あ……笑った? 

 久しぶりに流の笑顔を見た気がした。

「コイツ、ずいぶん派手に泣いてんな」
「あっ……うん、それがね、おむつもミルクもやったのに泣き止まなくて、困っているんだ」
「……あがっていいか」
「もちろんだよ」

 嬉しかった。淡々とした会話だが、流が僕とまともに会話をしてくれている。それだけで満ち足りたような気持になった。本当にいつぶりだろう。普通に話してくれるのは……
 
「ほら、貸してみろよ」

 薙をひょいと抱き上げた流が、器用に薙をゆりかごのように揺らしていけば、自然と泣き止んでいく。

「えっ、なんで? どうして?」
「兄さんの抱き方が悪い」
「そっ、そうなのか。どこが悪かった? っていうか、なんで流はそんなに上手いんだ?」
「……寺の檀家さんちで、習ってきた」
「えっ」

 もしかして……僕のために? 

 そんな風に考えてしまうのは奢りだろうか。

 流が僕のために何かをしてくれる。

 そのことがあまりに久しぶりで嬉しくて泣きそうだ。

「兄さん。聞いてんのか。ほらコツ教えてやるから」
「うっ、うん」
「まず、赤ん坊に対して腕はこうだ」

 あ……流が僕にまた触れてくれた。

 温かい。流の手はいつだって温かかった。それを思い出した。

「こう? あれっ?」

 抱き方が悪かったのか、また薙がムズムズと泣き出してしまった。

「あーもう、不器用だな、兄さんは。角度が急すぎるんだよ」
「え……こうかな?」
「そうそう。そのま身体をゆっくり横に揺らして」
「これでいい?」
「もっとリズムにのって」
「う……うん?」
「こうだ」

 流が僕の背後から腕をまわして、薙ごと包み込むような感じで、ゆっくりと僕を揺らしてくれた。

「あ……」

 流が触れてくれるだけで、僕の胸は何故こんなに熱くなるのか。

 弟に対して不思議な感情が湧いて戸惑ってしまった。

 でも嬉しい感情の方がずっとずっと強かった。

「兄さんいいぞ。その調子」

 泣いていた薙は次第に落ち着いて瞼を閉じ、まどろんでいく。

 僕の沈んでいた心も、流が来てくれたお陰で、どんどん浮上していく。

 僕の方から突き放したのに、僕はこんなにも流を待っていたのだと、痛感してしまった。

「流……ありがとう。流……」

 僕は何度も流の名を呼んでしまった。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

弟の可愛さに気づくまで

Sara
BL
弟に夜這いされて戸惑いながらも何だかんだ受け入れていくお兄ちゃん❤︎が描きたくて…

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...