夕凪の空 京の香り

志生帆 海

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第四章

心根 こころね 12

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 朝はもう来ない。

 きっと……もう見られない。

 真っ暗闇の世界で……痛む心臓を右手で押さえ天を見上げれば、空には不気味な月が昇っていた。

 いよいよ……俺を冥途へ誘おうとやってきたのか。

 怖い。

 だがもっとよく目を凝らせば、その月の傍に二つの星が仲良く瞬いていた。

 あれは、※金星、銀星とも言われるふたご座の中の明るい星だ。

※神話にも登場する兄弟星のこと。ふたつ仲良く並んで輝いています。

 俺は……あそこに行くのか。

 いよいよ旅立つのか。

 そのままじっと夜明けまで、兄弟星を見つめていた。

 兄弟……兄さん……湖翠……

 湖翠の弟として生まれ過ごした二十八年間が、走馬灯のように思い出される。

 美しく聡明な兄。自慢の兄。
 両親が急死してから親代わりに俺を育ててくれた頼もしい兄。

 でも、本当は寂しがりやで人肌を欲する儚い人だってこと知っていた。だからずっと二人で支えあって生きていこうと誓っていた。

 その癖、兄弟の禁忌を超える勇気がなくて、結局いつまでも待たせてしまった。

 結局……世間の目が怖くて……兄を守る弟として生きていくつもりだった。

 だが本当は……相思相愛だったのだ。

 命の期限を知って、初めて一線を越える勇気を得るなんて……

 俺は意気地なしだった。

 馬鹿だった。

 最後に湖翠を騙すようにして抱いてしまった罪深さよ。

 全部、俺が被るから。

 あなたには幸せだけが残るように……

 願っている。


 とうとう……きつい痛みを我慢できず、呻き声をあげてしまった。

「ううっ……」

「流水さんっ苦しいのですか」

 その振動に夕凪が飛び起き、俺のことを見た途端、必死の形相になった。

「……ゆ……う……」

 喋ろうと思ったが、もう肺が押し潰されそうで、声がほとんど出ない状態だった。だが何故か、頭の中は冷静だった。

 早く……告げないと……俺がいなくなった後のこと。


「お……わかれ……だ。どうか……ここに……おれの墓を……つくってくれ」

「そんなっ……湖翠さんにはどうしたら」

「絶対に……言わないで……くれよ。おれがいなくなること……さとられるな」

「なんてこと……を」

「……きっといつかあえるから……そのとき……あやまる……から」

 
 やがて東の空が明るくなってきた。

 ゆっくりと大地が動く。

 暗闇の世界に差し込む光。

 いつか俺たちにもこんな夜明けが来る。

 そう信じて……いる。

 夜明け。

 夜明けを目指すんだ。今度は。

 絶対また逢いにいくから。

 待っていてくれ。

 必ず一番近いところに産まれるから。

 今度こそ、結ばれよう。

 俺たち……幸せになろう。

 暁から東雲(しののめ)へ。

 そしてやがて曙。

 次々と美しく色づいていく世界を夢見て

 光に向かって、手を必死に伸ばした。

 未来を掴みたくて……

「流水さん……っ」

 遠くに悲痛な夕凪の叫び声が聞こえる。


 俺は光の中に溶けていく。

 夜明けに身を溶かしていく。

 さよなら……
 夕凪。

 さよなら……
 兄さん。

 心の奥底の……俺の本当の心を告げたい人はあなただけ。



 あなたは俺が生涯でただ一人愛した人。

 俺が次の世でも愛する人。

 湖翠……

 必ずまた逢おう……



『心根 こころね』了







****

志生帆海より

切ない展開ですが、この二人の想いは『重なる月』の蜜月旅行編以降で昇華されていきます。
合わせて読んでいただけると、納得していただけるのではと思って、日々更新しております。

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