夕凪の空 京の香り

志生帆 海

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第四章

心根 こころね 3

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 行く当てもない寂しい旅だった。

 一生傍にいたいと思った人を捨てて飛び出したのだから、当然か。

 余命幾許もない。

 もう湖翠の傍にいれないのなら、やりたいことなんて何もない。

 俺の心臓はもう限界だ。

 最後の力は湖翠を抱くことで使い果たした。

 最悪だが、これが俺の中では最上の別れ方だった。

 湖翠を残してあの世へ逝かねばならない姿だけは、決して晒したくなかった。

 許してくれ。

 酷いことをした俺を……

 電車に揺られながら、北鎌倉の朝を思い出していた。

……

 抹茶に睡眠薬を忍ばせ、湖翠の意識を奪った状態で、男同士、兄弟同士で深く交わった。

 とうとう禁断の果実を俺は味わってしまった。

 やがて夜が明ける頃、まだ薬が抜けない湖翠の躰を清め、清潔な浴衣に着替えさせた。

 湖翠のしなやかな躰……もう見納めだ。

 俺がつけてしまった痣のような痕が、障子越しの朝日に照らされ浮かび上がった。

 こんなものを残したら苦しめるだけなのに、一生消えなければいいとすら思ってしまう酷い人間だ。

 心臓の下の一際鮮やかに咲いた花のような痕を、そっと指先で撫でた。ずっと消えなければいいのに……ここだけは。

 これが今生で湖翠の生身に触れる最期だ。

 お別れだ、湖翠。

 俺の溢れんばかりの精を受け止めてくれてありがとう。

 俺はいなくなるが、お前の中に宿って生きて行く。

 傍にいるから……ずっと。

 だからきっといつか再会しよう。

 一番近いところに、また生まれて来るから。

……

 どこへ行こうかなんて決めてなかった。

 誰にも見つからないところで、この命をひっそりと終わらすことが出来ればいいと思った。

 北鎌倉から西へ汽車に乗り、心の赴くままに海が見える駅で降りた。

 それから松林を彷徨い歩いた。

 砂浜に足を取られ息が上がる度に、心臓が締め付けられるように痛かった。

 あと何日持つのだろうか。

 飲んでももう無駄だと悟り、薬も断っている。

「はぁ……はぁ…」

 自分の苦し気な吐息と波の音しかしない世界だ。

 あぁ……でも……潮の匂いがする。

 湖翠と肩を並べて眺めた由比ヶ浜の海岸を思い出す。

 俺が死んだら、この波が俺の魂を拾ってくれるだろうか。

 そんな想いを抱き、松の木に躰をもたれさせた。


「湖翠……」

 その名を呼べば、近くにいけるような気がして、何度も何度も繰り返し呼んだ。
 
 声が枯れるまで……

 命が枯れるまで呼び続けようと思った。



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