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第三章
夜のしじま 1
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月影寺に夜の:帳(とばり)が下り、夜の:静寂(しじま)が広がっていく。
辺りは真っ暗で、虫の音も聴こえない程の静かな夜。
僕は一人仏間にて目を閉じて、じっと夕凪の行く末を案じていた。
夕凪は覚悟の上なのだ。
止めることは出来なかった。
律矢さんに夕食を部屋に運ぶと言って台所にやってきた夕凪の顔が、緊張で強張っていた。
心配だったが見て見ぬふりをしていると、信二郎にそっと声を掛けていた。
聞くつもりはなかったのに、障子を隔てて聴こえてしまったのだ。
夕凪の思いつめた声色。そして内容……すぐにその先の決意が見えて来た。
そんな……君は二人の男性に、その身を委ねるというのか。
初めて赤子の夕凪をこの腕に抱いたあの瞬間を、今でも克明に思い出すことが出来る。乳飲み子の頼りない温もりが、今でも忘れられない。
夕凪は血は繋がっていないのに、まるで肉親のような存在だった。いつも楓のような手を懸命に開き、僕に抱かれるときゅっとしがみついてくれた可愛い仕草。
本当に手放したくなかった。
養子になんて出したくなかった。
この寺でずっと実の弟のように育てたかった。
それがまさか……あんな姿で僕の元へ戻ってくるなんて思いもしなかった。
見ず知らずの男に無残にも犯され、身も心もズタズタに切り裂かれ……傷心しきった夕凪。そんな君のことを精一杯守ってやりたくて、この一年間籠の中の鳥のように大事に閉じ込めてしまったのだ。
だが……とうとうそんな夕凪を迎えに二人の男がやってきた。
この一年、僕が夕凪を外の世界にほとんど触れさせないでいた間、懸命に探し続け、ようやく辿り着いた人たちだ。無下には扱えない。
二人とも夕凪のことを心から愛してくれているのが手に取るように分かる。
近いうちにきっと二人のどちらかを選び、この寺を去ってしまうのだろうと覚悟はしていたのに、まさか二人を同時に愛そうとするなんて。
今は何も聴きたくない。
客人のいる離れから嫌でも漏れて来てしまう……甘い声を。
ふっ……本当に寂しいものだな。束の間の時間だった。運命的な再会からこの一年間共に過ごし、僕に心から懐いてくれた可愛い夕凪。君は間もなく二人と共にこの寺を離れ、京都へ帰っていくのだろう。育った場所に愛する人と帰ろうとする君を、僕は引き留めることは出来ない。
寂しくなるな。
だが僕は一人きりではない。
僕の傍には流水がいる。
流水がいるから耐えられる。
夕凪をこの手から、この寺から再び手放すことが出来るのだ。
だが流水……僕の血を分けた弟の君は駄目だ。
絶対に手放したくない。
傍にいてくれればいい。
多くは望まない。
血を分けた弟に抱くこの邪な想い。
僕が抱いてしまった許されない想いを告げるようなことはしないから、だからずっと傍にいて欲しい。
僕は本当は闇夜が怖い……弱くてちっぽけな人間なんだ。
仏間で袈裟の裾を握りしめながら孤独に耐えていると、ぼうっと蝋燭の灯りが近づいて来た。
「湖翠兄さんですか。そこにいるのは」
その時、温かい声がした。
孤独に苛まれる僕を救い出してくれるのは、この優しく暖かい声の主。
僕の流水だ。
****
おはようございます。志生帆 海です。いつも読んでくださってありがとうございます。
今回の話は『重なる月』に登場する流さんと翠さんに、リンクしていく部分になります。
ようやく次の展開に入ることが出来ました。
辺りは真っ暗で、虫の音も聴こえない程の静かな夜。
僕は一人仏間にて目を閉じて、じっと夕凪の行く末を案じていた。
夕凪は覚悟の上なのだ。
止めることは出来なかった。
律矢さんに夕食を部屋に運ぶと言って台所にやってきた夕凪の顔が、緊張で強張っていた。
心配だったが見て見ぬふりをしていると、信二郎にそっと声を掛けていた。
聞くつもりはなかったのに、障子を隔てて聴こえてしまったのだ。
夕凪の思いつめた声色。そして内容……すぐにその先の決意が見えて来た。
そんな……君は二人の男性に、その身を委ねるというのか。
初めて赤子の夕凪をこの腕に抱いたあの瞬間を、今でも克明に思い出すことが出来る。乳飲み子の頼りない温もりが、今でも忘れられない。
夕凪は血は繋がっていないのに、まるで肉親のような存在だった。いつも楓のような手を懸命に開き、僕に抱かれるときゅっとしがみついてくれた可愛い仕草。
本当に手放したくなかった。
養子になんて出したくなかった。
この寺でずっと実の弟のように育てたかった。
それがまさか……あんな姿で僕の元へ戻ってくるなんて思いもしなかった。
見ず知らずの男に無残にも犯され、身も心もズタズタに切り裂かれ……傷心しきった夕凪。そんな君のことを精一杯守ってやりたくて、この一年間籠の中の鳥のように大事に閉じ込めてしまったのだ。
だが……とうとうそんな夕凪を迎えに二人の男がやってきた。
この一年、僕が夕凪を外の世界にほとんど触れさせないでいた間、懸命に探し続け、ようやく辿り着いた人たちだ。無下には扱えない。
二人とも夕凪のことを心から愛してくれているのが手に取るように分かる。
近いうちにきっと二人のどちらかを選び、この寺を去ってしまうのだろうと覚悟はしていたのに、まさか二人を同時に愛そうとするなんて。
今は何も聴きたくない。
客人のいる離れから嫌でも漏れて来てしまう……甘い声を。
ふっ……本当に寂しいものだな。束の間の時間だった。運命的な再会からこの一年間共に過ごし、僕に心から懐いてくれた可愛い夕凪。君は間もなく二人と共にこの寺を離れ、京都へ帰っていくのだろう。育った場所に愛する人と帰ろうとする君を、僕は引き留めることは出来ない。
寂しくなるな。
だが僕は一人きりではない。
僕の傍には流水がいる。
流水がいるから耐えられる。
夕凪をこの手から、この寺から再び手放すことが出来るのだ。
だが流水……僕の血を分けた弟の君は駄目だ。
絶対に手放したくない。
傍にいてくれればいい。
多くは望まない。
血を分けた弟に抱くこの邪な想い。
僕が抱いてしまった許されない想いを告げるようなことはしないから、だからずっと傍にいて欲しい。
僕は本当は闇夜が怖い……弱くてちっぽけな人間なんだ。
仏間で袈裟の裾を握りしめながら孤独に耐えていると、ぼうっと蝋燭の灯りが近づいて来た。
「湖翠兄さんですか。そこにいるのは」
その時、温かい声がした。
孤独に苛まれる僕を救い出してくれるのは、この優しく暖かい声の主。
僕の流水だ。
****
おはようございます。志生帆 海です。いつも読んでくださってありがとうございます。
今回の話は『重なる月』に登場する流さんと翠さんに、リンクしていく部分になります。
ようやく次の展開に入ることが出来ました。
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