夕凪の空 京の香り

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
118 / 171
第三章

夜のしじま 1

しおりを挟む
 月影寺に夜の:帳(とばり)が下り、夜の:静寂(しじま)が広がっていく。

 辺りは真っ暗で、虫の音も聴こえない程の静かな夜。
 僕は一人仏間にて目を閉じて、じっと夕凪の行く末を案じていた。

 夕凪は覚悟の上なのだ。
 止めることは出来なかった。

 律矢さんに夕食を部屋に運ぶと言って台所にやってきた夕凪の顔が、緊張で強張っていた。
 心配だったが見て見ぬふりをしていると、信二郎にそっと声を掛けていた。

 聞くつもりはなかったのに、障子を隔てて聴こえてしまったのだ。

 夕凪の思いつめた声色。そして内容……すぐにその先の決意が見えて来た。

 そんな……君は二人の男性に、その身を委ねるというのか。

 初めて赤子の夕凪をこの腕に抱いたあの瞬間を、今でも克明に思い出すことが出来る。乳飲み子の頼りない温もりが、今でも忘れられない。

 夕凪は血は繋がっていないのに、まるで肉親のような存在だった。いつも楓のような手を懸命に開き、僕に抱かれるときゅっとしがみついてくれた可愛い仕草。

 本当に手放したくなかった。
 養子になんて出したくなかった。
 この寺でずっと実の弟のように育てたかった。

 それがまさか……あんな姿で僕の元へ戻ってくるなんて思いもしなかった。

 見ず知らずの男に無残にも犯され、身も心もズタズタに切り裂かれ……傷心しきった夕凪。そんな君のことを精一杯守ってやりたくて、この一年間籠の中の鳥のように大事に閉じ込めてしまったのだ。

 だが……とうとうそんな夕凪を迎えに二人の男がやってきた。

 この一年、僕が夕凪を外の世界にほとんど触れさせないでいた間、懸命に探し続け、ようやく辿り着いた人たちだ。無下には扱えない。

 二人とも夕凪のことを心から愛してくれているのが手に取るように分かる。

 近いうちにきっと二人のどちらかを選び、この寺を去ってしまうのだろうと覚悟はしていたのに、まさか二人を同時に愛そうとするなんて。

 今は何も聴きたくない。

 客人のいる離れから嫌でも漏れて来てしまう……甘い声を。

 ふっ……本当に寂しいものだな。束の間の時間だった。運命的な再会からこの一年間共に過ごし、僕に心から懐いてくれた可愛い夕凪。君は間もなく二人と共にこの寺を離れ、京都へ帰っていくのだろう。育った場所に愛する人と帰ろうとする君を、僕は引き留めることは出来ない。

 寂しくなるな。

 だが僕は一人きりではない。
 僕の傍には流水がいる。

 流水がいるから耐えられる。
 夕凪をこの手から、この寺から再び手放すことが出来るのだ。

 だが流水……僕の血を分けた弟の君は駄目だ。
 絶対に手放したくない。

 傍にいてくれればいい。
 多くは望まない。

 血を分けた弟に抱くこの邪な想い。

 僕が抱いてしまった許されない想いを告げるようなことはしないから、だからずっと傍にいて欲しい。

 僕は本当は闇夜が怖い……弱くてちっぽけな人間なんだ。

 仏間で袈裟の裾を握りしめながら孤独に耐えていると、ぼうっと蝋燭の灯りが近づいて来た。

「湖翠兄さんですか。そこにいるのは」

 その時、温かい声がした。

 孤独に苛まれる僕を救い出してくれるのは、この優しく暖かい声の主。

 僕の流水だ。





****

おはようございます。志生帆 海です。いつも読んでくださってありがとうございます。
今回の話は『重なる月』に登場する流さんと翠さんに、リンクしていく部分になります。
ようやく次の展開に入ることが出来ました。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

あなたが好きでした

オゾン層
BL
 私はあなたが好きでした。  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕いしておりました。  これからもずっと、このままだと、その時の私は信じて止まなかったのです。

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

浮気性のクズ【完結】

REN
BL
クズで浮気性(本人は浮気と思ってない)の暁斗にブチ切れた律樹が浮気宣言するおはなしです。 暁斗(アキト/攻め) 大学2年 御曹司、子供の頃からワガママし放題のため倫理観とかそういうの全部母のお腹に置いてきた、女とSEXするのはただの性処理で愛してるのはリツキだけだから浮気と思ってないバカ。 律樹(リツキ/受け) 大学1年 一般人、暁斗に惚れて自分から告白して付き合いはじめたものの浮気性のクズだった、何度言ってもやめない彼についにブチ切れた。 綾斗(アヤト) 大学2年 暁斗の親友、一般人、律樹の浮気相手のフリをする、温厚で紳士。 3人は高校の時からの先輩後輩の間柄です。 綾斗と暁斗は幼なじみ、暁斗は無自覚ながらも本当は律樹のことが大好きという前提があります。 執筆済み、全7話、予約投稿済み

友人とその恋人の浮気現場に遭遇した話

蜂蜜
BL
主人公は浮気される受の『友人』です。 終始彼の視点で話が進みます。 浮気攻×健気受(ただし、何回浮気されても好きだから離れられないと言う種類の『健気』では ありません)→受の友人である主人公総受になります。 ※誰とも関係はほぼ進展しません。 ※pixivにて公開している物と同内容です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

ひとりぼっちの180日

あこ
BL
付き合いだしたのは高校の時。 何かと不便な場所にあった、全寮制男子高校時代だ。 篠原茜は、その学園の想像を遥かに超えた風習に驚いたものの、順調な滑り出しで学園生活を始めた。 二年目からは学園生活を楽しみ始め、その矢先、田村ツトムから猛アピールを受け始める。 いつの間にか絆されて、二年次夏休みを前に二人は付き合い始めた。 ▷ よくある?王道全寮制男子校を卒業したキャラクターばっかり。 ▷ 綺麗系な受けは学園時代保健室の天使なんて言われてた。 ▷ 攻めはスポーツマン。 ▶︎ タグがネタバレ状態かもしれません。 ▶︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

身の程なら死ぬ程弁えてますのでどうぞご心配なく

かかし
BL
イジメが原因で卑屈になり過ぎて逆に失礼な平凡顔男子が、そんな平凡顔男子を好き過ぎて溺愛している美形とイチャイチャしたり、幼馴染の執着美形にストーカー(見守り)されたりしながら前向きになっていく話 ※イジメや暴力の描写があります ※主人公の性格が、人によっては不快に思われるかもしれません ※少しでも嫌だなと思われましたら直ぐに画面をもどり見なかったことにしてください pixivにて連載し完結した作品です 2022/08/20よりBOOTHにて加筆修正したものをDL販売行います。 お気に入りや感想、本当にありがとうございます! 感謝してもし尽くせません………!

処理中です...