夕凪の空 京の香り

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
22 / 171
第一章

はだける 5

しおりを挟む
 頬に強い衝撃を受けて目から火花が飛び散った。そのまま地面に倒れ込むと、すかさず男が俺に跨り、もう一人は俺の手を頭上で一つに拘束してくる。

「くっ……やめっ」

 衝撃で唇が切れたようで、口腔内にじんわりと血の味が広がっていく。冗談じゃない! こんな所で、こんな奴らに襲われるなんて!

 だが二人がかりで屈強な男に抑え込まれては身動きも取れない。本当にこのままじゃ犯されてしまう!

「くそっこいつっ暴れるなよ! 静かにしろっ」
「やめろ! 」

 男の手が浴衣の袂から入ってくると、そのおぞましいカサついた指の感覚に背筋が凍るようだ。太腿を鷲掴みにされたかと思うと、ゆっくりと撫であげてくる。

 気持ち悪い……

「くっ……信二郎! 信二郎! 」

 届かぬかもしれない。だが信二郎の名前を呼び続けることが俺に出来る唯一の抵抗だった。両足を掴まれ左右に広げられ、まるで男のそこを受け入れる女のような姿にさせられて、恐怖と気持ち悪さで身震いした。

 もう駄目だ! 悔しい!

 こんな奴らに触れられて自由を奪われ無理矢理、男娼のように扱われて、自尊心がズタズタになっていく。

 だが、もう一度……もう一度声を絞る。
 助けて欲しい。信二郎……お前だから許した躰なんだ。

「うっ……うっ」

ドンっ!
ドスッ!

「おい! お前ら何やってるんだ! どけ!!」

 もう駄目だと諦めの境地で俺は目を瞑りその恐ろしい行為から目を逸らした瞬間、突然俺に跨っていた男が横にすっ飛び、ぐぅっとつぶれるような音を立て崩れ落ちた。

「うわぁ! やべえ、逃げろ! 」

 もう一人の男は俺を押さえつけていた手を離し、怯えたように後ずさりしていく。目を開けて何が起きたかとあたりを見回すと、足元に一人の男が立っていた。一糸乱れぬ涼し気な表情を浮かべている。

 その男は、信二郎と同じくらいの背格好の青年だった。

「君、大丈夫か」
「…あっ……な……んとか」

 まだ恐怖で引き攣って、舌がわまらない。

「良かったよ。危なかったな。でもこんな夜道を無防備な姿で歩いていては危ないな」
 
 その男ははだけた俺の浴衣を慣れた手つきで直してながら、ポンポンとあやすように頭を軽く叩いた。それから顎を掬われ顔をじっと覗き込まれたので、恥ずかしくなった。

「君……浴衣姿が随分色っぽいね。これじゃ心配だな。なるほど……男に襲われるわけだ」
「なっ! 俺にはそんな趣味はない! 」
「悪い悪い。あんまり艶っぽいから」

 少しだけ意地悪そうに口元を緩めて囁かれ、せっかく助けてもらったのに、俺はかっと怒りで震えてしまった。

「なっ! 」
「さぁ立てる? 」
「……ひとりで出来ます」
 
 ひとりで立ち上がってはみたものの、男に無理矢理襲われそうになった躰は小刻みに震えていた。危なかった。この人が助けてくれなかったら今頃……そう思うとぞくりとしてしまう。きちんとお礼を言おうと、俺は立ち上がり浴衣についた土を払ってから、心を込めて礼をした。

「あの……ありがとうございます」

 返事がないので不思議に思いちらっと覗き見すると、その青年は少し考えこむように腕を組んでいた。

「さっき君は助けを求めて……『信二郎』って何度も呼んでいたね」
「えっ!」

 聞かれていたのか。俺が必死に助けを呼ぶ声を。あんな状況で考えたのは信二郎に助けてもらうことばかりだった。そのことが無性に恥ずかしかった。

「信二郎って誰? 」

 その時、路地の先から息を切らしながら近づいてくる足音が聴こた。

「夕凪! そこか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

この愛のすべて

高嗣水清太
BL
 「妊娠しています」  そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。  俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。 ※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。  両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。

あなたが好きでした

オゾン層
BL
 私はあなたが好きでした。  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕いしておりました。  これからもずっと、このままだと、その時の私は信じて止まなかったのです。

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

浮気性のクズ【完結】

REN
BL
クズで浮気性(本人は浮気と思ってない)の暁斗にブチ切れた律樹が浮気宣言するおはなしです。 暁斗(アキト/攻め) 大学2年 御曹司、子供の頃からワガママし放題のため倫理観とかそういうの全部母のお腹に置いてきた、女とSEXするのはただの性処理で愛してるのはリツキだけだから浮気と思ってないバカ。 律樹(リツキ/受け) 大学1年 一般人、暁斗に惚れて自分から告白して付き合いはじめたものの浮気性のクズだった、何度言ってもやめない彼についにブチ切れた。 綾斗(アヤト) 大学2年 暁斗の親友、一般人、律樹の浮気相手のフリをする、温厚で紳士。 3人は高校の時からの先輩後輩の間柄です。 綾斗と暁斗は幼なじみ、暁斗は無自覚ながらも本当は律樹のことが大好きという前提があります。 執筆済み、全7話、予約投稿済み

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

ひとりぼっちの180日

あこ
BL
付き合いだしたのは高校の時。 何かと不便な場所にあった、全寮制男子高校時代だ。 篠原茜は、その学園の想像を遥かに超えた風習に驚いたものの、順調な滑り出しで学園生活を始めた。 二年目からは学園生活を楽しみ始め、その矢先、田村ツトムから猛アピールを受け始める。 いつの間にか絆されて、二年次夏休みを前に二人は付き合い始めた。 ▷ よくある?王道全寮制男子校を卒業したキャラクターばっかり。 ▷ 綺麗系な受けは学園時代保健室の天使なんて言われてた。 ▷ 攻めはスポーツマン。 ▶︎ タグがネタバレ状態かもしれません。 ▶︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

身の程なら死ぬ程弁えてますのでどうぞご心配なく

かかし
BL
イジメが原因で卑屈になり過ぎて逆に失礼な平凡顔男子が、そんな平凡顔男子を好き過ぎて溺愛している美形とイチャイチャしたり、幼馴染の執着美形にストーカー(見守り)されたりしながら前向きになっていく話 ※イジメや暴力の描写があります ※主人公の性格が、人によっては不快に思われるかもしれません ※少しでも嫌だなと思われましたら直ぐに画面をもどり見なかったことにしてください pixivにて連載し完結した作品です 2022/08/20よりBOOTHにて加筆修正したものをDL販売行います。 お気に入りや感想、本当にありがとうございます! 感謝してもし尽くせません………!

処理中です...