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出逢いの章
集う想い 20
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微かな水音に確信した。
「松本さん!」
「優也さん!」
俺とKaiの声が重なった瞬間、松本さんがはっとこちらを見た。
「え……なんで二人が」
動揺した震える声。
小鹿のような黒目がちな目は、夜露を含んだようにしっとりと濡れていた。
こんな場所で独り泣いていたのか。
「優也さん心配したよ。さぁこっちへ」
Kaiが手を松本さんへ向かって大きく差し伸ばす。
お願いだ。早くその手を掴んで!
なのに松本さんは大きく一歩下がってしまった。
何故?今しかないのに……その深海から抜け出るのは今だ!
「優也さんどうしたんだ?俺を怖がらなくてもいい」
「そうじゃないんだ、僕は……汚れていて」
雲に隠れていた月が再び姿を現し、松本さんの躰を照らした。
着ている白いシャツのボタンが取れているようで、ひらひらと風に棚引いて、松本さんの素肌が見え隠れしていた。視線をずらすと嫌でも目に入って来るのは首、胸元についた赤いまばらな痕。それは……さっきの東谷さんの額の傷と結びつく。
そんな俺達の視線に気が付いたようで、松本さんは慌てて胸元を手で覆い、また一歩後退してしまった。首を必死に横に振っている。
見られたくない!知られたくない!
その気持ちが俺には痛いほど分かる。
「こんな姿……君に見せたくなかった」
今にも逃げ出していきそうな松本さんの姿に、胸が詰まる。
****
その時茂みが揺れ、信じられないことにKaiくんと洋くんが、僕の目の前に現れた。
でも差し伸ばされ手は、どうしても掴めなかった。
翔と会わなかったら、あのままKaiくんと駅ですぐに会えていたら、真っすぐに飛び込むはずだった胸に、今は飛び込めない。
じりじりと自然に自分の足が後退して行く。
だって無理だろう……こんな姿なんだ。今の僕は……
「……こんな姿見せたくなかった」
「松本さん待って。そのまま動かないで下さい。Kaiごめん。少しだけでいい、もう少し下がって後ろを向いていてくれ」
洋くんはKaiくんを遠ざけたあと、一人で僕のもとへ近づいて来た。そして持っていた鞄から、カーディガンを取り出し羽織らせてくれハンドタオルを湧き水で濡らし、僕の唇をそっと拭ってくれた。それから首筋と胸元まで数か所つけられた痕の上を拭いてくれた。
「松本さん大丈夫ですか。さっき実は東谷さんと駅で会いました。だから察しは……でも大丈夫。これ以上のことは何もなかったのですよね。痕はこれで清めれば大丈夫。お願いです。どうかKaiを拒まないで……Kaiはすべてを知っても受け入れてくれます。とても心が広い奴なんです」
静かな瞳、何もかも知っているのか。それとも洋くん自身にもこんな経験があったからなのか。洋くんの思慮深い瞳はそれ以上は何も語らず、黙々と僕の震える唇や首筋を拭き続けた。
「もしかして……僕の過去を……翔とのことを、Kaiくんは全部知ってしまったのか」
返事がない。
ということは……
思わず洋くんの手を停めてしまった。
もう何もかも恥ずかしくて、思わずこの場から逃げ出したくなった。
「松本さん落ち着いて!松本さんが恥じることじゃない!だってその瞬間瞬間で確かに東谷さんと愛しあっていたのだから。それが終わってしまったとしても、その時の気持ちまで否定しないで……少なくとも東谷さんはそう思っているんじゃないですか」
「でも……僕は」
「彼、さっき俺達に、松本さんをよろしくって俺たちに向かって頭を下げたんです」
「えっ翔が……」
翔がそんなことを?信じられない。あの翔が僕のために頭を下げるなんて……
そうだ、僕も変わったが翔も変わったのだ。
別れてからの月日は、決して無駄じゃなかった。
「ええ、確かに車の中で無理強いをしたのは良くないことですが、途中でやめ、そしてもうすべてを終わらせてくれたのですよね?」
「うん……そうだ。翔は落ち着いたら、無理したことを謝ってくれた。いや僕も……僕も、翔に悪かったんだ。ずっと言いたいことも言わず中途半端で。だからなんだ、僕たちが上手くいかなかったのは」
「それならば……もういいじゃないですか!お互い納得したのだから」
「……僕たちは『さよなら』と言い合えた」
そうか……そうなのか。
こんな恋の終わりもある。
そしてこんな恋の始まりもある。
洋くんも今、僕と全く同じことを考えているような気がした。
「松本さん!」
「優也さん!」
俺とKaiの声が重なった瞬間、松本さんがはっとこちらを見た。
「え……なんで二人が」
動揺した震える声。
小鹿のような黒目がちな目は、夜露を含んだようにしっとりと濡れていた。
こんな場所で独り泣いていたのか。
「優也さん心配したよ。さぁこっちへ」
Kaiが手を松本さんへ向かって大きく差し伸ばす。
お願いだ。早くその手を掴んで!
なのに松本さんは大きく一歩下がってしまった。
何故?今しかないのに……その深海から抜け出るのは今だ!
「優也さんどうしたんだ?俺を怖がらなくてもいい」
「そうじゃないんだ、僕は……汚れていて」
雲に隠れていた月が再び姿を現し、松本さんの躰を照らした。
着ている白いシャツのボタンが取れているようで、ひらひらと風に棚引いて、松本さんの素肌が見え隠れしていた。視線をずらすと嫌でも目に入って来るのは首、胸元についた赤いまばらな痕。それは……さっきの東谷さんの額の傷と結びつく。
そんな俺達の視線に気が付いたようで、松本さんは慌てて胸元を手で覆い、また一歩後退してしまった。首を必死に横に振っている。
見られたくない!知られたくない!
その気持ちが俺には痛いほど分かる。
「こんな姿……君に見せたくなかった」
今にも逃げ出していきそうな松本さんの姿に、胸が詰まる。
****
その時茂みが揺れ、信じられないことにKaiくんと洋くんが、僕の目の前に現れた。
でも差し伸ばされ手は、どうしても掴めなかった。
翔と会わなかったら、あのままKaiくんと駅ですぐに会えていたら、真っすぐに飛び込むはずだった胸に、今は飛び込めない。
じりじりと自然に自分の足が後退して行く。
だって無理だろう……こんな姿なんだ。今の僕は……
「……こんな姿見せたくなかった」
「松本さん待って。そのまま動かないで下さい。Kaiごめん。少しだけでいい、もう少し下がって後ろを向いていてくれ」
洋くんはKaiくんを遠ざけたあと、一人で僕のもとへ近づいて来た。そして持っていた鞄から、カーディガンを取り出し羽織らせてくれハンドタオルを湧き水で濡らし、僕の唇をそっと拭ってくれた。それから首筋と胸元まで数か所つけられた痕の上を拭いてくれた。
「松本さん大丈夫ですか。さっき実は東谷さんと駅で会いました。だから察しは……でも大丈夫。これ以上のことは何もなかったのですよね。痕はこれで清めれば大丈夫。お願いです。どうかKaiを拒まないで……Kaiはすべてを知っても受け入れてくれます。とても心が広い奴なんです」
静かな瞳、何もかも知っているのか。それとも洋くん自身にもこんな経験があったからなのか。洋くんの思慮深い瞳はそれ以上は何も語らず、黙々と僕の震える唇や首筋を拭き続けた。
「もしかして……僕の過去を……翔とのことを、Kaiくんは全部知ってしまったのか」
返事がない。
ということは……
思わず洋くんの手を停めてしまった。
もう何もかも恥ずかしくて、思わずこの場から逃げ出したくなった。
「松本さん落ち着いて!松本さんが恥じることじゃない!だってその瞬間瞬間で確かに東谷さんと愛しあっていたのだから。それが終わってしまったとしても、その時の気持ちまで否定しないで……少なくとも東谷さんはそう思っているんじゃないですか」
「でも……僕は」
「彼、さっき俺達に、松本さんをよろしくって俺たちに向かって頭を下げたんです」
「えっ翔が……」
翔がそんなことを?信じられない。あの翔が僕のために頭を下げるなんて……
そうだ、僕も変わったが翔も変わったのだ。
別れてからの月日は、決して無駄じゃなかった。
「ええ、確かに車の中で無理強いをしたのは良くないことですが、途中でやめ、そしてもうすべてを終わらせてくれたのですよね?」
「うん……そうだ。翔は落ち着いたら、無理したことを謝ってくれた。いや僕も……僕も、翔に悪かったんだ。ずっと言いたいことも言わず中途半端で。だからなんだ、僕たちが上手くいかなかったのは」
「それならば……もういいじゃないですか!お互い納得したのだから」
「……僕たちは『さよなら』と言い合えた」
そうか……そうなのか。
こんな恋の終わりもある。
そしてこんな恋の始まりもある。
洋くんも今、僕と全く同じことを考えているような気がした。
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