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出逢いの章
捻じれた心 5
しおりを挟むまたいつものように朝がやってきた。ベッドの中でそっと自分の額に手を当ててみると、すっかり熱も下がったようで、いくらか気持ちも晴れていた。
まだ少し重たい頭を起こして浴室でシャワーを浴びれば躰もさっぱりし一気に頭も覚醒してきた。
「えっと今日の予定は……」
お風呂上がりにカウンターに置いてあるカレンダーで仕事のスケージュールを確認すると、前の予定は線で消され、今日から丸二日間休みになっていた。
「あっそうか……洋くんと仕事を交代したので、予定が狂ってしまったのか」
いつの間に書いたのか。昨日は本当に調子が悪くて記憶が朧げだ。それにしても最近は仕事が入っていないと不安になってしまう。何をして良いのか分からなくなるし、つい余計なことを考えてしまうから。
ソファにもたれて目を閉じ、昨晩熱にうなされながら見た夢を反芻して、急に恥ずかしくなってしまった。最初は優しかった頃の翔の夢を見ていたはずなのに、いつの間にかそれはKaiくんになっていた。
僕は一体?
Kaiくんのことを考えると、今度はなぜか猛烈に喉が渇いてきてしまった。まるでKaiくんを求めて脱水症状になっていくようで、慌てて冷蔵庫のミネラルウォーターをゴクゴクと飲み干した。
「はぁ、まだ十一時か……」
机で通訳の勉強をしながら時計を何度も確認するが、一人きりの時間はなかなか進まない。まだまだ夜まで長いし流石に少しは体を動かさないとな。そう思って散歩に出かけることにした。
どこへ行こうか。
足は自然に初めてソウルを訪れた時に立ち寄った江南の盤浦漢江公園へと向かっていた。以前訪れた時は真冬だったので、分厚いダウンのコートを着ていても躰が震えるほどの寒さで辛かったが、何年も暮らしているうちに、すっかりその冷えた世界で息をすることにも慣れてしまったようだ。
なのに……最近の僕は変だ。無性に暖かいもの、優しいものに惹かれてしょうがない。
「Kaiくんに会いたいな」
本当にどうかしてる。僕なんかが、こんなこと願っても意味がないのは分かっているのに。そう自分を諫めるのに……淡い気持ちは消しても消してもすぐにまた浮かび上がって来てしまうので、途方に暮れてしまった。
「月光広場」を抜けて「ピクニック場」に到着すると、丁度月光レインボー噴水の噴水ショーが始まったところだった。集まった人は皆、噴水の幻想的な水の流れに見とれていた。そういえば、あの時はベンチに座って現地の青年たちが公園の芝生で楽しそうに遊んでいる姿を眺めていたんだっけ……逆光が眩しくてその喧噪にだけに耳を傾けていたら、ポンと膝の上に置かれた缶コーヒー、あの暖かな温もりが恋しいな。
ふと今になって突然あの時の青年の声が耳に蘇ってきた。
「지나치게 사버려서 … 괜찮으시다면 자 」
(あの、これ買いすぎちゃって…よかったらどうぞ)
懐かしい……あれは僕を労わるような優しい声だった。コーヒーの缶を通じて人の温もりを分けてもらえた気がして、胸が熱くなったのを覚えている。
その時、誰かにポンッと肩を叩かれた。
「松本さん?」
突然あの日と同じ声が再び耳元で聞こえたので、飛び上がるほど驚いてしまった。そしてはっと気が付いた。あの声ってKaiくんの声と似ていた。
まさか…そんな……
恐る恐る振り返ると、やはりKaiくんが立っていた。
今日はKaiくんもオフのようで見慣れない私服姿だ。爽やかな長身が引き立つジーンズにダウンコートを着ていて、髪もホテルにいる時とは違って風に吹かれた黒髪が自由に揺れていた。
「やっぱり松本さんだ。どうしたの?こんな所で」
「え……」
こんなタイミングで会えるなんて。僕が会いたいと思った時に、どうして君はタイムリーにやってきてくれるのか。
あの寒い日に温もりを分け与えてくれた優しい青年はKaiくんだった。
もしかしたら、僕はKaiくんに導かれ……あの時も今もここに立っているのではないか。
そう考えるとすとんと腑に落ちた。
Kaiくんとの出会いは偶然じゃない。
僕にとっては必然の出会いだった。
これは運命なのか……そう考えても許されるのだろうか。
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