まるでおとぎ話

志生帆 海

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番外編 『おとぎ話を聞かせてよ』3  (side 雪也)

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 僕の心臓は生まれつき悪かった。
 成長するにつれ、脆い心臓が躰を支えきれなくなって……発作を起こすことも多くなってきた。

◇◇◇

「お母さま……どうして僕の心臓はこんなに痛くなるの?もう……呼吸が苦しいよ」
「大きくなる前に大手術をしないといけないの。ごめんなさいね……雪也……丈夫に産んであげられなくて」
「ううん……お母さまのせいじゃないよ」
「さぁ早く病院に行きましょう」
「うん!海里先生に会うの楽しみなんだ。先生は僕の話いっぱい聴いてくれるから」
「そうね。お母さまもお父さまも海里先生のことは信頼しているの。本当に頼りになるから」
「そう思う!」

 母に連れられて行く、虎ノ門という駅にある大病院。
 そこで僕が小さい時からお世話になっているのが心臓外科医の海里先生。

 背が高くて映画に出てくるようなカッコいいお兄さん的存在で、憧れの人だった。僕も大きくなったら海里先生みたいになりたい。いつも会うたびにそんな気持ちを抱く人だった。

「やぁ雪也くん、その後調子はどうかな」
「先生、息子の心臓が痛くなる時間が増えていて……」
「それはよくありませんね。もう少し体力がついたら手術という方向になると思います」
「ええ、もちろん。どんな治療でも最先端のものを受けさせて下さい」

 十分な治療を両親は受けさせてくれていた。
 病院へ行くのは、運転手付きの自家用車だったし、診察も特別枠だった。 
 具合が悪くて入院する時は、特別室というプレートがついた広い個室は居心地が良かった。

◇◇◇

 本当に今となっては……当時の僕がいかに恵まれた環境にいたのか。幼い僕にはその価値がわからなかった。お父さまとお母さまが亡くなるまでは……何も理解していなかった。


 それから数年後、僕は変わらずに虎ノ門の海里先生のもとへ通院している。

 交通事故で亡くなってしまった母さまの代わりに、今度は十歳年上の柊一兄さまに連れられて……自家用車は地下鉄と徒歩に……特別室に入院なんて夢のまた夢で……いまは発作が起きてもある程度は無理やりに薬で凌ぎ、入院を回避していた。一度発作が止まらなくてとうとう入院した時は、大人の六人部屋だった。隣の人のいびきの音に驚いて、眠れなかった。

「兄さま待って、そんなに急ぎ足じゃ僕……はぁはぁ」
「あっごめんよ。これから打ち合わせがあって」

 兄さまの焦燥した顔に何も言えなくなってしまった。
 だって……兄さまは僕のために、こんなにやつれてしまうほど働いてくれているのだ。

 特別枠で診ていただいていた診察は一般枠へ移り、朝一から並んでも、二時間三時間待ちは当たり前だった。

「雪也……ごめん。どうしても会社に戻らないと。今日は会議なんだ。また終わったら迎えにくるから待っていて」
「雪也……ごめん。ちょっとだけ仮眠させてくれないか。……終わったら起こして」

 近頃の兄さまは、僕に謝ってばかりだ。
 疲れ果てた兄さま……僕の方こそ……ごめんなさい。
 僕の心臓が悪くなければ、こんなにも兄さまに負担をかけることはなかったのに。

 そんな病院通いが続いたある日……

 待合室のソファで壁にもたれて眠ってしまった兄さまを見かねた、海里先生が毛布を貸してくれた。

「君のお兄さまは今日も眠ってしまったのかい?一度起きているところを見たいものだよ」
「すいません」
「いや……雪也くん特別枠で診てあげられなくてごめんな。他の人の目が厳しくて……それよりこの毛布。お兄さんにかけてあげなさい」
「え……いいんですか」
「あぁ顔色も悪いし、寒そうだ」

 海里先生が柊一兄さまのことを……慈愛に満ちた目で見てくれたことが嬉しくて、ほっとした。ひとりで奮闘している兄さまに、心強い味方が出来たような気分だった。

「海里先生……ありがとうございます、僕……」
「雪也くんがひとりで悩まないで、もしも困ったことがあったら、おれを頼って」
「え……でも」
「君はまだ幼い。君の亡くなられたお母さまからも頼まれていたし……それに……」

海里先生の眼は、眠っている柊一兄さまへと向けられた。

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