まるでおとぎ話

抵抗と後悔

　
「さぁワインを早く飲まないか」
「無理です！手を放してください」
「おいおい、ここまで来てそれはないだろう。部屋を取ってあるんだ。上に行こう」
「やめっ」

　なんてことだ。とうとう引きずられるように会場から出てしまった。こんな場所で大きな声を出せば恥をかいてしまう。僕の僅かなプライドが邪魔をした。

「弟を助けたいんだろう？言うことを聞きなさい」

　あぁ……僕の大事な弟の雪也。発作で苦しむ姿を思い浮かべてしまう。あの苦しみを解放してやりたい。ちゃんと治療を受けさせてやりたい。でも会社は潰れ、しながい僕の給料では到底無理だ。

　 エレベーターに有無を言わせぬ勢いで乗せられ、とうとう客室前まで案内されてしまった。覚悟を決めないと。僕が我慢すればいいだけだ。女の子じゃあるまいし、減るもんじゃない。そんな経験なんて全くないのに、自分に必死に言い訳をしていた。

　「さぁ入ろう」

　あぁ……もうだめだ。この一歩で僕は堕ちる。身体を売る男娼になる。足が動かない、逃げないといけないのに……誇りを捨てる気か。

　僕は客室に押し込まれてしまった。紳士的な仮面を剥いだ医師は下品な笑いを浮かべながら、僕をベッドへ突き飛ばした。そのまま馬乗りになり僕の抵抗を封じていく。一気に恐怖が募る。

　本当に無理だ！こんなこと無理だったのに。僕が間違っていた！もっと早く決断すべきだったのに。逃げるべきだったのに！後悔がぐるぐると頭の中で暴れている。

「やめて下さい！僕はそんなつもりでは！」

　言葉の抵抗なんてなんの意味もない。僕の大切なスーツは力任せに無残に裂かれ、露わになった素肌に触れられる！胸を力任せにまさぐられ、下半身のベルトも外されて……

　恐怖！吐き気！涙が溢れてくる！

　これはレイプだ。同意なんてしていない。少しの迷いが、とんでもない方向へと僕を導いてしまった！

　厚ぼったい毛深い指で太股から内股へと執拗に触れられる。胸元をザラザラな舌でべろりと舐められ悲鳴をあげた。酒臭い息でそのまま乳首を噛まれ、吸われた。あまりの気持ち悪さに全身に鳥肌がたち、必死に抵抗した。

　「誰かっ誰か！助けてっ！」

　ホテルには誰も知り合いがいない。誰も助けてくれない。それでも諦めたくなくて、誰もいない部屋に向かって、叫んでいた。手を伸ばしていた。

「誰かー！」
「このっ静かにしろ！これ以上暴れるのなら縛ってやる！」

　彼の手には、僕のネクタイが握られているのが見えた。