上 下
1,700 / 1,743
小学生編

マイ・リトル・スター 9

しおりを挟む
「大丈夫だったか」
「無事か」

 柄の悪い奴に絡まれた僕を助けてくれたのは、驚いたことに菅野と木下だった。

 僕も驚いたが、菅野と木下も驚いて顔を見合わせていた。

 どうして、菅野がここに?

「え? 瑞樹の知り合いか」
「えっと、瑞樹ちゃんの知り合い?」
「ごめん……僕」
「いや、酔っ払いに絡まれるのは、誰にでもあることさ。それより勝手につけてごめんな。ちゃんと飲み相手と合流したのを見届けたら、消えるつもりだったんだ」
「そうだったのか」
「その、なんとなく金曜日の渋谷はごった返しているから心配でさ」
「うん、ありがとう。助かったよ」

 帰り際、渋谷に飲みに行くと、菅野にはさらりと話していた。
 
 そうか、心配して付いてきてくれていたのか。

 男なのに男に守られて不甲斐ないという気持ちにはならなかった。

 そんなことよりも、助けてもらえて良かったと心から感謝している。

 菅野のさり気ない気遣いが身に沁みた。

 ありがとう―― 

「しかし、誰だよ? こんな場所に瑞樹ちゃんを呼び出したのは」

 そこで木下が真っ赤になる。

「わわわ、す、すまん! 俺だ」
「なんだって? あ、じゃあ……瑞樹ちゃんが待ち合わせしていた人って」

 菅野が、不審そうに木下をじろじろと見つめた。

 僕はいつまでも恐怖に震えている場合ではないようだ。

 まずは、それぞれを紹介しないと。
 
 どちらも僕の大事な人だから。

「菅野、こちらは僕の小学校の同級生の木下。大沼で牧場をやっているんだ」
「おー そうか! なるほど、瑞樹ちゃんの地元の友達だったのか」
「そうなんだ。それで……木下、菅野は僕の会社の同期で、僕の親友だよ」
「うほっ、よせやい照れるぜ。瑞樹ちゃん! 親友だなんて、いや親友だけどさぁ」

 照れまくる菅野を、木下が大きくハグした。

「おぉぉ、瑞樹の東京の友達と会えるとは! 感激だぜ」

 むぎゅーっと音がするほど、ハグされていた。

「く、苦しい……圧死する」
「ははっ、すまん。そして瑞樹、ごめんな。夜の渋谷って想像よりずっと騒々しいんだな。こんな場所で待ち合わせするなんて、俺が浅はかだったよ。ってか、俺もここに辿り着くまでに、変な奴らに声をかけられて怖かったんだ。もう渋谷から脱出したい」
「へぇ、瑞樹ちゃんの同級生は大きな身体で気弱だな」
「本気で怖かったんだよぅ」
 
 大きな身体でシュンとする木下に、菅野と顔を見合わせて微笑んだ。

 あれ? 僕、さっき怖い目に遭ったのに……

 今、微笑めた?

 以前だったら、あのようなことが起きると、数日は尾を引いて落ち込んでいたのに、早いタイミングで気持ちを切り替えられるようになった。

 心が以前よりタフになったようで、嬉しかった。

「じゃあ場所を変えようか」
「頼む」
「どこに行きたい?」
「静かな所がいい。そうだ、菅野さんも一緒に飲みに行かないか」
「え? 俺も?」
「実は瑞樹の東京の親友とも、酒を飲み交わしてみたかったんだ」
「それは光栄だけど……瑞樹ちゃん、本当に俺もいいのか」
「もちろんだよ。菅野さえよければ」
「おー 実はこもりんが今日は実家に帰っていて……だから是非参加したい」「良かった。静かな場所か……じゃあ」

 僕たちは渋谷を後にして、銀座に向かった。

 銀座のネオンを見上げて、木下が目を細めた。

「へぇぇ、大人な街だな。同じ東京でも全然雰囲気が違うんだな」
「そうだね」

 僕の仕事は銀座界隈が多いので、馴染み深い景色にほっとした。

「瑞樹ちゃん、店はどうする?」
「そうだね。木下はどんなお店に行きたい?」
「銀座と言えば、大人の隠れ家的なBARに憧れる!」
「はは、なかなかロマンチックな男だなぁ」
「菅野、あそこは?」
「あ、もしかして、あそこか」

 僕たちは東銀座の『BARミモザ』に行くことにした。

 大人の隠れ家と言えば、ぴったりだ。
 
 あそこなら柄の悪い奴らはいないだろうし、僕自身もリラックスできる。

 蓮くんのお城だから。

 東銀座の路地裏。

 煉瓦造りのクラシカルなビルの地下に『BARミモザ』はある。

 店主は研ぎ澄まされた美しさを放つ、黒豹のような男性だ。

「いらっしゃいませ。あれ、瑞樹くんじゃないか」
「蓮くん、こんばんは、急だけどいいかな?」
「もちろん。今日は同窓会ですか」
「え、どうして分かるの?」
「ふっ、隣の男性から、北国の匂いがするから」

 蓮さんがフッと甘く微笑むと、菅野と木下は、何故か頬を染めた。

「はぁぁ、かっこいい。都会の男性って感じで、違う意味でびびるよ。こんな店、初めてで緊張するよ」
「大丈夫だよ。ここは何度か来たことがあって、気兼ねなく過ごせるお店だから」

 奥のソファ席に通された。

 ゆったりとした空間で、ようやく一息つける。
 
 もう渋谷でのことは、過去のことになっていた。

「何を飲もうか」
「俺、カクテルなんて分からないから、二人と同じものにするよ」
「俺も瑞樹ちゃんのおすすめで」
「え? いいの」
「あぁ」

 僕が決定権を持つなんて珍しい。

「じゃあ……このお店の名前のカクテル『ミモザ』にしよう」

 海外ではミモザは「リラックスドリンク」として好まれている。

 都会の街に慣れない木下に、もう少し寛いで欲しい。

「花の名前のカクテルを選ぶなんて、瑞樹ちゃんらしいな」
「花と同じ色の、あたたかい黄色の色味が、気に入っていて」
「確かに、ほっとする色合いだな。よーし、瑞樹ちゃんと同級生の再会と、友達の輪が広がったことに乾杯しようぜ」

 友達の輪が広がったことに乾杯だなんて、菅野は本当によい言葉を知っている。

 人懐っこくて、思いやりがある。

 そんな菅野が僕は大好きだ。


 洗面所に立つと、蓮くんにそっと話しかけられた。

「瑞樹くん、今日は何かありました?」
「え……どうして?」
「……お連れさんが憔悴した顔をしていたので……俺で良ければ相談にのりますよ」

 ふと聞いてみたくなった。

「あの……蓮くんだったら、苦手な人に付け込まれそうになったらどうしますか」
「俺だったら不安を見せないようにするかな。俺が理想とする自信に満ちた人を想像してなりきって。瑞樹くんもそういうことがあったら、背筋を伸ばして、気持ち切り替えて」

 確かに、いつも縮こまってしまうから余計に付け込まれてしまう。

 蓮くんの言葉には一理あった。

 人と交流することは、視野が広がるということだ。

 出会った人との縁は、大切にしていきたい。

「蓮くん、ありがとう。僕……このお店がますます好きになりました」
「……どうも」

 蓮くんは硬派なので頬をうっすら赤く染めて、カウンターの向こうに行ってしまった。

 そんな様子も微笑ましかった。


しおりを挟む
感想 76

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...