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小学生編
マイ・リトル・スター 5
しおりを挟む遅れを取ってしまったが、病院近くで合流出来て良かった。
ここからは俺も一緒だ。
「芽生、今日は検査をちゃんと受けて偉かったな」
「……うーん、えらくはないよ。だって病院きらいだもん」
「そういえば、昔から苦手だったよな」
「えへへ、バレてたのか。だからね、お兄ちゃんに行きたくないって言っちゃったの……」
やっぱりそうだったのか。
芽生の話をちゃんと聞こう。
今の芽生の気持ちを知りたいから。
「そんなことないぞ。パパも病院は苦手だ」
「パパも? そっか苦手って、子供だけじゃないんだね」
芽生は妙に納得した顔を浮かべていた。
「だれだって得手不得手があるものだ。芽生の病院きらいは俺に似たのかもな。だけど、ちゃんと点検しておかないと、何かあったら周りも自分も悲しむことになるから、パパもがんばって健康診断受けてるよ」
「あ……お兄ちゃんも同じことを教えてくれたよ」
「瑞樹も?」
「うん、だから点検がんばったよ」
「やっぱり芽生は偉かったな」
芽生の黒髪をくしゃっと撫でてやると、明るく笑ってくれた。
頑張った人の晴れやかな笑顔だ。
「パパ、お兄ちゃん、もう帰ろう」
芽生が俺とも手をつないでくれた。
こんな風に歩けるのが、当たり前だと思っては駄目だ。
日々、当たり前のことに感謝だ。
それを瑞樹と知り合ってから強く思うようになった。
「そうだ! 芽生も頑張ったことだし、今日は外で食べて帰るか」
「いいですね」
「やったぁ、どこへ行くの?」
「そうだなぁ、自由が丘はどうだ?」
「いいですね」
平日の18時台に、三人が揃うのは久しぶりだ。
たまには外食するのもいいだろう。
小さな身体で検査を頑張った芽生に、ご褒美をあげたくなった。
ひとりで病院に付き添ってくれた瑞樹を、労ってやりたい。
芽生の検査結果が分かるまで、さぞかし緊張しただろうな。
「ごめんな、傍にいられなくて」
「いいえ、お役に立てて嬉しいですので気にしないで下さい。それより外食って特別なご褒美のようでワクワクしますね」
瑞樹も乗り気になってくれた。
というわけで、自宅のある中目黒駅を通り越して自由が丘駅で下車した。
平日なので、どの店もたいして混んではいない。これなら子連れでも入りやすいな。
さてと、何を食べようか。
俺は肉が食いたいが、瑞樹はどうだろう?
君は草食系だからなぁ……
あれこれ考えていると、瑞樹が優しい口調で芽生に話しかけた。
いつだって芽生ファーストだな。
瑞樹らしいよ。
俺は気を許すと自分が最優先になってしまうので、反省だ。
「芽生くんは何を食べたい?」
「えっとね、ボクはスパゲティ!」
「芽生くんの好きなナポリタンかな?」
「当たり! すっごくお腹すいたよー」
その言葉を受けて、俺はスマホを胸元からサッと取りだし、速攻『自由が丘、ナポリタン、美味しい店』と検索した。
「お! ここ、いいな」
「いいお店がありましたか」
「あぁ、瑞樹と芽生が喜ぶお店だ」
「わぁ、どこかな?」
「どこでしょうか。僕はお店に疎くて、宗吾さんは流石ですね」
目的地は駅に程近い北海道のアンテナショップだ。そこに併設されているレストランに行こう!
「さぁ、着いたぞ」
「あれ? 牛さんがいるよ」
店内には1階の天井を突き破り、2階に達する大きな牛のオブジェが設置されていたので、芽生が目をキラキラ輝かせた。
「すごーい! 大きな牛さんだね」
「これはすごいな。牛といえば乳搾りって楽しいよな。なっ、瑞樹」
瑞樹に同意を求めると、何故か頬を染めて俯いてしまった。
ん? あぁ、そうか。
瑞樹は大沼での乳搾り体験を思い出したのだろう。
芽生が店内の牧場の映像に夢中になったので、そっと瑞樹に話しかけた。
「瑞樹、乳搾りってコツがいるよな。あの時は上手くできなかったが、あれから俺、かなり上手くなったと思わないか」
「そ、宗吾さん、僕を実験台にしないでください」
瑞樹はますます顔を赤くして、可愛いが渋滞してる。
「バレたか」
「も、もう……いつもしつこいくらい……って何を言わせるんですか」
「ごめん、ごめん。なぁ、また大沼や函館にも行きたいな」
「そうですね。暫く帰っていないので」
「最近は大沼のお父さんたちが、すぐに飛んで来てくれるからな」
「そうなんです。だから、つい甘えてしまって」
「甘えるのは悪いことじゃないさ。二人はまだ若いから、甘えてもらえるのは嬉しいさ」
「宗吾さんがそう言って下さると、ほっとします」
瑞樹がふっと口元を緩めた。
その柔らかい表情に癒される。
最近の瑞樹は以前よりずっと甘え上手になって、いい傾向だ。
「パパぁ、おなかすいたよ」
「じゃあレストランに行くぞ!」
レストランでは焼きナポリタンを食べた。鉄板で湯気を立てる熱々ナポリタンには、チーズがドバッとかかっていた。とろりと溶けてグツグツして旨そうだ。ぐーっと腹が鳴ってしまった。
そこにお店の人がやってきて料理の説明をしてくれた。
「こちらのチーズは『トカプチ牧場』のチーズを80gものせているのですよ」
「えっ『トカプチ牧場』って、あの帯広のですか」
「はい、そうです」
「すごいですね。貴重なチーズをありがとうございます」
「瑞樹、知っているのか」
「えぇ、帯広の牧場で、美味しい牛乳やチーズを生産しているので」
そんな話をしていると、また店員さんがやってきて、注文していないのに、冷たい牛乳を人数分、机に置いてくれた。
「あの? これって」
「北海道の生産者からのサービスです」
「へぇ、ラッキーだな」
ゴクリと飲むと、濃厚でまろやかで、それでいて爽やかで北の大地の味がした。
瑞樹は懐かしそうにコクコクと飲んで、その後店員さんに質問した。
「あの、これはどこの牛乳ですか」
「えっと、今、ちょうど生産者さんがお店に来ているので、お会いしますか」
「是非」
厨房からのっそりと現れたのは、大柄で毛深い男……
「あっ!」
「あーっ!」
****
「パパぁ、みみをすまして」
「ん?」
帰り道、いっくんが道端で立ち止まった。
いっくんと出会う前、用もないのに道で立ち止まるなんてしたことがなかったから、不思議な心地だ。
「なにか聞こえるのか」
「うん、もうすぐはるですよーってかぜさんがいってるよ」
「そうか、確かにそうだな」
ここ数日、頬にあたる風が、日に日に優しくなっている。
「はっぱさんもおおいそがしになるね」
「そうだな。いっくんもおおいそがしになるな」
「うん、はっぱさんとごあいさつ、いっぱいするの」
「パパもつきあっていいか」
「パパといっちょ、うれしいよ。パパ、はるってたのちいよね」
間もなく、もう間もなくだ。
大地が一斉に芽吹く春が軽井沢にやってくる。
その足音を、いっくんが教えてくれた。
五月は楽しいことがいっぱいある。
そんな予感に、オレたちは包まれていた。
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