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小学生編

冬から春へ 83

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 朝起きると、寝袋の中がいっくんの体温でぽかぽかしていた。

「おぉ、これは、ぬくいな」

 幸せに温度があるとしたら、まさにこれだろう。

 自然と口角が上がる。
 
 寝袋の中を覗くと、いっくんはカンガルーの赤ちゃんのようにあどけない顔で、可愛い寝息を立てていた。

 めんこいなぁ。

 この満ち足りた気持ちを、さっちゃんと共有したくなった。

「さっちゃん、起きているか」
「えぇ、起きてるわ」
「ポカポカだな」
「懐かしい温もりにうっとりしていたの」
「あぁ、そうか……こんな温度だったんだな」

 俺は大樹さんと澄子さんに囲まれて眠るみーくんの愛らしい姿を思い出した。まだなっくんが生まれる前、夫婦にはみーくんだけしかいなかった頃だ。

 その布団の中は、どんな温度なのかと想像していた。

「さっちゃんは広樹ともこうやって一緒に眠ったんだな」
「……勇大さん、ありがとう。広樹のことを思い出してくれて」
「当たり前だ」

 長男の広樹は、今は函館の花屋を継いでいる。
 
 店があるので、気軽に家を空けられない。

 だから潤のことでは、歯痒い思いをしただろう。

 広樹だって、すぐに飛んできたかったよな。

「広樹は子どもの頃から大柄な子で寝汗も一杯かくから、ふふふ、布団の中は熱々だったわ」
「へぇ、広樹が一番俺に似ているかもな。俺もほら、汗びっしょりだ」
「まぁ、ふふふ、勇大さんのそういう所が本当に好きだわ」
「照れ臭いな」

 そんな話をしていると、いっくんがパチッと目を開けた。

「お、起きたのか」
「うん、おじーちゃんとおばーちゃんのたのしそうなこえがきこえたの」
「おぉ、きこえていたのか。どうだ、アチチだったか」
「うん! きょうもアチチだよぅ」

 いっくんがぴょんと飛び起きて、また手でハート型を作って見せてくれた。

「いっくん、まだちいさいからハートもちいさいけど、もっとおおきなハートをつくれるように、げんきにおおきくなるんだ」
「それは頼もしいな」
「いっくん、めーくんといっぱいあそびたいし、まきくんのおにいちゃんだし、おおきくなりたい」
「そうだな。いっくんはスクスク成長するから大丈夫だ」

 子どもの成長は早い。

 次に会えるのはいつだろうか。

 夏休み……それとも正月だろうか。

 目に焼き付けておこう。

 今のいっくんの姿をしっかりと――

 俺たちをおじいちゃんおばあちゃんと素直に慕ってくれる可愛い孫の姿を。





 朝食の後、俺たちは荷物をまとめ大沼に戻ることにした。

「それじゃ、そろそろ帰るよ」
「父さん、母さん、本当にありがとうございました」

 潤が玄関先で最敬礼で見送ってくれた。

 その横には菫さんと菫さんに抱かれた槙くん、そしていっくんの姿が見える。
 
 家族総出で見送ってくれるのか。

 照れ臭いな。

 孤独な時間は過ぎ去り、今の俺は大切な人の家族と交流しながら生きている。

「潤、頑張れよ。だが頑張りすぎるな。困った時は周りを見渡せ。潤に手を貸したい人が沢山いることを忘れるな」
「はい、父さん。父さん……本当に駆けつけてくれて一緒に家作りをしてくれて、いっくんのおじいちゃんになってくれて……オレ……」

 潤が俯いて、袖で目をゴシゴシ擦った。

「おいおい泣くな。別れの涙はいらんぞ」
「あ、はい! そうですね」

 泣き笑いのような笑顔を目に焼き付けて、俺たちは俺たちの場所へ戻ろう。

「おじーちゃん、おばーちゃん、ありがとう。いっくんだいしゅきだよぅ」
「俺もいっくんが大好きだ」
「おばあちゃんもよ」

 小さな子どもの「だいすき」は魔法の言葉だ。

 次に会う日までの糧になる。

 雪の積もった軽井沢。

 駅までの道を噛みしめるように歩いた。

「さっちゃん、大沼はもっと積もっているよだ。まだまだ冬が続くな」
「そうね。でも私は冬が好きよ」
「そうだな。俺も好きだ」
「だって」
「なぜなら」
「春が待っているから」
「春に一番近いから」

 俺たちは顔を見合わせて、笑顔で歩き出した。

 人生は本当にいろいろだ。

 今回の事件のように、火事で一夜のうちに全てを失ってしまうこともある。

 だが、立て直すこともできる。

 すべては人の力だ。

 真心溢れる世界があれば、頑張れる。

 優しい言葉を紡いで、思いやりの心を寄せ合って……

 パワーの源に、互いがなればいい。

 冬から春へ――

 俺たちは前を向いて進んでいく。

 やがて春がやってくる!


                        「冬から春へ」  了

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