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小学生編

冬から春へ 81

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 いっくん、うれちい! すごくうれちいよ。

 おじいちゃんがいっくんにつくってくれたたからばこ。

 なかにはめーくんからおくりものがはいっていたよ。

 いっしょにたからさがしをしてくれるおやくそくもはいっていたよ。

 いっくんのたからばこは、おかしのはこだったの。
 
 めーくんからのプレゼントだいじにしていたのに、かじでやけちゃったから、うれしいよ。

「おじいちゃん、おじいちゃん、ありがとう!」

 いっくんうれちくて、おじいちゃんにとびついちゃった。

 パパとはちょっとちがう、おひげのおじいちゃん。

「おじいちゃんのおてて、しゅごい。ベッドもたからばこもつくれちゃうなんて」

 あれれ?

 おじいちゃんのおててにほっぺをくっつけてみたら、ガサガサしていたよ。

「あ! ちょっとまってね」

 いっくんのリュックのなかから、みーくんからもらったおててのクリームをだしたよ。ママのおててにどうぞってくれたけど、これ、おじいちゃんのおててにもぬってあげたいな。

「おじいちゃん、おててだしてぇ」
「え? おじいちゃんはいいよ。こんなの舐めときゃ治る」
「だめだよ~ いっくんのだいじなおじいちゃんなんだもん」
「……いっくん」

 おじいちゃんのおててのガサガサしているところに、そーっとそーっとぬってあげたよ。

 それからはやくよくなりますようにのおまじないも!

 ほいくえんのせんせいがしてくれるみたいにいきを「ふー、ふー」ってかけてあげたの。

「いっくん、ありがとう。おじいちゃん、うれしいよ」
「よかった。おじいちゃんもおばあちゃんもからだをだいじにしてね」

 だいすきだから、ずっとそばにいてほしいの。

 もうだれもいなくならないでね。


****

 参ったな。

 いっくんがオレの手のあかぎれを心配してくれるなんて。

 連日酷使していたので、手の甲がガサガサし、指先はささくれ立っていた。

 だが、こんなの北の大地で過ごすオレには、日常茶飯事だ。

 だから気にしてなかったのに――
 
 それに、この香り……

 ハンドクリームからは、優しいラベンダーの香りがした。
 
 その瞬間……

 駄目だ、また涙腺が緩む。

……

「大樹さん、作業終わりました」
「おー サンキュ! 熊田のおかげで捗るよ。ベビーベッドもうすぐ完成だな」
「お役に立てて嬉しいです」
「あれ? 手をどうした?」

 根を詰めて作業したせいか、すっかり荒れしてしまった。

 慌てて隠したのに、大樹さんに掴まれた。

「こんなに荒れて……悪かったな」
「大樹さんが謝ることじゃないです」
「いや、負担かけてしまったな。澄子……何か塗るものはあるか」
「あるわ、熊田さん、こっちに来て」

 看護師の資格を持つ澄子さんはお世話上手で、アロマテラピーにも詳しく、自分の化粧品やクリームを作っていた。

「ハンドクリームを塗ってあげるわ」
「おっ、俺は大丈夫ですって」
「駄目よ、熊田さんも大切な我が家の一員なんだから」

 澄子さんが塗ってくれたクリームからは、仄かにラベンダーの香りがした。

「良い匂いですね」
「これは真正ラベンダーよ。筋肉の緊張を解いてくれるので、疲労した身体にも良いのよ。熊田さん、いつもありがとう。赤ちゃんのベッド作りまで手伝ってもらえて嬉しいわ」
「あのアロマオイルは妊娠中に大丈夫なんですか」
 
 何かの雑誌で読んだことがあったので、気になって聞いてしまった。

「ラベンダーは妊娠初期は使えないけれども、妊娠後期から産後の期間には使っても良い精油なのよ」
「そうなんですね」
「ふふ、熊田さん、私の身体のことまで心配してくれてありがとう。本当に頼もしい人だわ」

 優しく優しく労ってもらい、泣きそうになった。

 こんなに優しい夫婦がこの世にいるなんて――

 大樹さんと澄子さんは、身寄りがなくなった俺を丸ごと受け入れてくれた。

……

「おじいちゃん、どうしたの?」
「あ、悪い、なんでもないよ」
「えっとぉ、やさしいおもいでをおもいだしたの?」
「え……どうして分かるんだ?」
「えっと、だれかにあいたそうなおかおをしていたから」

 いっくんは天使だ。

 本気で思う。

「いっくん、今日はおじいちゃんと寝るか」
「うん! おじいちゃんとおばあちゃんのあいだで、ねんねしたい」
「大歓迎だ!」
「まぁ、可愛いわね」
「潤、いいか」
「もちろんです。是非そうしてください」

 潤たちの到着を見届けたら、その足で帰ろうと思っていたが、急に名残惜しくなってしまった。

 おじいちゃんと孫。

 そんな関係は俺には生涯無縁だと思っていた。

 だから名残惜しい。

「おじいちゃん、あしたかえっちゃうの。さみしいな。でもまたあえるよ」
「そうだな。また会える」
「さぁ、オムライスが冷めちゃうわよ」
「いただきます」

 遅めの昼食。

 夜は急遽俺が石狩鍋を作って振る舞った。

 軽井沢の冬が春になるのには、もう少し時間がかかるが、俺の心は既に冬から春へと移り変わっていた。

 小さなぬくもりを感じながら眠る夜は、泣きそうになるほど幸せだった。

 小さなみーくん。

 君が運んできてくれた幸せは、今ここにある。

 俺を幸せにしてくれてありがとう。


****

「そうですか、それがいいと思います。僕ももう1泊した方がいいと思っていました」
「そうなのか」
「はい、いっくんはくまさんのことが大好きなので、だから……」
「俺もいっくんが大好きだ」
「くまさんの愛情はあたたかくヌクヌクです」
「みーくん、ありがとう。みーくんも風邪を引くなよ」
「はい、気をつけます」

 潤たちは無事に新居に到着したそうだ。

 邪魔をしたくないから潤と入れ違いで帰ると言い張っていたお父さんが、もう1泊すると聞いて、嬉しくなった。

 間もなく3月。

 こちらは最近は寒さも緩み、春の足音が微かに聞こえるようになった。

「瑞樹、来週からもう三月だなんて早いな」
「宗吾さん、都会の冬もそろそろ終わりでしょうか」
「そうだな。季節が巡るようだ」
「冬から春へですね」
「そうだ、季節が変わり、草花が芽吹く俺たちが大好きな季節がやってくる」
「楽しみです」

 明日が楽しみになる言葉。

 そういえば、最近の僕は宗吾さんといつも未来の話をしている。

 宗吾さんと芽生くんと過ごす明日が待ち遠しくて……

 今日という日も名残惜しいが、明日がやってくるのが一段と楽しみだ。

 宗吾さんをもっと好きになる日。

 芽生くんをもっと好きになる日。

 僕は毎日好きを更新していく。

 そして幸せも更新していくよ。
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