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小学生編
冬から春へ 79
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扉を開けた途端、いっくんが勢いよく飛び込んできた。
そして小さな手を思いっきり広げて、俺にぎゅっとしがみ付いた。
真っ先に新しい部屋を見て回ると思ったのに……
想定外の行動にバランスを崩して、よろけそうになった。
「お、おっと」
「おじーちゃんっ、とってもあいたかったよぅ」
それから、さっちゃんのことを黒目がちの可愛い瞳で見つめた。
「おばーちゃんにも、しゅごくあいたかったよぅ」
「まぁ、おばあちゃんも会いたかったわ」
「おじいちゃんもだ」
「えへへ、よかったぁ」
なんの躊躇いもなく俺たちを「おじいちゃん」「おばあちゃん」と慕ってくれるいっくんの愛らしさよ。清らかな優しさに触れ、この2週間、軽井沢で潤の家のために尽力して良かったと心から思えた。
やっぱり言葉には力があるんだな。
相手の気持ちに寄り添った言葉は、猛烈な糧となり、小さないっくんが全身で教えてくれることは、俺たちにフレッシュな気持ちを蘇らせてくれる。
続いて少し照れ臭そうに、それでいて最高に幸せそうな顔で潤が入って来た。そのすぐ横にはすみれさんが立っていた。
「父さん、母さん、ただいま! 留守中ありがとうございます」
「お父さん、お母さん、何から何までありがとうございます」
息子と娘を「おかえり」と、出迎える。
「ただいま」と「おかえり」はありふれた言葉であると同時に、かけがえのない言葉なのを、俺たちは知っている。
大切なものを失った経験がある者にとって、ありふれた日常はどこまでも愛おしい。
「潤、すみれちゃん、おかえり! 待っていたぞ」
「あ、あの……すみれちゃんって、私のことですか」
「あぁ、もっと親しみを持って呼びたくてなったんだ。これからはそう呼んでもいいか」
「はい! なんだかポカポカしますね。子供になったみたい」
「すみれちゃんは俺たちの娘だよ」
俺たちの会話を聞いていたいっくんがとろけそうに甘い顔をする。
「まーま、よかったねぇ。ママはとってもかわいいから、そっちのほうがいいよぅ」
「まぁ、いっくんってば」
すみれちゃんが抱っこしていた槙くんが、「んぎゃー」っと自己アピールするように泣いた。
「ははっ、よしよし、まー坊もお帰り。さぁ、みんな中へ入ろう」
まるでパーティー会場のように明るく飾りつけた部屋に案内すると、驚かれた。
「えっ? あ、あれ? 出た時と全然違う! これ、どうしたのですか」
「すごいわ。素敵過ぎるわ。木馬に大きなぬいぐるみ……全部欲しかったもの。それに、いっくんの描いた絵が壁に飾ってあるわ。思い出はみんな焼けちゃったのに……どうして?」
潤が東京に行っている間に、方々からダンボールが届いた事を伝えた。
宗吾さんのお兄さんの憲吾さんやみーくんの親友の菅野くんのお姉さんからは、お子さんが遊んだ玩具や服、バザーに出す予定だった文房具や絵本が届き、保育園の先生たちが園で保管していた、いっくんの小さい頃のお絵かきや赤ちゃんの写真を持って来てくれたと教えると、潤と菫さんは目頭を押さえた。
「こんなに沢山揃えていただけるなんて」
「とてもオレたちだけじゃ無理だったな」
「うん」
「あー! あれぇ」
いっくんがベビーベッドを一番に見つけてくれた。
目を見開いて、小さな口に手をあてて驚いている。
「これ、これぇ、もちかちて、まきくんのベッドなの?」
「そうだよ。おじいちゃんとおばあちゃんからのプレゼントだよ」
「しゅごい、いっくん、これね、ほちかったの! ママぁ、ママぁ、よかったね。もう、こし、いたくないよ」
「いっくん……」
なんと!
そう来るのか。
ママの腰の負担を心配するなんて。
潤と出会う前、二人きりで暮らしていた時、何度かママが腰痛が悪化して倒れたと聞いていた。その時のショックが心に強く焼き付いているのだろう。
「いっくんにも、ちゃんとあるぞ」
「え? なぁに?」
「ベビーベッドの下を見てごらん」
ベビーベッドを作っている時、ふと思いついて作ってやった物だ。
「このはこ、もちかちて……たからばこなの?」
「そうだ、いっくんのたいせつなものを入れておくれ」
「わぁ……いっくんのたからばこ……ぐすっ、いっくんのたからばこ、かじで……もえちゃったの……ぐすっ、だからしゅごくうれちいよ」
ずっと我慢していたのだろう。
いっくんの瞳から、突然ぽろぽろと涙が溢れた。
周りに心配を掛けるのが嫌いで、聞き分けの良い子だが、沢山の物を火事で失ってしまったのが現実だ。
「蓋を開けてごらん」
「うん、うん!」
中には……
芽生くんからの手紙とお絵描き。スーパーボールやバッジなどの宝物のお裾分けが入っていた。
「これ……めーくんからのおてがみだよ。いっくん、ひとりでよんでみる」
手紙はいっくんが読めるよう、全て平仮名で書いてあった。
……
「いっくんへ あたらしいおうちができてよかったね。いままであつめていた、たからものは、おそらのパパがあずかってくれているよ。だからさみしくないよ。そのかわりぼくのたからものをわけてあげるね。いっくんはボクのだいじなおとうとだから、もらってほしいんだ。それから、こんどあったとき、ふたりでたからものをさがそうね」
……
芽生くん、やるな。
いっくんの悲しみを、全部分かってくれていたんだな。
血のつながりなんて関係ない。
いっくんと芽生くんは、心と心で結ばれた兄弟だ!
芽生坊の優しさに触れると、みーくんの小さい頃を思い出さずにはいられない。
……
「くましゃんはここね」
「これはくましゃんの」
「くましゃんのおそばがいい」
「みーくんのたからもの、あげるね」
……
みーくんはいつも俺を家族の一員に加えてくれた。
君からもらった優しさを、これからは俺が返していくよ。
俺には3人の息子がいる。
血のつながりはないが、心と心はしっかりつながっている。
そう胸を張って言える。
そして小さな手を思いっきり広げて、俺にぎゅっとしがみ付いた。
真っ先に新しい部屋を見て回ると思ったのに……
想定外の行動にバランスを崩して、よろけそうになった。
「お、おっと」
「おじーちゃんっ、とってもあいたかったよぅ」
それから、さっちゃんのことを黒目がちの可愛い瞳で見つめた。
「おばーちゃんにも、しゅごくあいたかったよぅ」
「まぁ、おばあちゃんも会いたかったわ」
「おじいちゃんもだ」
「えへへ、よかったぁ」
なんの躊躇いもなく俺たちを「おじいちゃん」「おばあちゃん」と慕ってくれるいっくんの愛らしさよ。清らかな優しさに触れ、この2週間、軽井沢で潤の家のために尽力して良かったと心から思えた。
やっぱり言葉には力があるんだな。
相手の気持ちに寄り添った言葉は、猛烈な糧となり、小さないっくんが全身で教えてくれることは、俺たちにフレッシュな気持ちを蘇らせてくれる。
続いて少し照れ臭そうに、それでいて最高に幸せそうな顔で潤が入って来た。そのすぐ横にはすみれさんが立っていた。
「父さん、母さん、ただいま! 留守中ありがとうございます」
「お父さん、お母さん、何から何までありがとうございます」
息子と娘を「おかえり」と、出迎える。
「ただいま」と「おかえり」はありふれた言葉であると同時に、かけがえのない言葉なのを、俺たちは知っている。
大切なものを失った経験がある者にとって、ありふれた日常はどこまでも愛おしい。
「潤、すみれちゃん、おかえり! 待っていたぞ」
「あ、あの……すみれちゃんって、私のことですか」
「あぁ、もっと親しみを持って呼びたくてなったんだ。これからはそう呼んでもいいか」
「はい! なんだかポカポカしますね。子供になったみたい」
「すみれちゃんは俺たちの娘だよ」
俺たちの会話を聞いていたいっくんがとろけそうに甘い顔をする。
「まーま、よかったねぇ。ママはとってもかわいいから、そっちのほうがいいよぅ」
「まぁ、いっくんってば」
すみれちゃんが抱っこしていた槙くんが、「んぎゃー」っと自己アピールするように泣いた。
「ははっ、よしよし、まー坊もお帰り。さぁ、みんな中へ入ろう」
まるでパーティー会場のように明るく飾りつけた部屋に案内すると、驚かれた。
「えっ? あ、あれ? 出た時と全然違う! これ、どうしたのですか」
「すごいわ。素敵過ぎるわ。木馬に大きなぬいぐるみ……全部欲しかったもの。それに、いっくんの描いた絵が壁に飾ってあるわ。思い出はみんな焼けちゃったのに……どうして?」
潤が東京に行っている間に、方々からダンボールが届いた事を伝えた。
宗吾さんのお兄さんの憲吾さんやみーくんの親友の菅野くんのお姉さんからは、お子さんが遊んだ玩具や服、バザーに出す予定だった文房具や絵本が届き、保育園の先生たちが園で保管していた、いっくんの小さい頃のお絵かきや赤ちゃんの写真を持って来てくれたと教えると、潤と菫さんは目頭を押さえた。
「こんなに沢山揃えていただけるなんて」
「とてもオレたちだけじゃ無理だったな」
「うん」
「あー! あれぇ」
いっくんがベビーベッドを一番に見つけてくれた。
目を見開いて、小さな口に手をあてて驚いている。
「これ、これぇ、もちかちて、まきくんのベッドなの?」
「そうだよ。おじいちゃんとおばあちゃんからのプレゼントだよ」
「しゅごい、いっくん、これね、ほちかったの! ママぁ、ママぁ、よかったね。もう、こし、いたくないよ」
「いっくん……」
なんと!
そう来るのか。
ママの腰の負担を心配するなんて。
潤と出会う前、二人きりで暮らしていた時、何度かママが腰痛が悪化して倒れたと聞いていた。その時のショックが心に強く焼き付いているのだろう。
「いっくんにも、ちゃんとあるぞ」
「え? なぁに?」
「ベビーベッドの下を見てごらん」
ベビーベッドを作っている時、ふと思いついて作ってやった物だ。
「このはこ、もちかちて……たからばこなの?」
「そうだ、いっくんのたいせつなものを入れておくれ」
「わぁ……いっくんのたからばこ……ぐすっ、いっくんのたからばこ、かじで……もえちゃったの……ぐすっ、だからしゅごくうれちいよ」
ずっと我慢していたのだろう。
いっくんの瞳から、突然ぽろぽろと涙が溢れた。
周りに心配を掛けるのが嫌いで、聞き分けの良い子だが、沢山の物を火事で失ってしまったのが現実だ。
「蓋を開けてごらん」
「うん、うん!」
中には……
芽生くんからの手紙とお絵描き。スーパーボールやバッジなどの宝物のお裾分けが入っていた。
「これ……めーくんからのおてがみだよ。いっくん、ひとりでよんでみる」
手紙はいっくんが読めるよう、全て平仮名で書いてあった。
……
「いっくんへ あたらしいおうちができてよかったね。いままであつめていた、たからものは、おそらのパパがあずかってくれているよ。だからさみしくないよ。そのかわりぼくのたからものをわけてあげるね。いっくんはボクのだいじなおとうとだから、もらってほしいんだ。それから、こんどあったとき、ふたりでたからものをさがそうね」
……
芽生くん、やるな。
いっくんの悲しみを、全部分かってくれていたんだな。
血のつながりなんて関係ない。
いっくんと芽生くんは、心と心で結ばれた兄弟だ!
芽生坊の優しさに触れると、みーくんの小さい頃を思い出さずにはいられない。
……
「くましゃんはここね」
「これはくましゃんの」
「くましゃんのおそばがいい」
「みーくんのたからもの、あげるね」
……
みーくんはいつも俺を家族の一員に加えてくれた。
君からもらった優しさを、これからは俺が返していくよ。
俺には3人の息子がいる。
血のつながりはないが、心と心はしっかりつながっている。
そう胸を張って言える。
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