上 下
1,684 / 1,730
小学生編

冬から春へ 76

しおりを挟む
 
「父さん、母さん行ってきます!」

 潤は妻子を迎えるために、意気揚々と東京へ向かった。

 潤の逞しい背中が見えなくなるまで、俺とさっちゃん見送った。

「勇大さん、潤、とっても嬉しそうね」
「あぁ、ようやく家族揃って過ごせるからな」
「あの子、更に父親らしい顔になって、驚いたわ。何度も言ってしまうけれども、父親の顔を知らずに育ったのに不思議なの。きっと今回の事件を通して、あなたが潤に父親の姿を沢山見せてくれたからね。勇大さん、本当にありがとう」
「いや、俺も両親を相次いで病気で亡くし、祖父に育てられたようなものだから、父親の記憶がおぼろげだ。だから……こんな時、大樹さんだったら息子に何をしてあげたいかと置き換えて、行動しただけだ」

 言葉に出して気づくことがある。

 大樹さんは自分の命が短い事など知らなかったのに、父親の顔を俺に沢山見せてくれた。

 何かにつけて、みーくんの子育てを俺に手伝わせたのは、この日のためだったのか。

 もしも俺が父親らしく振る舞えているのなら、それは大樹さんから授かったもの、受け継いだものだ。

 大樹さんが、俺に残してくれた宝物だ。

「ありがとう。私は勇大さんと出会えて、沢山の幸せをもらってるわ」
「俺の方こそ、ありがとう。さぁ潤が帰ってくるまでに仕上げよう。今日も手伝ってくれるか」
「もちろんよ。潤が仕事に行っている間二人でこっそり作業するのが楽しかったわ。そろそろ完成ね」
「あぁ、俺たちからの引越祝いだ」



 大樹さんは大工仕事も器用な人だった。

 東京出身の写真家で、きっと育ちもよかっただろうに、俺が山小屋の手入れ方法を教えると、あっという間に習得し、逆に俺が教わるようになった。

……

「熊田、買い物についてきてくれ」
「今度は何を作るのですか」
「ははっ、察しがいいな。ベビーベッドだよ」
「えぇ? そんなもの作れるのですか」
「ベビーベッドの構想は大体出来た。さっき頭の中で思い描いたベビーベッドの設計図をざっと作ってみたんだ。どうだ?」

 図面は完璧だった。

「大樹さんは、大工になれますよ」
「昔から物を作るのが好きだったので、楽しくて仕方がないよ」

 大樹さんは男の俺から見ても惚れ惚れする、行動力があって溌剌とした人だった。

 何でもポジティブに捉え、周囲に愛を降り注ぐ人だ。

 だから、祖父が亡き後塞ぎ込んでいた俺を、家族の一員にしてくれた。

 

 木材所で大量のパイン材を買い込んで、二人で担いでログハウスに戻った。

「いいか、このことは、澄子には内緒だぞ。出産祝いにしてやりたい」
「了解です!」

 二人がかりで、パイン集成材をカットして溝を掘り、ビス止めするためのダボ穴を掘ってフレームを作成した。それから溝を掘った部分にMDFパネルを差し込みサイドパネルの完成させる。次は前後の柵を作成するため、丸い穴を開けて丸棒を取り付けていく。パーツが全て完成すれば、サンドペーパーで面取りしミルクペイントで塗装して……

……

 今でも手順は覚えている。

 あの日、大樹さんと一緒にベビーベッドを作っておいて良かった。

「さっちゃん、一緒に組み立てよう」
「えぇ」

 あの日は大樹さんと俺で、みーくんのために組み立てた。
 
 今日は俺の奥さんと一緒に孫のために組み立てていく。

 こんな日がやってくるなんて――

 みーくんが生まれてから、あの別れの日まで、幸せな日々だった。

 俺は大樹さん家族と、すぐに忘れてしまうような、幸せな日常を当たり前のように積み重ねていた。

 ……

「くましゃん、しゅき」
「みーくん、うれしいな。でも、俺でいいのか」
「うん、くましゃんだーいしゅき」
「おい、熊田ずるいぞ。瑞樹、パパは? パパも好きか」
「パパぁ、だいしゅき」
「よしよし、瑞樹は天使みたいだな。キスしてくれ、ここに」
「ちゅ」

……

 ハチミツのように甘く、タンポポの綿毛のようにふわふわな日々だった。

 頬にちゅっと甘いキス。

 みーくんのほほえみ、やさしい表情。

 愛情がこもった言葉。

 数え切れない程の愛と、小さな幸せが集まった世界だった。

「勇大さんとこんなこと出来るなんて、夢みたい」
「さっちゃんと一緒に作り上げる時間が愛おしいよ」

 誰かが誰かのために。

 人はそうやって存在している。


****

 新幹線の中で、いっくんはずっと新しい家の想像をしていた。

「パパぁ、新しいおうちには、みーくんのおうちみたいにテーブルとイスはあるの?」
「あぁ、ちゃんと揃えたよ。ご飯をたべるテーブルとイスがあるぞ」
「わぁ~ すごい」
「あ、あのね、まきくん、あかちゃんだけど、そこに、いっしょにすわれるかなぁ」
「あ……そっか、大人のイスだけだから無理だな」
「しょっか……まきくんだけゆか、さみしいから、いっくんもまえみたいにゆかでたべるよ」
「……そ、そうか」

 アパート暮らしの時はちゃぶ台しかなかった。

 だがこれから家族4人で過ごす家は、すみれの腰の負担も考えて洋式にしていきたい。それには、まだまだ足りないものばかりだと気づかされた。

「そうだ、あかちゃんのベッドはあるの?」
「ベビーベッドは買えなかったんだ。ごめんな」
「……そっか、ううん。だいじょうぶ」

 いっくんはそのまましょぼんと俯いてしまった。

 きっと何か理由があると思った。

 瑞樹兄さんのように、丁寧に理由を探ってやりたくなった。

「いっくん、どうしてあったらいいと思ったんだ?」
「あ……いっていいの?」
「あぁ、パパが聞きたいよ」
「あのね……あれがあったら……ママのこしがいたくなくて、いいなっておもったの。まえにほいくえんのせんせいにきいたら、おしえてくれたの」
「そうか、それは是非叶えてあげたいな」

 流石に、もうこれ以上赤ちゃんの物を買い揃える金が今はなかった。

 保険が下りたとはいえ、家を購入したのでキツいのが現状だ。

「パパ、ごめんなしゃい」
「どうしてあやまるんだ?」
「いっくん、わがまま……だった」

 いっくんが目をゴシゴシと擦っている。

「いいや、いっくんのは我が儘じゃないよ。夢を持つのは良いことだ。パパも一緒に叶えたいから、同じ夢を見るよ。いっくんのおかげで見たくなった」
「ほんと? よかった、いっくんもいっぱいおてつだいする」
「頼もしいな」
「えっと、えっと……いっくん、パパのこだからね、たのもしくなりたいの」
「あぁ、そうだな。いっくんはパパの大事な子だ」

 そんな話をしているうちに、新幹線が軽井沢駅に着いた。

 ホームに下りると、いっくんが口に両手を添えて大きな声で叫んだ。

 いっくんは大人しい子どもだが、時々凜々しいことをする。

「ただいまー いっくんのせかい!」

 いっくんの世界か。

 そうだな、その通りだな。

 軽井沢で生まれ育ったいっくんにとって、ここは大切な世界だ。

 オレはその世界を守る人になりたい。



 


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...