1,683 / 1,730
小学生編
冬から春へ 75
しおりを挟む
職場に着いた途端、美智から連絡が入った。
昔だったら一旦家から出たら、たとえ手が空いていても、家庭のことは後回しにしてスルーしてしまったのを思い出し、反省した。
今は打ち合わせ中や重要な任務中でなかったら、確認している。
母のこと、娘のこと、美智自身のこと。
それから宗吾や瑞樹、芽生のこと。
私が尽力したい人たちのことは、いち早くキャッチしておきたい。
そのためにも、美智に躊躇せずにマメに連絡してくれと、頼んである。
こんな朝早くから何事だろう?
何かあったのか。
……
憲吾さん、お仕事中ごめんね。
今、いっくんがお父さんと一緒に、我が家に挨拶に来てくれたの。
軽井沢の家がついに整ったそうで、今から幼稚園に挨拶して、そのまま新幹線で帰ってしまうとのこと。
あなたが後で知ったら寂しがるかなって思って、連絡しました。
……
なんと!
そうなのか。
いっくんが楽しみに待っていた父親が、ついに迎えに来てくれたのか。
良かったな。
しかも、わざわざ我が家に挨拶に寄ってくれたのか。
流石、瑞樹の弟だ。
律儀のことを。
私も礼を尽くしたい。
時計を見ると、まだ業務開始まで1時間あった。
早めに出社して処理しようと思った仕事は、そこまでの急ぎでない。
今から幼稚園に向かったら、会えるだろうか。
ギリギリ間に合うか。
いっくんにお別れを言いたくて、私は道を急いだ。
渋谷から中目黒まで戻るのは苦ではない。
そこから走れば――
考えるよりも先に、身体が動いていた。
私はずっと頭で考える人間だったのに、これはどうしたことか。
心のままに動くなんて、驚きだ。
天使のようないっくんが、お父さんと会えて幸せそうな笑みを浮かべている場面を、どうしても見たかった。
中目黒駅から、芽生が通っていた幼稚園は少し離れていた。
子どもの足で20分以上程かかるので芽生はバス通園していたが、バスの定員が満員だったので、毎日、菫さんが送迎していた。
赤ん坊といっくんを連れて寒い道を通うのは大変だったろうが、少しも不平不満は漏らさす、むしろ通えることに感謝してくれた。
その姿勢にも頑張り屋の親子だと感銘を受けていた。
そんな君たちに、エールを送りたい。
心からのエールを。
私は全速力で走った。
スーツ姿で走るなんて、したことがなかった。
冷たい空気が気持ち良く、景色が流れて行くのが、新鮮だった。
やがて幼稚園の門が、道の向こうに見えてくる。
丁度その時、いっくん達が出てきた。
私を見つけて笑顔を浮かべてくれたので、嬉しくなった。
私の取った行動が、正解か不正解か。
それは問題ではない。
いっくんの表情が答えだ。
私はずっと頭でっかちで、予定外のことをするのが嫌いだった。
自分が立てたスケジュールから外れるのは邪道だと思っていた。
そうではないのだな。
寄り道、回り道によって見えてくる光景。
つかめる心。
触れ合える思いがあるのだ。
宗吾が瑞樹を連れてきてくれてから、沢山の優しさに気付けた。
歩み寄ること、寄り添うことの大切にさにも気付けた。
気付くだけでなく、私も真似したくなった。
実行したくなったのだ。
いっくんのお父さんとも、挨拶出来てよかった。
瑞樹とは外見は似ておらずタフなガテン系の男性だったが、心があたたかいのが滲み出ていた。
いっくんが大好きオーラ全開で父親を見つめ、父親も溺愛モードで見つめている。
なるほど、相思相愛なのだな。
父と子の気持ちが愛で溢れている。
ところが、この光景を見られて満足だったはずなのに、いざ別れが近づくと、柄にも寂しくなってしまった。
そんな私の様子に気づいたのか、いっくんが天使のような発言を。
「ケンくんもげんきでいてくだしゃいね。だいしゅきですよ」
「いっくん……」
思わず泣きそうになったが、この別れに涙は似合わないと思った。
「また会おう! 今度は一緒に野球を観よう」
「やきゅう! わぁぁ、いっくんうれちいでしゅ。ケンくん、またきましゅ。ぜったいきましゅよ」
「あぁ、待ってるよ。さぁもう行きなさい」
「あい!」
潤くんと菫さんが深々と頭を下げたので、私も同じように心を込めてお辞儀した。
お互いに感謝の気持ちで一杯だった。
****
予定通りの新幹線に、乗れた。
「パパぁ、あたらしいおうちはどんなところ?」
「そうだなぁ、前よりずっと広いが、1階でみんなが一緒に過ごせるようにしたよ」
「わぁ、よかった。いっくん、まだまだパパといっちょがいいよぅ」
「ありがとう。パパもだよ。ママも槙も一緒だ」
家族が笑顔になる家を作りたい。
その思いに後押しされて、リフォームした。
古い家だが、かつて人が住んでいた温もりのある家だった。その部分を生かそうと、お父さんと相談しながら作り上げた城だ。
いよいよ今日、最愛の家族を迎え入れる。
年明け早々、大変な災害に見舞われた。
家財一式失ったが、家族の絆は深まった。
そして、周りの人からの愛を、しみじみと実感した。
ここまで来られたのは、オレ一人の力では到底無理だった。
周囲の協力があってこそだ。
「いっくんがいちばんうれちいのはね、パパとまたおててつなげることだよぅ。ぱーぱ、だいしゅき」
いっくんの小さな手が導いてくれる世界は、暖かくて優しい。
オレはこの世界が大好きだ。
昔だったら一旦家から出たら、たとえ手が空いていても、家庭のことは後回しにしてスルーしてしまったのを思い出し、反省した。
今は打ち合わせ中や重要な任務中でなかったら、確認している。
母のこと、娘のこと、美智自身のこと。
それから宗吾や瑞樹、芽生のこと。
私が尽力したい人たちのことは、いち早くキャッチしておきたい。
そのためにも、美智に躊躇せずにマメに連絡してくれと、頼んである。
こんな朝早くから何事だろう?
何かあったのか。
……
憲吾さん、お仕事中ごめんね。
今、いっくんがお父さんと一緒に、我が家に挨拶に来てくれたの。
軽井沢の家がついに整ったそうで、今から幼稚園に挨拶して、そのまま新幹線で帰ってしまうとのこと。
あなたが後で知ったら寂しがるかなって思って、連絡しました。
……
なんと!
そうなのか。
いっくんが楽しみに待っていた父親が、ついに迎えに来てくれたのか。
良かったな。
しかも、わざわざ我が家に挨拶に寄ってくれたのか。
流石、瑞樹の弟だ。
律儀のことを。
私も礼を尽くしたい。
時計を見ると、まだ業務開始まで1時間あった。
早めに出社して処理しようと思った仕事は、そこまでの急ぎでない。
今から幼稚園に向かったら、会えるだろうか。
ギリギリ間に合うか。
いっくんにお別れを言いたくて、私は道を急いだ。
渋谷から中目黒まで戻るのは苦ではない。
そこから走れば――
考えるよりも先に、身体が動いていた。
私はずっと頭で考える人間だったのに、これはどうしたことか。
心のままに動くなんて、驚きだ。
天使のようないっくんが、お父さんと会えて幸せそうな笑みを浮かべている場面を、どうしても見たかった。
中目黒駅から、芽生が通っていた幼稚園は少し離れていた。
子どもの足で20分以上程かかるので芽生はバス通園していたが、バスの定員が満員だったので、毎日、菫さんが送迎していた。
赤ん坊といっくんを連れて寒い道を通うのは大変だったろうが、少しも不平不満は漏らさす、むしろ通えることに感謝してくれた。
その姿勢にも頑張り屋の親子だと感銘を受けていた。
そんな君たちに、エールを送りたい。
心からのエールを。
私は全速力で走った。
スーツ姿で走るなんて、したことがなかった。
冷たい空気が気持ち良く、景色が流れて行くのが、新鮮だった。
やがて幼稚園の門が、道の向こうに見えてくる。
丁度その時、いっくん達が出てきた。
私を見つけて笑顔を浮かべてくれたので、嬉しくなった。
私の取った行動が、正解か不正解か。
それは問題ではない。
いっくんの表情が答えだ。
私はずっと頭でっかちで、予定外のことをするのが嫌いだった。
自分が立てたスケジュールから外れるのは邪道だと思っていた。
そうではないのだな。
寄り道、回り道によって見えてくる光景。
つかめる心。
触れ合える思いがあるのだ。
宗吾が瑞樹を連れてきてくれてから、沢山の優しさに気付けた。
歩み寄ること、寄り添うことの大切にさにも気付けた。
気付くだけでなく、私も真似したくなった。
実行したくなったのだ。
いっくんのお父さんとも、挨拶出来てよかった。
瑞樹とは外見は似ておらずタフなガテン系の男性だったが、心があたたかいのが滲み出ていた。
いっくんが大好きオーラ全開で父親を見つめ、父親も溺愛モードで見つめている。
なるほど、相思相愛なのだな。
父と子の気持ちが愛で溢れている。
ところが、この光景を見られて満足だったはずなのに、いざ別れが近づくと、柄にも寂しくなってしまった。
そんな私の様子に気づいたのか、いっくんが天使のような発言を。
「ケンくんもげんきでいてくだしゃいね。だいしゅきですよ」
「いっくん……」
思わず泣きそうになったが、この別れに涙は似合わないと思った。
「また会おう! 今度は一緒に野球を観よう」
「やきゅう! わぁぁ、いっくんうれちいでしゅ。ケンくん、またきましゅ。ぜったいきましゅよ」
「あぁ、待ってるよ。さぁもう行きなさい」
「あい!」
潤くんと菫さんが深々と頭を下げたので、私も同じように心を込めてお辞儀した。
お互いに感謝の気持ちで一杯だった。
****
予定通りの新幹線に、乗れた。
「パパぁ、あたらしいおうちはどんなところ?」
「そうだなぁ、前よりずっと広いが、1階でみんなが一緒に過ごせるようにしたよ」
「わぁ、よかった。いっくん、まだまだパパといっちょがいいよぅ」
「ありがとう。パパもだよ。ママも槙も一緒だ」
家族が笑顔になる家を作りたい。
その思いに後押しされて、リフォームした。
古い家だが、かつて人が住んでいた温もりのある家だった。その部分を生かそうと、お父さんと相談しながら作り上げた城だ。
いよいよ今日、最愛の家族を迎え入れる。
年明け早々、大変な災害に見舞われた。
家財一式失ったが、家族の絆は深まった。
そして、周りの人からの愛を、しみじみと実感した。
ここまで来られたのは、オレ一人の力では到底無理だった。
周囲の協力があってこそだ。
「いっくんがいちばんうれちいのはね、パパとまたおててつなげることだよぅ。ぱーぱ、だいしゅき」
いっくんの小さな手が導いてくれる世界は、暖かくて優しい。
オレはこの世界が大好きだ。
75
お気に入りに追加
832
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる