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小学生編
5周年スペシャル・冬から春へ 59
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菫さんが作ってくれたお弁当を食べると、懐かしい思い出が、また一つ僕の心に戻って来てくれた。
宗吾さんと芽生くんと出逢ってから、まるで雲の上にいる母から、定期便のように、記憶の彼方に押し込めたものが蘇ってくるよ。
……
僕が幼稚園に通い出した頃のことだ。
「ママ、ごめんなさい」
「どうしたの? みーくん、ほっぺに涙の跡があるわ……泣いちゃったの?」
「あっ……ううん」
バス停で母の顔を見るなり、僕はお弁当を食べきれなかったことを謝った。するとその度に母は怒らずに優しい笑顔で僕を包んで、優しい手つきで頬を撫でてくれた。
僕はその瞬間が本当に大好きで、母にしがみついて匂いを一生懸命くんくんと嗅いだ。
「みーくん、かくさなくていいのよ。どうしたの?」
「あのね……おべんと……また、のこしちゃったの」
「いいのよ。みーくんが無理して喉に詰まらせたりしたら大変だもの」
「……ママのおべんと、だいすき……だから、もったいなくて」
「うんうん、その言葉で充分よ」
あの頃の僕はかなり内気で、なかなか幼稚園に溶け込めなかった。
食も細く、お弁当を食べるのもゆっくりだった。
なにより母と離れることが心細く感じていた。
そんな僕にとって、お弁当は母のぬくもりに触れられる大切な時間だったので、もったいなくて、皆のように勢いよくガツガツ食べることが出来なかった。
気弱な僕に、母は怒らず根気よく付き合ってくれた。
「みーくん、みーくん、今度はどんなお弁当にしようか。森のくまさん? それともお花畑? ママ、がんばるわよ」
「えっとね、ママとピクニックにいくおべんとうがいい」
「まぁ」
「おーい、瑞樹、パパは?」
「あ! パパもくまさんもいっしょがいい」
「そうか、そうか。よしよし、瑞樹は可愛いな」
「みーくん、俺が抱っこしよう!」
「わぁ、うん!」
……
お父さんが駆けつけて僕に頬ずりし、くまさんが高く高く抱っこしてくれた。
僕は本当に、皆が大好きでたまらなかった。
まだ夏樹が生まれる前。
僕は皆の宝物のような存在で、大事に育ててもらった。
大切にされた経験は、今もこの胸の奥に蓄えられている。
あの頃してもらったことを、今度は僕がお返しする番なのかもしれないね。
その晩、帰宅すると、いっくんと芽生くんがソファのテーブルで仲良くお絵描きをしていた。
「あ、お兄ちゃん、お帰りなさい」
「みーくん、おかえりなしゃい」
「うん、ただいま」
「お兄ちゃん、ボク、もう宿題終わらせたから、いっくんと遊んでいていい?」
「偉かったね。もちろんいいよ」
「わーい」
本当に二人は兄弟のように仲良しだ。
その光景を微笑ましく思いながら、キッチンに向かった。
キッチンでは菫さんが夕食を作ってくれていた。
「瑞樹くん、おかえりなさい。今日はクリームシチューよ」
「菫さん、ただいま、あのお弁当、ご馳走様です」
空のお弁当箱を見せると、菫さんの笑顔が弾けた。
「全部食べてくれたのね。それに綺麗に洗ってくれてありがとう」
僕は親しみを込めて答えた。
「うん、すごく美味しかったから」
「んふふ、お口にあった?」
「うん、お母さんのお弁当と配色が似ていて懐かしくなって、それで昔の記憶が……」
素直に今日、亡くなった母のお弁当を思い出したことを告げると、菫さんはハッとした表情を浮かべた。
「あのね、いっくんも全く同じ事を言っていたの。もったいなくて食べられなかったって」
「いっくんも?」
「そうなのよ。あのね、こんなこと言ったら不謹慎かもしれないけれども、なんかじーんときちゃって。私が作ったお弁当をそんなに大事にしてくれるなんて嬉しかったわ」
「いっくんの気持ち、僕にもよく分かるな」
「そうなのね。瑞樹くんなら樹の気持ちに寄り添ってもらえそうで、嬉しい」
「あとでいっくんと話しても?」
「そうしてもらえたらありがたいな。頼もしい弟くんね」
「あ、うん、えっと……任せて」
「ふふ、私たちもいい姉弟になれるわね」
「うん」
菫さんがウインクすると、僕もつられて笑顔になれた。
相変わらず人見知りな僕だけれども、菫さんの優しさと明るさには、どんどん引き込まれていく。
潤――
潤の奥さんはとても素晴らしい人だね。
僕と宗吾さんの関係を真っ直ぐ受け止めてくれるだけでなく、僕の本当のお姉さんのように接してくれるよ。
もうお母さんにはこの世で会えなくても、あの頃の気持ちを思い出せるし、母からもらった愛情は、今でも感じることは出来る。
優しい気持ちが芽生えたら、それが次の花を咲かす原動力になる。
そうやって優しさは連鎖していくんだね。
その晩、僕はいっくんの心に寄り添った。
「あのね、みーくん、いっくんね、だめだめで、しょんぼりだったの」
「そんなことないよ。ママは嬉しかったと思うよ」
「しょうなの?」
「いっくんが大事だからね」
「いっくんもママだいじ! いまは、パパのぶんもまもってあげたいの」
「そうか、いっくんはカッコいいね」
「え? いっくん、かっこいいの?」
「うん、ママを守る天使だよ」
「わぁ……いっくんもおやくにたってるの?」
「もちろんだよ」
「わぁ」
僕は、母の役に立っていたのだろうか。
母を笑顔にしてあげられたのだろうか。
答えのない問いかけを、ずっと繰り返して来たが、その答えを今もらったような気がした。
どうか、もう何もしてあげられないと嘆かないで――
どうか、もう会えないと悲しまないで――
きっと姿を変えて、あなたの大切な人は、あなたにそっと寄り添ってくれるから。
耳を澄ませば聞こえるそよ風の音のように――
目を閉じれば感じる優しい光のように――
そっと、そっと傍にいてくれる。
一面のシロツメクサ、青空の下の記憶は永遠だ。
僕の大切な人はいつまでもいつまでも、大切な人のままだよ。
****
幸せな存在が2024/7/6で連載開始から5周年を迎えました。
いつも読んで下さってありがとうございます。
エブリスタメインですが、こちらでの連載も続けて行こうと思います。
これからも宜しくお願いします。
宗吾さんと芽生くんと出逢ってから、まるで雲の上にいる母から、定期便のように、記憶の彼方に押し込めたものが蘇ってくるよ。
……
僕が幼稚園に通い出した頃のことだ。
「ママ、ごめんなさい」
「どうしたの? みーくん、ほっぺに涙の跡があるわ……泣いちゃったの?」
「あっ……ううん」
バス停で母の顔を見るなり、僕はお弁当を食べきれなかったことを謝った。するとその度に母は怒らずに優しい笑顔で僕を包んで、優しい手つきで頬を撫でてくれた。
僕はその瞬間が本当に大好きで、母にしがみついて匂いを一生懸命くんくんと嗅いだ。
「みーくん、かくさなくていいのよ。どうしたの?」
「あのね……おべんと……また、のこしちゃったの」
「いいのよ。みーくんが無理して喉に詰まらせたりしたら大変だもの」
「……ママのおべんと、だいすき……だから、もったいなくて」
「うんうん、その言葉で充分よ」
あの頃の僕はかなり内気で、なかなか幼稚園に溶け込めなかった。
食も細く、お弁当を食べるのもゆっくりだった。
なにより母と離れることが心細く感じていた。
そんな僕にとって、お弁当は母のぬくもりに触れられる大切な時間だったので、もったいなくて、皆のように勢いよくガツガツ食べることが出来なかった。
気弱な僕に、母は怒らず根気よく付き合ってくれた。
「みーくん、みーくん、今度はどんなお弁当にしようか。森のくまさん? それともお花畑? ママ、がんばるわよ」
「えっとね、ママとピクニックにいくおべんとうがいい」
「まぁ」
「おーい、瑞樹、パパは?」
「あ! パパもくまさんもいっしょがいい」
「そうか、そうか。よしよし、瑞樹は可愛いな」
「みーくん、俺が抱っこしよう!」
「わぁ、うん!」
……
お父さんが駆けつけて僕に頬ずりし、くまさんが高く高く抱っこしてくれた。
僕は本当に、皆が大好きでたまらなかった。
まだ夏樹が生まれる前。
僕は皆の宝物のような存在で、大事に育ててもらった。
大切にされた経験は、今もこの胸の奥に蓄えられている。
あの頃してもらったことを、今度は僕がお返しする番なのかもしれないね。
その晩、帰宅すると、いっくんと芽生くんがソファのテーブルで仲良くお絵描きをしていた。
「あ、お兄ちゃん、お帰りなさい」
「みーくん、おかえりなしゃい」
「うん、ただいま」
「お兄ちゃん、ボク、もう宿題終わらせたから、いっくんと遊んでいていい?」
「偉かったね。もちろんいいよ」
「わーい」
本当に二人は兄弟のように仲良しだ。
その光景を微笑ましく思いながら、キッチンに向かった。
キッチンでは菫さんが夕食を作ってくれていた。
「瑞樹くん、おかえりなさい。今日はクリームシチューよ」
「菫さん、ただいま、あのお弁当、ご馳走様です」
空のお弁当箱を見せると、菫さんの笑顔が弾けた。
「全部食べてくれたのね。それに綺麗に洗ってくれてありがとう」
僕は親しみを込めて答えた。
「うん、すごく美味しかったから」
「んふふ、お口にあった?」
「うん、お母さんのお弁当と配色が似ていて懐かしくなって、それで昔の記憶が……」
素直に今日、亡くなった母のお弁当を思い出したことを告げると、菫さんはハッとした表情を浮かべた。
「あのね、いっくんも全く同じ事を言っていたの。もったいなくて食べられなかったって」
「いっくんも?」
「そうなのよ。あのね、こんなこと言ったら不謹慎かもしれないけれども、なんかじーんときちゃって。私が作ったお弁当をそんなに大事にしてくれるなんて嬉しかったわ」
「いっくんの気持ち、僕にもよく分かるな」
「そうなのね。瑞樹くんなら樹の気持ちに寄り添ってもらえそうで、嬉しい」
「あとでいっくんと話しても?」
「そうしてもらえたらありがたいな。頼もしい弟くんね」
「あ、うん、えっと……任せて」
「ふふ、私たちもいい姉弟になれるわね」
「うん」
菫さんがウインクすると、僕もつられて笑顔になれた。
相変わらず人見知りな僕だけれども、菫さんの優しさと明るさには、どんどん引き込まれていく。
潤――
潤の奥さんはとても素晴らしい人だね。
僕と宗吾さんの関係を真っ直ぐ受け止めてくれるだけでなく、僕の本当のお姉さんのように接してくれるよ。
もうお母さんにはこの世で会えなくても、あの頃の気持ちを思い出せるし、母からもらった愛情は、今でも感じることは出来る。
優しい気持ちが芽生えたら、それが次の花を咲かす原動力になる。
そうやって優しさは連鎖していくんだね。
その晩、僕はいっくんの心に寄り添った。
「あのね、みーくん、いっくんね、だめだめで、しょんぼりだったの」
「そんなことないよ。ママは嬉しかったと思うよ」
「しょうなの?」
「いっくんが大事だからね」
「いっくんもママだいじ! いまは、パパのぶんもまもってあげたいの」
「そうか、いっくんはカッコいいね」
「え? いっくん、かっこいいの?」
「うん、ママを守る天使だよ」
「わぁ……いっくんもおやくにたってるの?」
「もちろんだよ」
「わぁ」
僕は、母の役に立っていたのだろうか。
母を笑顔にしてあげられたのだろうか。
答えのない問いかけを、ずっと繰り返して来たが、その答えを今もらったような気がした。
どうか、もう何もしてあげられないと嘆かないで――
どうか、もう会えないと悲しまないで――
きっと姿を変えて、あなたの大切な人は、あなたにそっと寄り添ってくれるから。
耳を澄ませば聞こえるそよ風の音のように――
目を閉じれば感じる優しい光のように――
そっと、そっと傍にいてくれる。
一面のシロツメクサ、青空の下の記憶は永遠だ。
僕の大切な人はいつまでもいつまでも、大切な人のままだよ。
****
幸せな存在が2024/7/6で連載開始から5周年を迎えました。
いつも読んで下さってありがとうございます。
エブリスタメインですが、こちらでの連載も続けて行こうと思います。
これからも宜しくお願いします。
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