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小学生編

冬から春へ 55

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「もしもし、潤くん?」
「すみれ、今日もお疲れさん」
「潤くんこそお疲れ様。私たちの家は順調?」
「あぁ、今日は壁紙を貼り直したよ」
「わぁ、大変だったでしょう」
「父さんがいるから手早く出来たよ」
「壁紙の色は?」
「すみれの希望通り真っ白にしたよ」
「ありがとう。希望を聞いてくれて。あのね、壁にいっくんや槙が作った工作やお絵かきを沢山貼りたいの」」
「俺も白がいいと思ってたよ。それじゃ、壁一面がキャンバスになるな」

 眠る前にすみれと電話をした。

 今日1日にあったことや、明日への希望を語る時間だ。

 オレたちは共通の夢があって、共通の未来がある。
 
 誰かと人生を共有することが、こんなにワクワクすることだなんて、昔のオレは知らなかった。

 いつも勝手に尖ってひねくれて、癇癪ばかり起こして、瑞樹兄さんを怖がらせ、広樹兄さんと母さんを悩ませてばかりだった。

 だが、どん底に落ちそうになって、ようやく目が覚めた。

 逆境の中で、ひたむきに生きる兄さんの様子に心を打たれ、心が思いっきり動かされた。

 人との出逢いが、こんなに人生の流れを変えていくとは知らなかった。

 人は人と出会うことで、刺激を受け、影響を受け、やがてそれを信頼へと育てていく。信頼が生まれた人とは、共に成長でき、かけがえのない存在になれる。

 なんて素晴らしいことなんだ。

 すみれといっくんに出逢って、ますます素直な心で相手を大切にしようと思えるようになった。

「すみれ、ありがとう。離れていても、心ってこんなに近くに感じるんだな」
「分かるわ。潤くんと距離は離れていても、心は寄り添っているのを感じられるわ。それに……ありがとうは私の台詞でもあるわ。潤くんのおかげで、とても優しくて温かい場所で過ごせているの。それにいっくんを一時的でにも幼稚園に入れてあげられて嬉しいわ」
「そうそう、写真見たよ。いっくん、すごく嬉しそうだったな」
「大興奮よ。それで、あれこれお願いされちゃった」

 すみれの声はどこまでも弾んでいた。

「わがままを言ってくれたのか」
「うん、そうなの。したいことをちゃんと教えてくれたのよ。やっとよ……」
「そうか、すみれもよかったな」

 いっくんは聞き分けがよい手の掛からなすぎる子供だった。

 なんでも自己完結して諦めてしまう寂しい子供だった。
 
 すみれは、そのことで、ずっと自分を責めていた。

……
 私が我慢させてしまった。
 いっくんの子供らしい我が儘を聞きたい。
 もっと甘えて欲しいと……
……

 そう願っていた。

「よかったな。それだけ安心しているんだろうな、宗吾さんや兄さん、芽生坊もいるから」
「そうなの。潤くんの周りは良い人ばかりで……私、こんなに恵まれていいのかしら」

 電話の向こうのすみれを、今すぐ抱き締めたくなった。

「あのさ、すみれも、もっと甘えた方がいいぞ」
「え? でも私はもう大人だから」
「あー コホン、なんのためにオレがいると?」
「あ……」
「あー コホン、コホン、すみれ……愛しているよ」
「潤くん、私も……ぐすっ……」
「泣かせるつもりでは……」
「潤くんこそ鼻声よ」

 真夜中のこそこそ話は、愛で溢れていた。

****

「うっ……」
「さっちゃん、泣いているのか」
「ごめんなさい……潤があまりに優しくて、潤がどこまでも幸せそうで」

 潤と菫さんが電話で喋っている声が、微かに聞こえていた。

 小声で話していも、聞こえてくる。

 聞かないようにしても、どうしても届いてしまう。

 その内容はどこまでも愛に溢れ、慈愛に満ちて、オレも思わず貰い泣きしそうになった。

 さっちゃんは完全にもらい泣きをしていた。

「さっちゃんの息子は、三人ともいい男だな。惚れ惚れするよ」
「勇大さん、ありがとう。私は勇大さんと出逢えてよかった」
「俺こそ、さっちゃんと出逢ってなかったら、こんなに優しい夜を知ることもなかったよ」

 大切にしたい人がいる。
 その人から、大切にしてもらっている。

 もうこれだけで充分だ。
 孤独な夜から抜け出すには……

「さっちゃんと俺の夢も、北海道に戻ったら出航させよう」
「この歳になっても夢を持っていいのね」
「あぁ、期限なんてないさ。すべては俺たち次第なのだから」

****

 なんとなくお弁当のことが気になって、朝早く目覚めた。

 耳を澄ますと、もう台所からコトコトと音がした。

 そっとベッドを抜け出そうとすると、宗吾さんに腰を抱かれた。

「あっ……」
「瑞樹、どこへ行く?」
「あの……菫さんの様子を見に行こうと」
「えっ、今何時だ?もう起きているのか」
「5時です。あの、その……どんなお弁当を作るのか興味があって」
「なるほど、俺も気になる。よし、俺たちも起きるか。助っ人で入ろうぜ」
「はい!」
「おっと、その前に」

 宗吾さんの手が僕の顎をクイッと掴む。

 僕は流れるようにそっと目を閉じて……

 彼からの口づけを受ける。

「おはよう、瑞樹」
「宗吾さん、おはようございます」

 甘い朝の挨拶だ。

 さぁ、1日のスタートだ。

 今日も生きている。
 
 そのことに感謝して、一歩踏み出そう!

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