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小学生編
冬から春へ 42
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「そうか、菫は天使の子を授かったんだな」
「大河先輩、実は私もいつもそう思っています。それにしても、あの時、美樹くんと結婚しなかったら、樹に出逢えてなかったんですよね」
「そうだな、背中を押してしまったこと……気になっていたが、これで良かったんだな」
「もちろんです。いっくんのおかげで潤くんとも出逢えたし……これが私の人生です」
私も胸を張って言えるわ。
潤くんがいつもそうしているように、今の私が好きだと言える。
「とても幸せなんです。ぐすっ……」
どうしよう。
視界が滲んでしまう。
これは散々流した悲しい涙じゃないの。
寂しい涙でもないわ。
嬉し涙なの。
「あ、ママ、おめめ ぬれているよ。いっくんふきふきしてあげるね。よいちょ、よいちょ。こわくないよ。さみしくなんてないよ」
いっくんが背伸びして、私の目元をハンカチで拭ってくれた。
「いっくん、これはね、しあわせな涙なのよ。ママ、うれしくて、いっくんに出逢えてうれしくて」
「ママぁ、いっくんもだよ。いっくんもママがだいしゅき。ママとパパのこどもでうれちいよ」
一部始終を大河先輩が見守ってくれていた。
「そうだな、ハンカチは涙を拭く役目があるが、嬉し涙ならいいな。よし、家族分をプレゼントしよう」
大河先輩は、ミシンでハンカチに、ささっとネームを入れてくれた。
『じゅん、すみれ、いつき、まき』
いっくんにも分かりやすいように、ひらがなだわ。
「菫、沢山嬉し涙を流せるといいな! 泣いてばかりだった菫が幸せになってくれて兄貴分として、嬉しいぞ」
「大河先輩がいなかったら進めなかった道です。大河先輩も沢山嬉し涙を流して下さいね。その……えっと、蓮くんと」
多分そうだと思うの。
きっとそうよね。
蓮くんの大河さんを見つめる甘い視線。
大河先輩の蓮くんを見つめる熱い視線。
まるで月影寺の翠さんと流さんのようだもの。
「菫、駅まで送ってやるよ。兄さんは店があるから」
「え? 蓮くんが?」 でもいっくん歩くのゆっくりで……」
黒豹のように颯爽とした人だから、嬉しい申し出なのに足手まといになりそうで、戸惑ってしまった。
「ふっ、俺も一応子持ちなわけ!」
「ええっ!」
驚くことばかり!
でも、もう全部受け止められるわ。
その人にとって一番の幸せは、その人が決めるもの。
****
潤くんと菫さんの次男、槙くんを預かったのはいいけれども、かなりのやんちゃくんで手こずってしまった。
まだ赤ちゃんなのにパワフル~!
女の子とは全然違うのね。
夕方、ヘトヘトになっていると玄関から声がしたわ。
「ただいま!」
「憲吾さん! まだ夕方よ? 随分早かったのね」
「あぁ、出先から直帰した。今日は槙くんを預かっているんだろう?」 どうだった? 良い子にしていたか」
「それがねぇ。男の子はやんちゃね、あーちゃんとは動きが違くて……」
「どれ?」
憲吾さんは子煩悩な人なの。
彩芽が生まれてから気づいたけれども、眼鏡の奥の目元がいつも緩んでいるのが、その証拠よ。
憲吾さんが手を差し出すと、不適な笑顔で槙くんが高速ハイハイで逃げていく。
「槙くん、そっちは危ないわよ」
「あぶぶ、あぶーあぶ-」
「ほぅ、これは、これは」
彩芽は大人しい女の子で、手を差し出せばいつも抱っこ抱っこだったのに、全然違うわ。流石の憲吾さんも扱い切れないのではと思ったら……
「ようし! そう来るか」
スーツの上着を脱いで腕まくりしてるわ。
「宗吾の赤ん坊の頃を思い出すな、やんちゃなところ、そっくりだ」
憲吾さんが槙くんを上手に捕まえて、ひょいと抱っこしてくれた。
「ほーら、つかまえたぞ」
「あぶー あぶぶ」
「ははっ、不服そうだ」
明るい笑顔に拍子抜けしちゃった。
5歳下の宗吾さんを、こんな風に相手していたのかしら?
そう思うと、また一つ憲吾さんの可愛い所を見つけて嬉しくなったわ。
居間で憲吾さんが槙くんをあやしていると、玄関から控えめな声がした。
「あの……すみません」
「お! これは瑞樹の声だ」
憲吾さんの弾んだ声にくすっと笑ってしまう。
「瑞樹くん、どうしたの?」
「今日は出先から直帰出来たので、僕が槙くんを迎えにきました」
「あら、でもベビーカーは?」
「あ、そうか……抱っこひもも持っていないし……無駄足でしたね」
しゅんと項垂れた所で、憲吾さんがひょいと顔を出す。
「瑞樹、そんなことないぞ。私がおんぶして送ってやろう」
「え? 憲吾さん自ら?」
「この子はかなり重たいからな」
瑞樹くんは仕事帰りで、大きな鞄を担いでいた。
きっと生け込みの仕事で、花ばさみなど一式どっさり入っているのね。
とても重たそう。
この荷物と槙くんの両方は無理だわ。
「ですが」
「遠慮するな。瑞樹と散歩出来て嬉しいのだから」
「あ、はい」
憲吾さんってば、もうすっかりブラコン!
まぁ相手が瑞樹くんなら無理もないわよね。こんな可愛らしい弟がいたら、自慢したくなっちゃうわ。
「美智、そうしてもいいか」
「もちろんよ。楽しんできてね」
「はは、じゃあ抱っこひもを貸してくれ」
ささっと手際よく暴れる槙くんを抱っこひもに収めてしまった。
いつの間にこんなに上手になったのかしら?
彩芽の時、最初はぎこちなかったのに。
「瑞樹、さぁ、行こう」
「憲吾さん、抱っこひも上手ですね」
「まぁな。彩芽で鍛えたのだ」
「槙くんの相手もお上手です」
「あぁ、この子は宗吾みたいなもんだ」
「えっ、宗吾さんの小さい時って、こんな感じだったのですか」
「あぁ、そっくりだ」
「わぁ、そうなんですね」
二人の楽しそうな会話が聞こえてくる。
遠ざかっていく背中を見送りながら、私は幸せな気分に浸ったわ。
火事は大変だったけれども、こうやって誰かが困っていたら、皆で手を差し出せる関係って素敵ね。
私と憲吾さんだけの閉ざされた世界から、優しい色が重なる世界にやってきたのを実感したわ。
優しさは優しさを呼ぶのね。
優しさから生まれた幸せは、とても愛おしいもの。
「大河先輩、実は私もいつもそう思っています。それにしても、あの時、美樹くんと結婚しなかったら、樹に出逢えてなかったんですよね」
「そうだな、背中を押してしまったこと……気になっていたが、これで良かったんだな」
「もちろんです。いっくんのおかげで潤くんとも出逢えたし……これが私の人生です」
私も胸を張って言えるわ。
潤くんがいつもそうしているように、今の私が好きだと言える。
「とても幸せなんです。ぐすっ……」
どうしよう。
視界が滲んでしまう。
これは散々流した悲しい涙じゃないの。
寂しい涙でもないわ。
嬉し涙なの。
「あ、ママ、おめめ ぬれているよ。いっくんふきふきしてあげるね。よいちょ、よいちょ。こわくないよ。さみしくなんてないよ」
いっくんが背伸びして、私の目元をハンカチで拭ってくれた。
「いっくん、これはね、しあわせな涙なのよ。ママ、うれしくて、いっくんに出逢えてうれしくて」
「ママぁ、いっくんもだよ。いっくんもママがだいしゅき。ママとパパのこどもでうれちいよ」
一部始終を大河先輩が見守ってくれていた。
「そうだな、ハンカチは涙を拭く役目があるが、嬉し涙ならいいな。よし、家族分をプレゼントしよう」
大河先輩は、ミシンでハンカチに、ささっとネームを入れてくれた。
『じゅん、すみれ、いつき、まき』
いっくんにも分かりやすいように、ひらがなだわ。
「菫、沢山嬉し涙を流せるといいな! 泣いてばかりだった菫が幸せになってくれて兄貴分として、嬉しいぞ」
「大河先輩がいなかったら進めなかった道です。大河先輩も沢山嬉し涙を流して下さいね。その……えっと、蓮くんと」
多分そうだと思うの。
きっとそうよね。
蓮くんの大河さんを見つめる甘い視線。
大河先輩の蓮くんを見つめる熱い視線。
まるで月影寺の翠さんと流さんのようだもの。
「菫、駅まで送ってやるよ。兄さんは店があるから」
「え? 蓮くんが?」 でもいっくん歩くのゆっくりで……」
黒豹のように颯爽とした人だから、嬉しい申し出なのに足手まといになりそうで、戸惑ってしまった。
「ふっ、俺も一応子持ちなわけ!」
「ええっ!」
驚くことばかり!
でも、もう全部受け止められるわ。
その人にとって一番の幸せは、その人が決めるもの。
****
潤くんと菫さんの次男、槙くんを預かったのはいいけれども、かなりのやんちゃくんで手こずってしまった。
まだ赤ちゃんなのにパワフル~!
女の子とは全然違うのね。
夕方、ヘトヘトになっていると玄関から声がしたわ。
「ただいま!」
「憲吾さん! まだ夕方よ? 随分早かったのね」
「あぁ、出先から直帰した。今日は槙くんを預かっているんだろう?」 どうだった? 良い子にしていたか」
「それがねぇ。男の子はやんちゃね、あーちゃんとは動きが違くて……」
「どれ?」
憲吾さんは子煩悩な人なの。
彩芽が生まれてから気づいたけれども、眼鏡の奥の目元がいつも緩んでいるのが、その証拠よ。
憲吾さんが手を差し出すと、不適な笑顔で槙くんが高速ハイハイで逃げていく。
「槙くん、そっちは危ないわよ」
「あぶぶ、あぶーあぶ-」
「ほぅ、これは、これは」
彩芽は大人しい女の子で、手を差し出せばいつも抱っこ抱っこだったのに、全然違うわ。流石の憲吾さんも扱い切れないのではと思ったら……
「ようし! そう来るか」
スーツの上着を脱いで腕まくりしてるわ。
「宗吾の赤ん坊の頃を思い出すな、やんちゃなところ、そっくりだ」
憲吾さんが槙くんを上手に捕まえて、ひょいと抱っこしてくれた。
「ほーら、つかまえたぞ」
「あぶー あぶぶ」
「ははっ、不服そうだ」
明るい笑顔に拍子抜けしちゃった。
5歳下の宗吾さんを、こんな風に相手していたのかしら?
そう思うと、また一つ憲吾さんの可愛い所を見つけて嬉しくなったわ。
居間で憲吾さんが槙くんをあやしていると、玄関から控えめな声がした。
「あの……すみません」
「お! これは瑞樹の声だ」
憲吾さんの弾んだ声にくすっと笑ってしまう。
「瑞樹くん、どうしたの?」
「今日は出先から直帰出来たので、僕が槙くんを迎えにきました」
「あら、でもベビーカーは?」
「あ、そうか……抱っこひもも持っていないし……無駄足でしたね」
しゅんと項垂れた所で、憲吾さんがひょいと顔を出す。
「瑞樹、そんなことないぞ。私がおんぶして送ってやろう」
「え? 憲吾さん自ら?」
「この子はかなり重たいからな」
瑞樹くんは仕事帰りで、大きな鞄を担いでいた。
きっと生け込みの仕事で、花ばさみなど一式どっさり入っているのね。
とても重たそう。
この荷物と槙くんの両方は無理だわ。
「ですが」
「遠慮するな。瑞樹と散歩出来て嬉しいのだから」
「あ、はい」
憲吾さんってば、もうすっかりブラコン!
まぁ相手が瑞樹くんなら無理もないわよね。こんな可愛らしい弟がいたら、自慢したくなっちゃうわ。
「美智、そうしてもいいか」
「もちろんよ。楽しんできてね」
「はは、じゃあ抱っこひもを貸してくれ」
ささっと手際よく暴れる槙くんを抱っこひもに収めてしまった。
いつの間にこんなに上手になったのかしら?
彩芽の時、最初はぎこちなかったのに。
「瑞樹、さぁ、行こう」
「憲吾さん、抱っこひも上手ですね」
「まぁな。彩芽で鍛えたのだ」
「槙くんの相手もお上手です」
「あぁ、この子は宗吾みたいなもんだ」
「えっ、宗吾さんの小さい時って、こんな感じだったのですか」
「あぁ、そっくりだ」
「わぁ、そうなんですね」
二人の楽しそうな会話が聞こえてくる。
遠ざかっていく背中を見送りながら、私は幸せな気分に浸ったわ。
火事は大変だったけれども、こうやって誰かが困っていたら、皆で手を差し出せる関係って素敵ね。
私と憲吾さんだけの閉ざされた世界から、優しい色が重なる世界にやってきたのを実感したわ。
優しさは優しさを呼ぶのね。
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