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小学生編

特別番外編 瑞樹31歳の誕生日④

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 風薫る五月。

 爽やかな風に吹かれながら、僕の視界はじわりと滲んだ。

 シロツメクサの花が、そうしてもいいよと囁いてくれる。

 これは幸せな涙だから……

「瑞樹、お誕生日おめでとう。あなたは私の愛おしい息子よ」
「瑞樹、誕生日おめでとう。君は私の大事な弟だ」
「瑞樹くん、おめでとう! あなたは私の弟みたいで可愛いわ」
「みーくん、おめれとぅ……」

 祝福の言葉が降ってくる。

 僕を家族だと言ってくれる。

 宗吾さんのご家族は、あたたかい心を持っている。

「ありがとうございます。こんなサプライズ初めてで、嬉しいです」
「瑞樹、皆、君の誕生日のために集まってくれたんだ。それで、この舞台を用意してくれた人から電話がかかってきているぞ」
「え、それって、もしかして……」

 宗吾さんから渡されたスマホをそっと耳に当てる。

 話す前から分かっていた。

 相手が誰か。

「お兄ちゃん?」
「おー 瑞樹、無事に着いたか」
「広樹兄さん、ぐすっ……どうしてここを? ここはお兄ちゃんと行った原っぱにそっくりだよ。僕のお誕生日をお祝いしてくれた、あの場所に」

 この光景には既視感があった。

 函館の家は駅の近くで、大沼のような草原はなかった。

 僕は心のどこかで探していた。

 僕の心の原風景を求めていた。

 あの頃の僕は、俯いてばかりだった。
 
 そんな僕の誕生日。
 
 寂しがる僕を、兄さんが手を引っ張ってくれた。

 そうだ、今日の宗吾さんみたいにぐいぐいと……

 黙々と30分以上歩いて辿り着いた場所には、足下にシロツメクサの花が咲いて、青い空が広がり、どこまでも続く野原だった。


……

「瑞樹、空を見上げてみろよ」
「ん……なに?」
「あの白い雲が見えるか」
「う……ん」
「あそこにいるよ。ちゃんといるよ。瑞樹のお父さんとお母さんと弟は……」
「そうなの?」
「そうだ。いなくなちゃったわけじゃない。あそこにいる」
「そうだったの?」
「そして目の間には瑞樹の兄ちゃんがいるぞ。ちゃんと見えるか」
「うん、見えるよ」
「よし、瑞樹、誕生日おめでとう! これは俺からの誕生日プレゼントだ」
「えっ」
「まだ大したもの買えなくてごめんな」

 文房具屋さんの袋には、新しいノートに鉛筆、消しゴムが入っていた。

 お兄ちゃんがお小遣いをはたいて買ってくれたんだ。

「嬉しい、嬉しいよ」

 気持ちが嬉しくて笑いたいのに、ほろりと泣いてしまった。

「ごめんなさい、また泣いて」
「いいんだよ。瑞樹は俺の前なら泣けるもんな。泣ける場所って必要だ」

……

 あの日のことを思い出していると、兄さんが素敵なことを教えてくれた。

「実は宗吾から電話があったんだ。瑞樹の誕生日企画に参加してくれって」
「宗吾さんから?」
「あぁ、アイツなら一人でも充分企画出来るのにわざわざな」
「どうして?」
「今年は、瑞樹が大好きな人の心を取り入れた企画にしたいんだってさ。いい奴だよな。全部瑞樹のためだ。瑞樹がどんだけ愛されているのか伝わってきて、兄ちゃんは悶えたぞ」
「お兄ちゃんってば……」

 宗吾さんの企画は、毎年素敵だった。

 どれも洒落ていて夢のようでドラマチックで、うっとりした。

 今年はまた一段と素敵だ。

「俺はパーティー会場をアドバイスしたんだ。瑞樹が好きそうな場所をチョイスしたつもりだけど、どうだ? シロツメクサはあの日のように咲いているか。五月の風はちゃんと吹き抜けているか」
「うん、咲いているよ。風も気持ちいいよ」
「よし、じゃあ空はどうだ? なにか見えるか」

 僕が空を見上げた。

 思いっきり深呼吸しながら……

 青い空には、白い雲があの日のように浮かんでいた。

「白い雲が見える」
「みんないるよ。みんなあそこにいる」

 あの日、広樹兄さんがかけてくれた魔法の言葉を思い出した。

「兄さんが教えてくれた通り、僕はひとりじゃない。みんな傍にいるから」
「あぁ、俺も父さんと母さんも、潤もそこにはいないが、ちゃんと傍にいる」
「うん、すごく伝わってくるよ」
「よかった。俺からのもう一つのプレゼントは宗吾に託した。受け取ってくれよ。じゃあ楽しい誕生日パーティーを!」

 兄さんが電話を切ると、宗吾さんがペパーミントグリーンの箱を渡してくれた。

「これは広樹からだ」

 箱を開けると、兄さんお手製のハーバリウムが入っていた。

 中には函館のすずらんが入っていた。


僕の心はすずらんの花のように震えていた。

嬉しさで一杯で……

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