上 下
1,635 / 1,730
小学生編

特別番外編 瑞樹31歳の誕生日③

しおりを挟む
 ダイニングに戻ると、テーブルの上にスズランの花が五月の風を受けて揺れていた。

「あの……こんなに立派なスズラン、よく手に入りましたね。とても綺麗で香りも良いですね」
「あー コホン、タネ明かしをすると、これは潤からのプレゼントなんだ」
「えっ!」
「なんでも潤が丹精を込めて育てて花だそうだ。イングリッシュガーデンの一角で」

 潤がこのスズランを育ててくれたのか。

 そう思うと感慨深い。

「驚きました。こんなに綺麗に花を咲かられるようになったのですね」
「そうだな」
 
 目を閉じれば浮かぶよ。

 軽井沢でつなぎ姿の潤が、真剣な眼差しで働いている姿が……浮かぶ!


****

 軽井沢

 兄さん、31歳の誕生日おめでとう。

 オレからのプレゼントはもう受け取ってくれたか。

 先日イングリッシュガーデンの花壇に、スズランの花が無事に咲いた。

 オレが丹精を込めて育てたものだ。

 難しかったが、みんなの力を借りて綺麗に花咲いた。

 それをオーナーに頼んで少し分けてもらい、東京の宗吾さんの元にこっそり送った。

 兄さんの誕生日の朝。

 宗吾さんが映画のワンシーンのように兄さんにスズランの花束を渡して欲しいとお願いした。

 兄さんが生まれた日の朝は、部屋中が涼しげで透明感ある香りに包まれていたのでは?

 それを再現したかった。

 すずらんの瑞々しい緑と清楚な白は、どこか初夏を思わせる爽やかな色合いで、透明感のある香りは兄さんの気持ちを調えてくれろだろう。

 ヤバいな。

 オレの頭の中、今日は兄さんで一色だ。

「パパ、にこにこしてるね」
「いっくん、もうおきたのか」
「えっとね、きょうはみーくんのおたんじょーびで、もうすぐめーくんのおたんじょうびでしょ」

 いっくんの記憶力には驚きだ。確かに皆の誕生日を教えてあげた。

「えへへ、いっくんね、おたんじょうびをおいわいしてもらえて、とってもとってもうれちかったの。だからね、こんどはいっくんがおいわいしゅるんだ」
「そうだったのか、ありがとう」
「パパぁ」

 パジャマ姿のいっくんが両手をひろげて、抱きついてきた。

「んー どうした?」
「あのね、おでんわちようよ」
「そうだな」

 そんなやりとりを見ていたすみれが、オレにスマホを渡してくれる。

 つまり奥さん公認にブラコンだ。

「潤くん、早くしないと出掛けちゃうわよ」
「お、おう」

 オレは幸せ者だ。

「もしもし、兄さん」
「じゅーん、今、宗吾さんから聞いたんだ。スズランを育てて送ってくれたのが潤だって、すごく綺麗だった。花の白さも葉の緑色も透明感があって……すごいよ、すごい……潤はすごい」

 大絶賛を浴びて、超照れ臭いぜ!
 
 そんで、超嬉しい!

 頑張った甲斐があった!

 頑張った分だけ、喜んでくれる人がいる。

 だからオレはその人のことがますます好きになる。

「兄さん、31歳の誕生日おめでとう! ますます幸せになってくれ。宗吾さんと芽生くんと仲良く暮らしてくれ。そんな想いを込めたんだ」
「うん、ありがとう。昔からスズランの香りを嗅ぐと心が落ち着くんだ。不思議だよね」
「兄さんそのものだよ。すずらんは」
「そんな……そうか、ありがとう」
「本当におめでとう! 楽しい1日を」
「うん! ありがとう!」

 兄さんの晴れやかな声、明るい声。

 顔は見えなくても満面の笑みを浮かべていることが想像できた。

 ****

 朝食を終えると、宗吾さんに手を引っ張られた。

「瑞樹、そろそろ時間だ。行こう! 芽生、準備がいいか」
「宗吾さん、あの、どこへ?」
「内緒さ、サプライズだ」
「パパ、準備OKだよ」

 僕たちはドタバタとドライブに出発した。

「横浜方面ですか」
「まぁ、そうだ」

 高速に乗り一気に横浜へ。

 一般道に降りて宗吾さんは迷いなく車を走らせる。

「もうすぐだ」
 
 駐車場に車を停めて、僕の手をまた引っ張る。

「お兄ちゃん、こっちこっち」

 宗吾さんと芽生くんは下調べでもしたのかな?

 二人ともすごく張り切っている。

 僕も二人のワクワクした気持ちが移ったのか、ドキドキワクワクしているよ。

 やがて視界が開ける。

「あっ……」


一面のしろつめ草。


 まるで絵本のような景色が広がっていた。

 僕の原風景のようだ。

 ここは……

「瑞樹、ここでピクニックをしないか」
「あ……でも、僕たち……今日は手ぶらです」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、おばーちゃん、おじさーん、みちさーん、あーちゃん」

 芽生くんが大きな声で呼ぶと……

「瑞樹、後ろを振り向いてみろ」
「えっ」

 振り向くと、僕の大好きな人たちの顔がずらりと見えた。

 手にはいろいろな荷物を持って、笑顔で立っていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...